インバウンド消費を失速させるな 訪日客4000万人には、円安持続が重要

日経ビジネスオンラインに1月19日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/011800068/

2017年の訪日外国人は2869万人に
 2017年1年間に日本を訪れた外国人が2869万人にのぼり、2016年に比べて19%と大幅な増加になった。日本政府観光局(JNTO)が1月16日に発表したもので、過去最高になった。

 2013年以降、安倍晋三内閣が進めてきたアベノミクスによって円高が是正されたことが引き金になっており、アベノミクス最大の成果がこの訪日外国人の増加と言ってもいい。観光庁の推計によると訪日外国人旅行者は、1年間で4兆4161億円も消費したのだ。なかなか消費に力強さが出てこない日本経済にとって、大きな後押しになっているわけだ。

 アベノミクスが始まる前年の2012年は、訪日外国人は835万人。2011年には尖閣諸島問題で日中関係が冷え込み、中国からの観光客が激減。島根県竹島を巡る領有権問題で日韓関係も悪化したことから、韓国からの観光客も減った。訪日客数ではどん底の年になった2011年は621万人だった。

 それが、アベノミクス開始以降の円安が引き金になってアジアからの観光客が急増し始めた。政府が日本への入国ビザの要件を緩和したことや、消費税がかからない免税商品の対象を拡大したことなども追い風になった。日中関係は政治面ではギクシャクした関係が続いたが、日本にやってくる中国人は2013年以降、激増。いわゆる「爆買い」が発生した。

 2013年は24%増の1036万人と初めて1000万人を突破。2014年は29%増の1341万人、2015年は47%増の1973万人と大きく増え、2016年には22%増の2403万人と初めて2000万人の大台に乗せた。2017年の伸び率は19%と、過去4年に比べて鈍化したようにも見えるが、2ケタ増が続いている。

 かねて政府は、東京オリンピックパラリンピックが開かれる2020年に訪日外国人を4000万人に増やすことを目標に掲げてきたが、このままの伸び率が続けば、達成は十分に可能だ。「オリンピック特需」も期待できる。

国別では中国からが735万人でトップ
 2017年の訪日外国人統計を国・地域別に見ると、中国からが735万人と15%増えた。2015年以降3年連続で訪日客数トップとなった。次いで韓国が714万人。2013年まではトップだったが、その後、中国などに抜かれた。2017年は政治的には中国以上に冷え込んだ日韓関係だったが、韓国からの訪日客数は前年比40%増と急増した。

 台湾からの訪日客は456万人。9%増えたものの3位だった。2014年には韓国、中国を上回ってトップになったこともあるが、2355万人という人口を考えると、伸びとしては限界に近づいているようにも感じる。単純計算すれば、台湾人のざっと5人に1人が昨年、日本にやってきた計算になる。

 増え続ける外国人観光客の日本経済への貢献度は年々高まっている。観光庁の推計では2012年は1兆846億円だったので、5年で4倍。3兆円も増えた。国・地域別では中国が38%を占め、これに台湾の13%、韓国の11%、香港の7%、米国の5%が続く。

 消費費目では買い物代が依然として最も割合が多く37%(前年は38%)を占め、次いで宿泊料金が28%、飲食費が20%となっている。まだまだ「買い物ツアー」の色彩が強いが、それだけに冷え込んでいた日本の消費の底上げにつながってきたとも言える。

 旅行者ひとり当たりの支出総額は15万3921円。どんなものにお金を使ったかは、国・地域によってそれぞれのお国柄が現れている。

 最も使ったのは中国で、一人当たり23万382円。平均宿泊数は10.9泊で、全地域の平均(9.1泊)にほぼ近いが、宿泊費は21%で、買い物代が11万9319円と半分近くを占める。日本全国の百貨店や商店にとっては、中国からのお客さんは上得意客、ということになる。

