日本の株価が、好調米国に置き去りにされる理由 「分配」姿勢に課題、投資家は成長力を疑問視

日経ビジネスオンラインに9月7日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/090600084/

2017年度の「内部留保」は前年度比9.9%増
 米国のダウ工業株30種平均は8月末に2万6000ドル台を突破、2月初め以来ほぼ半年ぶりに最高値を更新した。トランプ大統領が中国からの輸入品に関税をかける“米中貿易戦争”を仕掛けるなど株式市場を大きく揺さぶっているにもかかわらず、米国株高が続いている。

 一方、日本の日経平均株価はといえば、今年1月23日に付けた2万4129円34銭の年初来高値を抜くことができず、2万2000円台で上値の重い展開となっている。外国人投資家による売買比率が高い日本市場は、米国株など海外の情勢に大きく左右される。にもかかわらず日本株が高値を更新できないのはなぜなのか。

 企業業績は好調だ。財務省が9月3日に発表した2017年度の法人企業統計によると、企業(金融・保険業を除く全産業)の売上高は1544兆円と6.1%の大幅増となり、経常利益は83兆5543億円と11%増えた。当期純利益は61兆4707億円と24%も増えている。

 大幅に利益を増やしているにもかかわらず、株価は今ひとつ上昇する勢いに欠けるのだ。普通は利益が増えれば、株価は上昇するものだが、なぜ、日本企業はそうならないのか。

 最大の問題は、足元の利益が将来の成長につながると投資家に思われていないことだ。企業は稼いだおカネを設備投資に回したり、他の企業をM&A(合併・買収)したりして、将来の成長に「投資」する。あるいは、優秀な人材に高給を払って積極的に採用するなど人件費に投じる。そうした先行投資がいずれ利益となって再び企業に戻ってくるわけだ。もちろん、利益の一部は株主に配当として配られる。そうした将来に向けての利益の「分配」が見えるからこそ、株価が上昇するのである。株価は将来にわたって企業が生み出す価値を見据えている。

 ところが日本企業の場合、利益がそうした将来への「投資」に向かわず、かといって配当にも回らず、しばしば批判されているように「内部留保」に回っている。法人企業統計で内部留保を示す「利益剰余金」を見ると、2017年度は446兆4844億円。前年度に比べて40兆円、率にして9.9%も増えた。

 企業収益が大きく伸び始めたのは、第2次以降の安倍内閣が進めたアベノミクスの効果だ。量的緩和によって為替の円高が修正され、輸出産業を中心に業績が回復した。経常利益はリーマンショック後のどん底だった2009年度の32兆1188億円と比べると、2017年度(83兆5543億円)は2.6倍。第2次安倍内閣が発足した2012年度(48兆4611億円)と比べても1.7倍になった。

労働分配率はほぼ一貫して低下し続けている
 ところが、その利益がなかなか設備投資などに回らず、利益剰余金として企業に蓄えられる結果になっている。2012年度の利益剰余金は304兆円だったので、5年で140兆円も増加したことになる。この間、設備投資は34兆円から45兆円に11兆円増えただけにとどまっている。

 しかも内部留保の多くが、現預金として保有されている。2017年度に企業が保有している現金・預金の総額は、222兆円にのぼる。これだけの低金利の時代に、資金をただ積み上げて放置しているわけだ。

 安倍首相は、繰り返し「経済好循環」を掲げ、財界首脳に「賃上げ」を要請してきた。好調な企業収益の恩恵を、従業員に分配することで、家計が潤えば、それが消費の増加となって再び企業収益にプラスになってくる。こうした「循環」を起こすことが重要だとしているのだ。

 確かにベースアップは5年連続で実現したが、果たして企業は、経済好循環が起きるほどに人件費を引き上げているのか。

 法人企業統計の付加価値分析を見ると、2017年度の人件費の総額は206兆円。前年度に比べて2.3%増えてはいるが、5兆円弱の増加に過ぎない。内部留保の増加に比べれば微々たるものだ。それでも2015年度1.2%増、2016年度1.8%増、そして2017年度は2.3%増と、増加率が大きくなっているのを見ると、安倍首相の呼び掛けが多少なりとも効果を発揮しているように見える。

