「会計は原点に戻れ」辛口監査学者が最終講義で訴えた大事なこと 会計不信を払拭するために

現代ビジネスに2月1日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54321

企業監査への異なるスタンス
青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科の八田進二教授が定年を迎え、1月27日に最終講義を行った。

青山学院大の大教室には300人ほどの聴衆が詰め掛けたが、中には日本証券取引所のCEO(最高経営責任者)を務めた斉藤惇氏(現・KKR会長)や、国際会計士連盟の会長を務めた藤沼亜起氏、住友商事元副社長の島崎憲明氏など、会計監査や資本市場関連の「重鎮」が聞き入った。金融庁の現役幹部も聴講するなど、八田教授の交遊範囲の広さを物語った。

八田教授の専門は監査。伝統的な監査論にとどまらず、会計士の職業倫理やコーポレートガバナンス、企業の内部統制へと広がり、企業不祥事が起きるたびに会計監査のあり方などを強く批判してきた。会計監査分野での「うるさ型」として知られる。

最終講義の前半では、八田教授に影響を与えた多くの人との「出会い」を振り返り、そうした人たちとの共同の著作などに触れた。

修士過程の指導教諭として日下部興市・早稲田大学教授と出会い、「監査論の虜になった」ことや、早逝した日下部教授の葬儀で、鳥羽至英氏(現・早大名誉教授)と出会ったこと、その後、藤田幸男教授(現・同)の門下で学んだことなどを語った。

また、企業会計審議会の会長を務めた飯野利夫氏(一橋大学名誉教授)や、日本公認会計士協会の会長などを歴任した川北博氏らと若い時に巡り会い薫陶を受けたことなど、八田氏の幅広い人脈の一端が語られた。

一方で、博士過程では指導教授と監査に関する考え方が根本的に違うことを痛感したことなどを赤裸々に話した。

「専門職業家としての公認会計士の倫理を研究していたところ、教授から、倫理なんていうのはエチケット。エチケットが学問の対象になるのかと面罵されたわけです」

事後的に決算書をチェックする「監査の批判的機能」にのみ注目し、監査を通じて経営者に改革を促す「監査の指導的機能」を認めなかった教授と相入れることはなかったという。

ルールを厳しくしても不正は消えず
八田教授が「指導的機能」にこだわった背景には、現場での経験があった。会計士試験に合格した後、いったんは会計事務所に就職し、会計監査の「現場」を経験していた。その後、研究者の道が諦められず、学者になった経緯がある。「現場で、会計士の独立性や倫理性について疑問を感じる事例をいくつも目にした」というのだ。

八田教授は学者になって、首尾一貫して職業専門家の倫理を問い続けた。企業の不祥事が起き、監査の信頼が揺らぐごとに、その問題意識は高まっていった、という。

会計不信が頂点に達したのが米国で2001年に起きたエンロン事件だった。同社の監査を行っていた当時の大会計事務所アーサーアンダーセンは、不正会計が疑われたことで2002年に消滅した。会計不信の余波は世界中に及び、日本でもいくつもの不祥事が表面化した。

当時、米国は真っ先に「サーベインズ・オックスリー法(SOX法)」を導入、会計・監査・ガバナンスに関する大改革を行った。これが日本に導入されたのがJ・SOXと呼ばれた内部統制制度だった。

八田教授は日本への内部統制ルールの導入に主導的な役割を果たした。金融庁企業会計審議会の委員などを務め、監査基準の改定や金融商品取引法の改正に関与した。「内部統制の父」とも言える存在になった。

だがルールを厳しくしても、世の中の企業不正はなくなるどころか相次いで表面化した。オリンパスの巨額損失隠し大王製紙事件、そして2015年には東芝の巨額粉飾決算が発覚する。

東芝問題を巡っても八田教授は歯に衣着せぬ意見を言い続けている。監査学者の多くが、金融庁や大監査法人、大企業への遠慮からか、なかなか正論を吐かない中で、八田教授の姿勢は目立った。もともと監査学者の主流派を歩んでこなかったという思いが背後にあるのかもしれない。

その声は届いたか
八田教授は最終講義で「会計の原点に戻る」ことの重要性を訴えた。

「Accountingを会計と訳したのは誤訳。計算を合わす、数合わせではない。Count ではないのだから。Accountabilityこそ会計の原点。説明責任です。私がAccountingを新たに訳すなら説明理論とか報告学である」

そう語った。そのうえで、「関連当事者(ステークホルダー)に対して説明責任を履行するといった一連の活動こそ、会計の原点があるのであり、それはまさに、民主主義社会および資本主義社会のインフラを成す」とした。

そのうえで、米国では、「最も倫理観の高い職業人」は誰かと問われると公認会計士が真っ先に上がる、英国では会計事務所が「最も人気の高い業種」だと評価されている、という例をあげ、「ノーブレス・オブリージュ(地位が高い人には責任が伴うという意味)」こそが会計プロフェッションに課された課題だと締めくくった。

会場では前述の重鎮のほか、多くの会計士がこの最終講義を聞いていた。会計不祥事が相次ぎ、社会的な信頼性が失墜、公認会計士を目指す若者が大きく減った現在、会計士業界全体に危機感は乏しいようにみえる。

八田教授が問い続けた「職業倫理」は、公認会計士はもとより、企業経営者や資本市場の運営管理者にも同様に求められる問題だろう。日本の資本市場が世界から信頼を得るためには、こうしたプロフェッションの職業倫理の向上が不可欠だ。

八田教授には青山学院退職後も辛口の意見を言い続けて欲しい。さらに八田教授に続く、忖度せずに正論を語る会計監査学者がひとりでも多く生まれてくることを願いたい。