身の回りで静かにジワジワ進む「物価上昇」に気づいていますか あとは賃金上昇が起これば…

現代ビジネスに5月10日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55604

光熱費、医療費の増が見た目を押し上げる
日本銀行が掲げる「物価上昇率2%」の目標に届いていないと批判を浴びているが、庶民感覚ではジワジワと物価が上っていると感じているのではないだろうか。そんな家計の実態が垣間見える統計が発表された。

総務省がこのほど発表した2017年度の家計調査によると、2人以上の世帯の家計消費支出は1ヵ月平均で28万4587円と前年度比1.3%増えた。家計消費が増加したのは4年ぶりのことで、それほど冷え込んでいたということだ。

消費にようやく明るさが戻ってきたのかと思いきや、そう単純ではない。物価変動の影響を除いた「実質」ベースの消費支出は0.4%増に過ぎず、物価上昇が見た目の消費を押し上げる結果になっている。

しかも、価格上昇が目立つのは、倹約しにくい分野が目立つ。

「光熱・水道」は物価変動を除いた実質の伸びは1.4%だったが、価格上昇を加味した実額ベースでは5.8%も増えた。月平均で2万2136円と月の消費全体の8%近くを占めるようになっている。

特に電気代が平均1万705円と8.4%上昇。使用量の増加もあるが、圧倒的に価格上昇の影響が大きい。電気代の上昇は、原油価格など原燃料の価格にスライドして自動的に料金が上がる仕組みのため、昨年来、原油価格が再び上昇傾向になったことが響いている。

小売電力については自由化によって新規参入などが増えているが、家計消費で見る限り、まだその恩恵は及んでいない。

医療費の伸びも大きい。「保健医療」への支出は1万3127円と4.1%増えた。価格上昇の影響を除くと2.9%の増加で、量・価格ともに上昇していることがわかる。

診療報酬の引き上げや薬価の改訂などで家計に占める医療費の割合はジワジワと上昇している。

特に、高齢者が主体の「無職世帯」の総支出に占める保健医療費の割合は6.1%に達し、勤労世帯の3.8%を大きく上回る。高齢者世帯に医療費が重くのしかかっている様子が浮かび上がる。

必需品分野の上昇、教育、娯楽を圧迫
携帯電話代など「通信費」も増え続けている。2人以上の世帯の平均通信費は1万3289円。額としては1%の増加だが、価格下落を加味すると3.5%実質で伸びている計算になる。利用する量が増えていることが通信費への支出を増やしている。

食費にもジワジワと価格上昇の影が現れている。食料への支出は7万3460円で、1.3%増えたが、価格の影響を除くと0.2%の増加にとどまる。

価格が上がったために見た目の消費が増えているわけだ。天候不順で野菜の価格上昇が話題になったが、実際には名目も実質も消費金額が前年度を下回った。野菜が高いというイメージが購入手控えにつながった可能性もある。

魚介類は実質で6.9%消費が減ってが、実額では2.1%の減少にとどまっており、価格が上昇する一方で消費は減っている。一方肉類は実質で1.8%増、実額で3.2%増となっており、“肉食化”が進んだことを示している。

こうした倹約が難しい必需品分野の価格上昇の結果、そのしわ寄せが他の消費の足を引っ張っている。

パック旅行や宿泊費といった「教養娯楽費」が実質で1.1%減少したほか、学習参考書が大きく減った「教育費」も実質4.0%の減少だった。

光熱費や医療費などの負担が重くなったのに対して、娯楽や教育といった生活に潤いを与えるための支出を削っている姿が見て取れる。

企業収益増を家計へ
物価上昇目標2%という日銀の方針は、長く続いたデフレからの脱却を目指すという点では重要な政策だろう。

だが、インフレによって真っ先に「被害」を被るのは家計である。ジワジワと広がる価格上昇は家計を直撃し、豊かさを失わせていく。

そうならないためには、大幅に増えている企業収益をもっと家計に回す必要がある。つまり賃上げだ。

安倍晋三首相は繰り返し「経済の好循環」を政策に掲げ、経済界に賃上げを求めてきた。2018年の春闘では「賃上げ3%」を呼びかけ、年収ベースでは3%の賃上げを達成する企業も多く出た。

賃上げが家計を潤し、価格の上昇を吸収できるようになれば、実質的な消費の増加に結びついていく可能性が出てくる。

4年ぶりに増加に転じた家計消費の中味は、まだまだ価格上昇による部分が大きく、積極的に消費を増やそうというムードにはなっていない。

賃上げが本格的に進まなければ、物価の上昇によって消費がしぼみ、実額では消費が増えているのに、実際には物が売れないという事態になりかねない。物が売れず再び価格競争に火がつけば、デフレの再燃である。

価格の上昇で企業収益が改善した成果をいち早く家計に回していく必要がある。

幸いなことに、人手不足は一段と深刻化しており、アルバイトの時給などもジワジワと上昇している。政府も最低賃金の引き上げを進める見通しで、賃上げによる効果が消費に現れてくれば、経済の好循環が動き出す。

もうひとつ、公共サービスの競争をさらに進めることが不可欠だろう。電力料金など光熱費の負担がまだまだ重い。通信の世界で起きたように、競争で価格が下がれば、新しいサービスが広がり、家計の支出が増えていく。同様に、医療費の効率化も重要だろう。

まずはプラスに転じた家計支出が来年度以降も増え続けるかどうかが注目される。