パイロット不足が経済成長のネックに? 影を落とす「ギルド型」人材育成

日経ビジネスオンラインに12月8日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/120700057/

パイロット不足が顕在化

 パイロット不足が経済の先行きに影を落とし始めた。増加を続ける訪日外国人客が日本国内で落とすおカネが、今や日本経済の下支え要因になっている。東京オリンピックパラリンピックが開かれる2020年には4000万人を受け入れる計画だが、大きなネックになり始めているのがパイロット不足。羽田空港の着陸回数を増やすなど大幅な増便を見込むが、飛行機を飛ばそうにもパイロットがいない、ではお話にならない事態だ。

 国土交通省は4年以上前から将来のパイロット不足を懸念してきた。2013年時点では国内のパイロットは5686人だったが、2022年には6700人から7300人が必要になる、という試算を出していた。当時、年齢分布で見ると44歳から48歳だった層にパイロット数の「ヤマ」が存在しており、彼からが退職する15年から20年後にパイロット不足が顕在化する、というのが国交省の「危機感」だった。

 ところが、このところの日本旅行ブームや景気の底入れで旅客機需要が大幅に増加。早くもパイロット不足が顕在化している。

 10月31日のこと。北海道を地盤とする地域航空会社のエア・ドゥ(AIRDO)は11月の羽田−札幌線など34便を運休すると発表した。理由は機長不足。8月と10月に機長2人が自己都合退社した結果、乗員の人繰りができなくなったためだった。

 辞めた2人はボーイング737の機長で、1人は別の航空会社に転職したことが分かった。エア・ドゥの737の機長は現在37人いるが、本来ならば40人程度必要だといい、2月も人繰りがつかずに26便を運休することを決めた。ギリギリの人繰りで運行便をこなしており、機長が病欠したことで2016年にも運休便を出した。高級機の機長は機種ごとにライセンスが決まっているため、他機種への異動は簡単にはできないことも背景にある。

 日本航空機開発協会の資料によると、2016年の世界全体の航空旅客数は37億9300万人。2011年は28億400万人だったので、5年で10億人分の需要が増えた。当然、これに伴って旅客機数も急速に増えており、深刻なパイロット不足の要因になっている。

 特に、日本の航空旅客は、東日本大震災で落ち込んだ2011年を底に急回復している。特に日本にやってくる訪日外国人客が2013年ごろから急増している。アベノミクスによる円安や、入国ビザ要件の緩和、免税品の対象拡大などが起爆剤になった。

羽田と成田の両空港はすでにフル稼働

 日本政府観光局(JNTO)の推計によると、2017年1月から10月までの訪日外国人数は2379万人。昨年1年間の2403万人と10カ月でほぼ肩を並べた。今年は2800万人前後になる見通しだ。東日本大震災前のピークは2010年の861万人だったので、何と2000万人も増えたことになる。

 東京オリンピックパラリンピックが開かれる2020年は、オリンピック目当ての旅行者が上乗せされることもあり、政府が掲げる4000万人という目標も決して夢ではない。問題は、それだけの人数を日本に運んでくるインフラが整うかだ。

 羽田と成田を合わせた年間の発着枠は2010年の52万3000回から2014年度には74万7000回に増えたが、すでにフル稼働の状態になっている。2020年にどこまでこれを増やせるかが焦点で、羽田の離着陸ルートの見直しなどが進められている。また、地方の空港の活用拡大なども動き出している。

 だが、空港の発着回数や航空機を増やせたとしても、それを飛ばすパイロットがいなければ、どうしようもない。

 国交省パイロットを養成する航空大学校の入学定員を2018年度から108人程度と、それまでの1.5倍に増やした。また、東海大学ANAホールディングスと連携して、私立大学初のパイロット養成コースを開設している。これまで「あこがれの職業」として狭き門だったパイロットへの門戸を大きく開こうとしているわけだ。それでも年間300人程度のパイロットを生み出すのが限界だと言われる。