 しかし、企業が生み出した付加価値に占める人件費の割合、いわゆる労働分配率を見ると、2011年度の72.6%をピークにほぼ一貫して低下を続け、2017年度は66.2%である。

 内部留保の増加にかねてから苦言を呈してきた麻生太郎副総理兼財務相は、9月4日の閣議後の記者会見で「給料が伸びたといっても2ケタに達していない。労働分配率も下がっている」と指摘、「企業収益が上がっていることは間違いなく良いことだが、設備投資や賃金が上がらないと消費につながらない」と述べた。

 実際、給与の増加が消費の増加にはまだ結びついておらず、消費の低迷が続いている。企業にはまだ分配余地がある、としたわけだ。

 株価と大きく関係する企業の「分配」に、配当がある。物言う株主の増加もあって、近年は配当や自社株買いなど「株主還元」に力を入れる企業も増えている。では、配当はどれくらい増えているのか。

 法人企業統計によると2017年度の配当総額は23兆円余り。2016年度の20兆円に比べて3兆円増え、2015年度の22兆円を上回った。

配当性向は37.9%と、2016年度比で低下
 ところが、である。当期純利益のうちどれくらいを配当に回したかという「配当性向」は37.9%と前年度の40.4%から大幅に低下した。アベノミクスで企業業績が急回復した2013年度には配当性向が38.3%にまで低下したが、2017年度はそれを下回り、過去10年で最も低くなった。まだまだ増配余地があるということだ。

 2018年度の企業業績は当初、悪化する可能性があるとみられていた。ところが四半期決算などを見ていると、2018年度も増収増益になりそうな気配が強まっている。3月決算企業では、9月中間決算が締まる頃には通期の業績見通しを修正、中間配当や年間配当の見直しを行うことになる。今期も増益でしかも増配ということになれば、株価を押し上げる材料になるに違いない。

 もう1つ、企業に変化が見られている。将来を見据えた設備投資に力を入れるところが出始めた。日本政策投資銀行が8月1日に発表した2018年度の設備投資計画調査によると、資本金10億円以上の大企業の設備投資計画は前年度実績比21.6%増と大幅な増加になる見通し。前年度の同調査では伸び率は11.2%増だったので、設備投資意欲が急速に増していることを示している。

 企業が将来を見据えた投資に動き出す環境の変化もある。深刻化する人手不足に対応した無人化や省力化の投資が増えているのだ。特にこれまで生産性が低いとされてきた物流や飲食、小売り、宿泊といったサービス産業で投資が増えているのだ。小規模の飲食店などでもレジと連動した注文システムの導入が進むなど、人手不足が大きなきっかけになって設備投資を増やしている。物流業界では無人トラックの実証実験などが始まっている。

 こうした設備投資がすぐに企業収益に結びつくわけではないが、銀行口座に現金を積んでおくよりは、将来への可能性が広がるのは確かだろう。

 今後、上場企業は「分配政策」に無頓着ではいられなくなる。年金基金や生命保険会社といった機関投資家が、企業の成長戦略や配当方針に一段と目を光らせることになるからだ。内部留保を溜め込んで投資をしない企業に対して、海外のファンドなどが株を買い集めて、増配などを要求するケースが頻発しているが、過剰な内部留保を溜め込むことは、そうした物言う株主からターゲットにされる可能性があるのだ。

 また、国内の機関投資家でも、こうした海外投資家が増配などを要求した場合、賛成票を投じるケースが増えている。最終受益者であるアセットオーナー(年金資産などの保有者、保険契約者)の利益を第一に考えて行動することがスチュワードシップ・コードで求められるようになったからだ。

 企業業績が好調を続ける見通しになる中で、日本企業が「分配政策」について考え、内部留保の有効活用に動き出すようになれば、日本株も本格的に上値を追う展開になるだろう。