2017年の給与総額は「実質目減り」 「物価上昇」を超えるレベルの給与増を

日経ビジネスオンラインに2月8日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/020800061/

パート労働者比率の上昇が影響
 会社員の給与は着実に増えているものの、最近の物価上昇で実質目減りとなっている――。厚生労働省が2月7日に発表した毎月勤労統計調査の2017年分で、そんな結果が明らかになった。現金給与総額は前年比0.4%増えたものの、消費者物価が0.6%上昇したことから、実質給与は0.2%の減少となった。

 アベノミクスの方針を受けて日本銀行は2%の物価上昇をターゲットに金融緩和を実施してきた。物価上昇が目標に届かないとして世の中の批判を浴びているものの、現実には物価はジワジワと上昇している。2016年の現金給与は実質でも増加だったが、このところの物価上昇で2年ぶりのマイナスになった。つまり物価上昇に企業の「賃上げ」が追い付いていない、という姿が鮮明になったのである。

 現金給与総額(事業所規模5人以上)は全産業の平均で月額31万6907円。前述の通り0.4%増えた。物価を考慮しない実額ベースでは4年連続の増加になった。2008年には33万1300円だったが、リーマンショックを機に急落しており、いまだにその水準を回復していない。

 もっとも、この数字は正社員などの「一般労働者」に「パートタイム労働者」を加えたもので、一般労働者分だけを見ると様子が違っている。というのも、パート労働者の比率が年々高まっているからだ。2008年に26.11%だったパート労働者の比率は一貫して上昇し、2017年には30.77%になった。パートの給与の総額は9万8353円で、パート比率の上昇は全体の給与額の増加にマイナスに働くからだ。

 一般労働者分だけをみると2008年の41万4449円からリーマンショックで2009年には39万8101円に減少したものの、2017年は41万4001円になった。ほぼリーマンショック前の水準に戻ったとみていいだろう。

 業種別にみると、業界の景況感が鮮明になる。一般労働者の業種分類で最も現金給与総額が高いのが「電気・ガス業」の56万8309円。もっとも前年比では1.1%のマイナスになった。「金融業・保険業」が52万6601円でこれに次ぐが、伸び率は2.7%増と高かった。伸び率が高かったのは「鉱業・採石業等」の2.8%増、「建設業」や「卸売業・小売業」の1.0%増、「医療・福祉」の0.8%増、「製造業」の0.6%増などとなった。

最低賃金引き上げが、パート給与増に寄与
 パートタイムは全体で0.7%増と給与の伸び率では一般労働者を上回った。「医療・福祉」が12万1466円と最も多く、伸び率も2.4%増と高かった。次いで製造業が11万9044円で2.1%増えた。

 一方で、人手不足が深刻化している「卸売業・小売業」や「飲食サービス業等」ではむしろ給与総額は前の年より減少している。平均勤務時間が大きく減少していることが要因で、「働き方改革」による営業時間の見直しや残業時間の短縮などが影響しているとみられる。

 同じ調査では労働時間なども調べているが、一般労働者の1カ月の労働時間は168.8時間で、0.1%増えた。「運輸業・郵便業」の労働時間が186.8時間と最も長く、しかも0.6%も伸びた。宅配便など荷物の増加によって深刻な人手不足に陥っており、それが残業の増加につながっていることを示している。

 建設業や製造業の労働時間の伸びが大きい一方で、正社員でも「卸売業・小売業」や「飲食サービス業等」の労働時間減少が目立つ。

 調査では、パート労働者の時間当たり給与も集計している。2017年の平均は時給1110円と、前年に比べて2.4%上昇した。直近の2017年10〜12月期では1115円に達しており、時給アップが鮮明になっている。時給の上昇は2011年から7年連続。政府主導で最低賃金を引き上げていることが大きい。2010年の平均時給は1021円だったので、7年で90円近く上がったことになる。

 ちなみに全国加重平均の最低賃金は2010年は730円。2017年には848円になっているので、最低賃金の引き上げがパート労働者の給与増に結び付いていることが分かる。

 パートの比率は全産業では30.77%だが、業種によって大きなバラつきがある。最もパート依存度が高いのは「飲食サービス業等」で、何と77.37%。次いで「卸売業・小売業」が44.32%となっている。

 安倍晋三内閣は「最低賃金1000円」を目指して、今後も引き上げていく方針。それに比例してパートの給与も増えていくのは間違いない。パート比率が高い「飲食サービス業等」や「卸売業・小売業」の企業は今後、人件費負担の増加が大きな問題になる。

 パート比率の高い業種には、今後直面するもうひとつ大きな問題がある。「同一労働同一賃金」の実施だ。正社員とパート社員の待遇格差を是正するのが目的で、安倍内閣が今国会で成立を目指す労働基準法改正案などに盛り込まれる見通し。当初、大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月からとされていた導入時期をそれぞれ1年遅らせる方向になったが、それでも多くの飲食店や小売店を経営する中小企業も2021年4月には賃金格差の是正が求められる。

より「高く売る」ための工夫が不可欠に
 こうした企業が、これまで通りの仕事のやり方をパート社員にさせ続けた場合、間違いなく大幅な人件費の増加につながり、企業収益を圧迫する。圧迫するどころか、経営が成り立たなくなる懸念もある。

 給与の引き上げを渋れば、今度は人材を確保できなくなるだろう。そうなれば、飲食店や小売店では営業自体が困難になる。いわゆる人手不足倒産に直面することになるのだ。

 これを克服するには、パートや正社員の「働き方」を抜本的に見直す必要がある。今まで当たり前にやってきた作業も、根本から見直して、不要なものは削減するなど思い切った業務見直しが不可欠になる。中堅以上の企業はロボットなどを活用して省人化に取り組む動きも加速するだろう。

 スーパーやコンビニで無人レジの実験が始まっているのはこうした流れを見据えてのことだ。

 もうひとつ考えるべき事は、商品価値に見合った価格、サービスに見合った価格に、価格設定を変えていくことだろう。デフレ時代には値下げしてモノを売る戦略が通用したが、一方で、人件費も圧縮する方向に進んだ。今後、物価が本格的に上昇しはじめ、人件費も上昇していく中で、きちんと製品やサービスに付加価値分をのせて販売していくことが重要になる。

 つまり、より高く売るための工夫が不可欠になるのだ。モノやサービスを高く売り、人件費の増加を吸収していく戦略が求められる。そのためには、商品やサービスの品質に一段と磨きをかける必要が出てくる。飲食サービスなどで、サービスの質を担うのはまさしく人である。働く人たちがどうサービスの価値を上げていくかが本格的に問われることになる。

 そのためには、経営者は働く人たちの創意工夫や努力に見合った賃上げを行っていくことが必要になる。業務改善で付加価値を生めば自分たちの収入も増えるという「好循環」を生んだ企業が生き残り、成長していくことになるだろう。まずは、物価上昇に負けない賃上げができるかどうかが、今後、会社が生き残れるかどうかを判断するリトマス試験紙になりそうだ。