 次いで消費額が大きいのはオーストラリアで22万5866円。3位は英国の21万5393円、これにスペインの21万2572円、フランスの21万2443円が続く。いずれも平均滞在泊数が12泊から16泊と長く、おおよそ2週間のバカンスを日本で楽しんでいる、という姿が浮かぶ。当然、宿泊料金にお金がかかっており、英国は9万7303円でトップ、その他の国も8万円前後となっている。飲食費も英国とオーストラリアが5万円を超えた。

 オーストラリアで目立つのは、「娯楽サービス費」にお金を使っていること。全地域平均の5014円を大きく上回り、1万4094円とダントツだ。北海道のスキーリゾートなどに長期滞在して、リフト代やその他のエンターテイメントに支出している様子がわかる。

 一方で、韓国からの訪日客は、平均で4.3泊滞在し、7万1795円を使っている。距離的に近いこともあり、九州地区などに気軽に旅行している様子が見える。

 政府は2020年の訪日外国人客4000万人と並んで、外国人消費8兆円をターゲットとして掲げている。4000万人の達成は十分可能だとしても、今のままでは8兆円のハードルは高い。3年で2倍近くにしなければならないのだ。

しまなみ海道」の自転車ツアーが人気に
 その鍵を握るのが「コト消費」をどれだけ広げられるか、だろう。いわゆる体験型などのイベントにどれだけお金を落としてもらえるか、そうした仕組みを作れるかが焦点になっている。観光庁の統計で言えば、「娯楽サービス費」の消費をどれだけ増やせるか、にかかっている。

 全地域の娯楽サービス費の平均は、前述の通り一人当たり5014円で、支出総額15万3921円の3%に過ぎない。逆に言えば、まだまだ伸ばせる余地が大きい。演劇やイベントの鑑賞では、歌舞伎や相撲といった日本の伝統的なものから、世界中の一流のアーティストの公演を日本に行けば体験できる、といったアピールが不可欠だろう。最近では日本で開く美術展などに多くの外国人観光客を見かけるようになった。日本に来れば経験できること、日本に来なければ経験できないことを「用意」することが大事だ。

 最近は本州と四国を結ぶ「しまなみ海道」を自転車で走るのが欧米系外国人の人気になっている。何せ、自転車の上から日本の景色を堪能することは日本に来なければ絶対にできない。全国各地にツーリングコースを整備するなどまだまだやることがたくさんある。さらに、フランスの自転車競技ツール・ド・フランスのようなイベントも重要だろう。

 また、日本各地のお祭りや伝統芸能などもまだまだ外国人に売り出せる。さらに、日本の農村や漁村での生活体験など、日本にやって来なければできないものを用意すれば、外国人観光客はどんどんやってくる。地域を自ら売り出す創意工夫が不可欠だ。

 フランスに年間8000万人以上の外国人客が押し寄せていることを考えれば、日本で4000万人を定着させることは可能だ。東京オリンピックパラリンピックの年の「一過性」ではない、いや、一過性にしないためにも、「コト消費」の拡大が不可欠だろう。

 では、増え続ける訪日外国人客に、「死角」はないのだろうか。

 最大の懸念は、為替が一気に円高に振れることだ。訪日客増加のきっかけが円安だったことで分かるように、旅行ブームの中で「日本」を選ぶかどうかの一つに「費用」があることは間違いない。他の地域に比べてあまりにも割高になれば、旅行先として敬遠される。

 日本経済がデフレから脱却しつつ、徐々にインフレ傾向が強まれば、商品やサービスの価格が上がってくる。オリンピック景気が盛り上がれば、宿泊料金などはさらに上昇するだろう。そこに為替の円高が加われば、旅行代金が跳ね上がり、一気に日本旅行ブームが雲散霧消するリスクが漂う。

 アベノミクスの大規模な量的緩和政策には批判が強く、「出口戦略」を示すべきだと言った声も大きい。だが、他国の状況を見極めずに「出口」に向かって動き出せば、為替が円高になる可能性が強まる。実は、アベノミクスの1本目の矢を維持し続けられるかどうかが、訪日客4000万人、消費8兆円達成への鍵を握っている。