株高でも進まない「貯蓄から投資へ」 安倍内閣の先行き不安で売る個人投資家

日経ビジネスオンラインに5月11日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/051000076/

 北朝鮮情勢や米国の対イラン政策の変更など国際政治の情勢は大きく変化しているが、株価は奇妙な安定を見せている。日経平均株価は3月26日の2万347円49銭を底に戻り歩調となり、2万2000円台に戻している。

 この株価の「転換」の背景には何があったのだろう。3月末といえば、森友学園問題を巡る財務省の公文書改ざんが明るみに出て、元理財局長の佐川宣寿氏が国会で証人喚問されていた時期。安倍晋三内閣の支持率も大きく低下し、政権の先行きに不安が広がっていたタイミングである。

 にもかかわらず株価が反転したのは、「海外投資家」が買いに転じたためだ。日本取引所グループが公表している投資主体別売買動向の週次データ(2市場1・2部合計)によると、年初から売り越しを続けてきた海外投資家が3月26日の週に買い越しに転じたのだ。

 株価水準を見れば、決して悪くない相場つきの中で、日本の個人投資家は逆に売り越しに転じている。年明けから買い越しが目立ち、いよいよ個人の株式購入が広がるかと思われた矢先だったが、政局の動揺をきっかけに個人が利益の出ている株式を「利食った」ということだろう。

 このデータを見ると、個人投資家の動きは株価に敏感だ。海外投資家が売って株価が下がると買いに出て、海外投資家が買い始めると今度は逆に売って利益を確定させる。長期に保有するというよりも、短期間で売買して利益を稼いでいる。バブル崩壊以降、長期にわたって株価が下落し、「塩漬け」してきた苦い経験を持つ投資家が少なくないためか。長期に安定して保有しようというムードになかなかならない。アベノミクスによる株価上昇が5年続いても、なお日本の株式に不信感があるということだろう。

 政府は長年、「貯蓄から投資へ」というキャッチフレーズを掲げ、個人投資家の資金を株式に誘導しようとしてきた。だが、なかなかその成果が現れない。

2017年末の個人金融資産は1880兆円
 日本銀行が公表する資金循環統計によると、2017年末の個人金融資産(家計部門の金融資産残高)は1880兆円と1年間で3.9%増え、またしても過去最高を更新した。背景には株価が上昇したことで、評価額が押し上げられたこともあるが、なお「現金・預金」も増え続けている。

 個人が持つ1880兆円のうち最大は「現金・預金」の961兆円で、全体の51.1%を占める。次いで多いのが「保険・年金・定期保証」の520兆円だが、多くの人たちはこれを「資産」とは思っていないだろう。

 焦点の株式は211兆円。全体の11.2%である。これに投資信託の109兆円(全体の5.8%)を加えても、全体の17%である。米国では株式・投資信託の割合は3割とされているから、長年言われてきた「米国の半分」という状況はほぼ変わっていない。ちなみに米国で「現金・預金」は15%程度だ。まだまだ日本は現金や預金といった「貯蓄」への信仰が強く、株式や投資信託といった「投資」には腰が引けている。

 それでも金融資産の中の株式は着実に増えてきた。統計では2016年の9月末から6四半期連続で増加している。投資信託も2016年12月末から5四半期増加が続いている。政府は「少額投資非課税制度(NISA)」の導入・普及に力を入れ、投資を後押ししているが、同時に「現金・預金」も増え続けており、預金から株式へのシフトは期待されるほどには増えていないのだ。

 株式や投資信託の割合が劇的に増えてこないのは、こうした金融資産に対する意識の問題がありそうだ。株式や投信を買うのは「資産を殖やすため」という声が多い。もちろん貯蓄にしても投資にしても「増える」ことを期待しているのは間違いないが、株式や投信はより「大きく殖やす」ための手段と思われている。

 投信の109兆円というのは過去最大の残高だが、人気が高いのは海外の不動産投資信託REIT)や、高利回りの債券で運用する投信など。圧倒的にリターンの大きいものへの投資が多い。もちろん背景には低金利によって貯蓄が金利を生まない分、投信で儲けようということがあるのだが、ともすると株式や投信への投資は「博打」気分が抜けないのだ。

 本来、株式や投信は長期にわたって資産を増やすための投資手段である。経済成長と同等かそれ以上のリターンを長期的に見込めるのが株式であるというのが世界の投資家の常識と言える。

 日本株を買っている海外投資家も、中にはヘッジファンドのような短期の利益を狙う投資家もいるが、多くは年金基金など長期の投資を行っている投資家だ。安倍内閣の発足で2013年には15兆円の日本株が海外投資家によって買い越されたが、その多くは保有され続けている。

 海外投資家が、日本のコーポレートガバナンス改革に大きな関心を寄せるのも、企業価値を高めて長期的に株価水準を上げていくことに期待しているからだ。短期の売買で値ざやを稼ぐことよりも、長期に保有し続ける方がプラスが大きい市場に、日本の株式市場つまり日本企業が変わっていくことを求めているのだ。

配当で満足する個人投資家は少数
 ここ10年来、日本企業も配当を大きく積み増し、配当利回りは平均でも2%弱になっている。企業によっては4%程度の配当利回りを維持しているところもある。利益の一定割合を配当に回すことを明示する企業も出てきた。

 銀行預金金利が0.1%未満とほぼ「ゼロ」になる中で、企業の配当を期待して株式投資をする投資家は着実に増えている。しかしながら、配当で満足する長期視点の個人投資家はまだまだ少ない。

 長期に株式を持つメリットは、企業が成長することによって株価が安定的に上昇していく、という点であることは間違いない。長期視点で企業の成長を「買う」投資家が増えてくれば、個人金融資産に占める株式の割合はもっと増えていくことだろう。

 アベノミクスが始まって以降、政府は取引所と一体になってコーポレートガバナンスの強化を進めているが、その背景には日本企業に「稼ぐ力」を取り戻させる、という狙いがある。高度経済成長が終わるとともに、日本企業の収益力は大きく低下してきた。これを立て直すために株主の力を使おうとしているのだ。

 企業の成長を求める投資家と経営者の「対話」を促進して、企業に成長を求めるプレッシャーをかけようとしているのである。世界的に見て低い日本企業の収益力が回復すれば、当然、株価は上昇していく。

 企業が収益力を高め利益が増えれば、当然、配当も増えるし、株価も上がる。投資家にメリットが大きいのは言うまでもない。一方で、税収も大きく増えることになるので、国にとっても大きなメリットだ。もちろん、収益力が高まれば働く従業員にボーナスや賃上げの形で恩恵が及ぶ。新しい雇用も生まれる。さらには下請けや取引先も潤うことになる。

 安倍首相は「経済の好循環」を繰り返し強調している。企業収益が増えた分、賃上げを経済界に求めるという点に焦点が当たるが、実際には企業経営が変わることで、従業員も取引先も、投資家も国も、すべてのステークホルダーが豊かになるというシナリオを描いている。

 株価の安定的な上昇は、個人の将来設計にも大きな影響を与える。年金財政に影響を与えるという話だけではない。今後、働き方が変わる中で、個人は自分の責任で老後の生活設計などを考える必要が出てくる。年金も公的年金だけでなく、個人年金をかけたり、資産形成のために株式を長期保有することが不可欠になる。長年言われ続けてきた「貯蓄から投資」が安定的な人生設計に不可欠だという認識が広がれば、さらに株式投資に資金が流れ込み、株価を押し上げ、個人の金融資産が増えていくという「資産の好循環」が生まれていくことになる。