 問題は、いくら養成機関を整えても、パイロットになりたいという若者が増えなければ意味がないことだ。圧倒的な人手不足の中で、時間とお金をかけ、厳しい訓練の末にようやく機長になれるパイロットに挑戦しようという若者が減っているというのだ。他業種との人材の取り合いに直面しているわけだ。

 そのうち資金面でのネックを解消しようという取り組みも始まった。パイロット養成課程をもつ私立大学や専門学校など6機関が、パイロットを目指す学生に1人500万円を無利子で貸し出す奨学金制度を2018年度から始めると発表したのだ。6機関合わせ1学年25人の学生が対象になるという。果たしてこれで若者を引き付けることができるかどうか。

「人手不足倒産」が現実味を帯びる

 航空会社からすればパイロット不足は死活問題だ。特に安さが売り物のLCC(格安航空会社)はパイロット確保に今後も四苦八苦することになりそうだ。LCCの間ではパイロット争奪戦が始まっており、より良い条件を提示して機長などパイロットを引き抜く動きが出始めている。需要があるのに飛行機を飛ばすことができなければ、みすみす収益機会を失うわけで、「人手不足倒産」が現実味を帯びる。価格勝負のLCCでは人件費の増加を吸収できるだけの体力がなく、欧州ではLCCの破綻が相次いでいる。

 パイロットのような専門資格が必要な職業では、しばしば人材育成政策の失敗が起きる。日本ではまだまだ「資格を取得すれば、間違いなく就職でき、将来も安定」という前提で資格制度が運用されている。門戸を閉ざして既得権者を守る職業別組合を彷彿とさせる「ギルド型」と言っていいだろう。

 資格を持っているのに失業する事態を防ぐために、「需要を賄うだけの人数を供給する」仕組みに固執するわけだ。パイロットはまさしくその典型で、航空大学校や各航空会社の自主養成など「狭き門」を維持し続けてきた。航空会社同士の本格的な競争がないから成り立ってきた仕組みとも言える。

 ところがLCCの新規参入で状況は一変する。新たにパイロットを必要とする「需要」が生まれたのだ。そこに世界的な景気の底入れによる航空機需要が重なった。圧倒的にパイロットが不足し、それまでの予定調和型の人材育成では間に合わなくなったのだ。

 かと言って、パイロット育成を完全に自由化する方向には行かない。東京オリンピックパラリンピックが終わり、仮に景気後退が始まれば、再びパイロット余剰が起きないとも限らないからだ。余剰が起きれば、リストラなどで既存のパイロットが不利益を被ることになる。また、競争が厳しくなれば、今は増え続けている給与が、反転することにもなりかねない。

 欧米の航空会社の場合、自国のパイロットだけでなく、外国人パイロットを積極的に受け入れ、人数不足を補っている。ところが日本の航空会社で働く外国人機長はまだまだ少ない。パイロットは本来、国際的に通用する職業で、企業間の移動もスムーズなはずだが、日本はその埒外になっている。航空会社の経営層や管理職層が日本人が中心で、なかなかグローバルな経営ができていないことも一因だ。

 日本の航空会社が飛行機を飛ばせなくても、海外の航空会社に発着枠を開放すれば旅客増は賄える、という声もある。だが、はっきりしている2020年に向けた旅客需要の増加を、日本の航空会社として取り込むことができなければ経営としては失敗だろう。せっかく日本で開く大イベントの経済効果を享受できなければ、開催する意味が半減する。

 少子化が進む中で、今後もますます採用難は続くことになる。公認会計士や弁護士など、似たような「ギルド型」の職業でも、試験突破を目指す若者の減少が顕著で、危機感を募らせている。資格取得までの時間と費用、そして労力を嫌う若者が増えたからなのか、その資格職業に魅力が薄れているのか。2020年以降をどう見据えて、パイロットの育成体制を整えるかも、早急に考えなければならない課題だろう。