人手不足はこれからが「本番」だ 実は、働く人の数は過去最多を更新

月刊エルネオス9月号(9月1日発売)に掲載された原稿です。
http://www.elneos.co.jp/

 深刻な人手不足に陥っているのは働く人の数が減っているからだと思っている人が多い。確かに少子化によって若い働き手が減っている。しかし、働く人の総数が減っているわけではない。
 総務省が毎月発表している労働力調査によると、今年五月の就業者数は六千六百九十八万人と、これまでの最多だった一九九七年六月の六千六百七十九万人をほぼ二十一年ぶりに更新した。就業者数は昨年十二月からの五カ月間で百五十六万人も増加。一年前の五月と比べても百五十一万人増加している。対前年同月比では六月の就業者数も増加しており、第二次安倍晋三内閣が発足した直後の二〇一三年一月から六十六カ月連続でプラスが続いている。
 雇用の増加は、安倍首相がアベノミクス最大の成果として繰り返し強調している。確かに五年前の就職戦線は「氷河期」と呼ばれたリーマンショック後の状況を引きずっていた。アベノミクスによる大胆な金融緩和で円高が是正されたことを引き金に、企業収益が大幅に改善。その後、企業が積極的に雇用を増やしたことが就業者数の増加に結びついている。ちなみに、企業に雇われている「雇用者数」も六十六カ月連続で増加を続けており、こちらはずっと過去最多を更新し続けている。安倍内閣が発足した一二年十二月の五千四百九十万人からこの六月の五千九百四十万人まで、四百五十万人も雇用が生み出されている。状況は一変し、今では新卒者に企業が群がり、人材獲得競争が激しさを増している。

就業者数の増加要因は
「女性活躍促進」と「一億総活躍」
 日本の人口は〇八年の一億二千八百八万人をピークに減少し始めている。今年七月の推計は一億二千六百五十九万人なので、百四十九万人減っている。にもかかわらず、働く人の数が増えているのはなぜか。
 一つは安倍首相が就任以来言い続けている「女性活躍促進」の効果だ。この五年半で増えた四百五十九万人の就業者のうち、男性は百五十五万人、女性は三百四万人と、女性の増加数が大幅に上回っている。この五年で間違いなく女性が働くようになったのだ。労働力人口に占める実際に働いている人の割合である「就業率」は、十五歳から六十四歳の女性で六〇・九%から六九・四%に上昇した。
 安倍内閣が進めた産休・育休制度の充実や保育所の整備などがジワリと浸透。それまでは出産や育児の期間は退職するため、年齢別に見ると就業率が三十歳くらいから四十歳くらいまで下がる「M字カーブ」が問題視されてきたが、ここへきて「M字」が「台形」に近くなり、「M字カーブ」がかなり解消されつつある。
 もう一つの理由は六十五歳以上の就業者が増えたことである。これも安倍内閣が掲げた「一億総活躍」のターゲットだったと言える。六十五歳以上の就業者数は安倍内閣発足時の五百九十二万人から八百六十九万人へと、二百七十七万人も増加した。「生涯現役」「人生百年時代」の掛け声の下、高齢者も働き続ける傾向が鮮明になった。
 女性や高齢者の「就業者」の増加に伴って起きているのが、「非正規」の増加である。高齢者雇用が増えた背景には、団塊の世代の退職が相次ぐ中で、深刻な人手不足に直面した企業が、団塊の世代の人たちの「再雇用」に動いたことが大きいとみられる。当然、「嘱託」や「パート」として再雇用されることになるため、正規雇用から非正規へと変わることになる。今や非正規雇用者は二千百二万人。雇用者全体の三八%に達する。
 ではどんな業種で就業者が増えているのだろうか。

早晩期待できなくなる
雇用を支える高齢者と女性

 このところ目立つのが「宿泊・飲食サービス業」の増加。六月時点では四百十七万人と前年同月に比べて十七万人増えた。ホテルや旅館、飲食店といった消費産業で女性のパートを中心とする仕事が急増しているのだ。
 二〇二〇年の東京オリンピックパラリンピックを控えて、顧客が大きく増加するという期待から、全国の主要都市でホテルを新設する動きが広がっている。また、既存の旅館やレストランなどでも改装などが行われている。こうしたハコモノを整備しても、接客するスタッフが足りなければお客を受け入れることができない。猛烈な人手不足を見越して、二〇年をめがけた人材の確保が始まっているのだろう。
 何せ、日本を訪れる訪日外国人はうなぎのぼり。JNTO(日本政府観光局)の集計によれば一七年一年間での訪日外客数は二千八百六十九万人で、今年は七月までの累計で一千八百七十三万人に達しており、年間では三千三百万人近くに達する勢いだ。
 政府は二〇年に四千万人を見込んでいるが、このペースが続けばオリンピックの「特需」分を除いても十分に達成できる計算だ。そうした訪日外国人が日本国内で落とすお金をガッチリつかもうと、ホテルやレストランだけでなく、さまざまなサービスに「投資」する動きが出ているわけだ。
 今年六月の有効求人倍率は一・六二倍と、四十四年ぶりの高水準が続いている。働く人は増えているのに、それでも人手不足が深刻化しているのだ。ここで問題になるのが、高齢者の就業者数が早晩、頭打ちになるとみられることだ。また、女性の就業率上昇も、M字カーブの解消が示すように、そろそろ限界に近づいている。つまり、これまで就業者数の増加を支えてきた女性と高齢者が期待できなくなりつつあるのだ。
 団塊の世代は一九四七年〜四九年生まれを指す。その数二百六十万人とされる。この人たちが皆、オリンピックを前に七十歳を超えることになる。生涯現役とはいえ、七十を超えると働く人は激減する。この世代が本格的に労働市場から姿を消し始めると、人手不足は一気に深刻化するのだ。
少子化による人手不足」とつい口にしてきた我々だが、就業者数が減少をし始めた時のインパクトは大きいだろう。まさしく、それ以降が人手不足の本番だと言える。その「時」は着々と迫っている。当然ながら、今から対策を講じなければならない。