日本経済を支える「対中政策」の変化 「安倍外交」の総仕上げへ

日経ビジネスオンラインに2月16日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/021500070/

 安倍晋三内閣の対中政策に変化の兆しが見えている。第2次安倍内閣が発足した2012年末以降、中国とはやや距離を保ってきたが、ここへ来て中国が主導する「一帯一路」構想への協力姿勢を示すなど、融和姿勢を打ち出し始めた。今後、日中関係は再び蜜月に向かうのだろうか。

 「あそこまで中国に融和的な姿勢を見せるとは予想外だった」と日中関係を見続けてきた外務省OBは語る。昨年末から安倍首相はしきりに現代版シルクロード構想である「一帯一路」に対して「大いに協力できる」といった発言を繰り返していたが、それが国会での施政方針演説に明確に盛り込まれたのだ。

 1月22日の施政方針演説ではこう述べた。

 「この大きな方向性の下で、中国とも協力して、増大するアジアのインフラ需要に応えていきます。日本と中国は、地域の平和と繁栄に大きな責任を持つ、切っても切れない関係にあります。大局的な観点から、安定的に友好関係を発展させることで、国際社会の期待に応えてまいります」

 そのうえで首脳の相互訪問などを具体的に提示した。

 「早期に日中韓サミットを開催し、李克強首相を日本にお迎えします。そして、私が適切な時期に訪中し、習近平国家主席にもできるだけ早期に日本を訪問していただく。ハイレベルな往来を深めることで、日中関係を新たな段階へと押し上げてまいります」

 2018年は日中平和友好条約締結40周年に当たる節目の年だということもある。だが一方で、安倍内閣が進めてきた外交戦略が最終段階に入ったことを示していると言える。

 どういうことか。

 中国との友好関係の発展の前提となる「大きな方向性」がほぼ完成してきたということだ。

5年間かけて「中国包囲網」を構築
 施政方針演説で中国に触れる前段がある。首相就任から5年の間に76カ国・地域を訪問し、600回の首脳会談を行ったことを強調。「地球儀を俯瞰する外交」を展開してきたと述べた。安倍外交の基本が、「自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有する国々と連携する」点にあることを明確に示し、「米国はもとより、欧州、ASEAN、豪州、インドといった諸国と手を携え、アジア、環太平洋地域から、インド洋に及ぶ、この地域の平和と繁栄を確固たるものとしてまいります」とした。

 さらにこう述べている。

 「太平洋からインド洋に至る広大な海。古来この地域の人々は、広く自由な海を舞台に豊かさと繁栄を享受してきました。航行の自由、法の支配はその礎であります。この海を将来にわたって、全ての人に分け隔てなく平和と繁栄をもたらす公共財としなければなりません。『自由で開かれたインド太平洋戦略』を推し進めます」

 そうした「大きな方向性」の下で、中国の「一帯一路」と協力すると言っているのだ。

 安倍首相が5年間の間に真っ先に緊密な外交関係を結んだのはインド、トルコ、ASEAN、オーストラリア、ニュージーランドといった中国を取り巻く国々だった。ロシアのプーチン大統領との関係も、G7(主要7カ国)の首脳の中では安倍首相が最も良好だ。5年かけて中国包囲網を構築し、そのうえでいよいよ中国と、是々非々で友好関係を再構築しようというわけだ。

 中国主導の「一帯一路」に無条件で組み込まれるのではなく、あくまでも「自由で開かれたインド太平洋戦略」という枠組みの延長として一帯一路に協力しようというわけだ。もちろん、「自由で開かれたインド太平洋」に南シナ海が含まれることは当然だ。南シナ海での中国の進出はこの地域の経済的な安定にはプラスにならないという事を明確に主張しているのだ。

 長い間、日中関係は「政冷経熱」と言われ、政治的には冷え込んでいる一方で、経済関係はより緊密になっている、とされてきた。財務省の貿易統計では、リーマンショック後の2009年に11兆4359億円にまで減った中国からの輸入額は2015年には19兆4288億円にまで増えた。日本側からみた対中貿易収支は2015年には6兆2054億円の赤字となった。中国は対日貿易で大きく稼いでいることを示している。

 実は中国側の統計では、対日貿易は中国側が赤字ということになっている。理由はいくつか考えられるが、最も影響が大きいとされるのが香港要因。香港を経由する日中貿易の統計が、日本から輸出する場合は「香港向け」となっている事が大きいとされる。

 実際、香港との輸出入をみると、2015年の輸出が4兆2359億円なのに対し、輸入はわずか2274億円だ。香港向け輸出の多くが最終的に中国に向かっているのは想像にかたくない。対香港の輸出入を単純に中国に加算した場合、2015年の日本の貿易赤字額は2兆1969億円になる。6兆円が3分の1になるわけだ。それでも中国にとって日本が重要な貿易相手国であることは間違いない。

日本への輸出を増やしたい中国
 その日中貿易がここ2年ほど、変調をきたしている。日本から見た貿易赤字額が急速に減っているのだ。2016年は4兆6575億円の赤字、2017年は3兆5543億円の赤字だった。前述のように香港を単純合算した数字では、2016年は1兆2183億円の赤字、2017年は2152億円の黒字になった。つまり、日本からの輸入が増えたことで、中国は貿易黒字が稼げなくなっているのである。

 ここ2年ほど、習近平国家主席の安倍首相に対する対応が変化してきている背景には、そんな経済的な事情も一因に違いない。経済関係をより緊密にして、日本への輸出を増やしたいという思いがあるのだろう。

 そこを見透かしたように安倍首相は「一帯一路」への協力を申し出ているわけだ。

 日本はここへ来て景気回復が鮮明になってきた。実質GDPは8四半期連続でプラスとなった。8期連続プラスは28年ぶりのことだ。けん引役は輸出。全体の貿易収支は2016年、2017年と2年続けて黒字になった。2017年の貿易黒字額は2兆9857億円に及ぶ。

 輸出は78兆2907億円で、ピークだった2007年の83兆9314億円に近付いてきた。一方で輸入はピークだった2014年の85兆9091億円から10兆円も少ない状況が続いている。主因はエネルギー価格が安定して、原油LNG液化天然ガス)の輸入価格が落ち着いたことだ。だが、見方を変えれば、まだまだ日本は輸入力があるということになる。しかも、海外からの配当収入など所得収支は年々増えており、経常収支は大幅な黒字になっている。

 このままでは、貿易黒字批判が国際的に高まり、もっと内需を拡大して輸入を増やせという要求が強まることが想定される。中国にとっては、そんな上顧客がすぐ隣にいるわけである。

 日本にとっても中国との経済関係の強化は将来にわたって不可欠だろう。成長は鈍化したとはいえ、巨大な内需市場を持つ中国は、輸出先、投資先として魅力的だ。中国経済のバブルはいつか崩壊すると言われながら、先進国を上回るペースでの成長が続いている。民主党政権時代の尖閣諸島問題などでとことん冷え込んだ日中の政治関係が、着実に改善に向かえば、経済関係を再強化するムードが高まることは間違いない。

 中国が「大きな方向性」に理解を示し、「自由で開かれたインド太平洋」という概念を受け入れ、さらに「自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有する国」へと変わっていくならば、間違いなく日中関係は改善し、アジアの経済はさらに成長を加速させるに違いない。「地球儀を俯瞰する安倍外交」の行方は日本経済にも大きな影響を与えることになる。