日本経済の試金石、「賃金」の上昇が始まった?

日本CFO協会が運営する「CFOフォーラム」というサイトに定期的に連載しています。コラム名は『コンパス』。9月18日にアップされた原稿です。オリジナルページもご覧ください。→http://forum.cfo.jp/?p=10534

 いよいよ賃金の上昇が始まったようだ。厚生労働省が発表した2018年6月の毎月勤労統計で、「現金給与総額」の賃金指数が、昨年8月以降11カ月連続で前年同月比プラスとなった。12月までは1%未満の増加だったが、3月には2%増を記録、6月は3.3%の増加となった。名目賃金にあたる1人あたりの「現金給与総額」は44万7,206円で、1997年1月以来21年5カ月ぶりの高水準となった。

 安倍晋三首相は今年の春闘に当たって、「賃上げ3%」を経済界に要請。5年連続のベアが実現した。4月の昇給で3%を積み増した企業は少数だったが、ボーナスや諸手当を合わせた年収ベースでは多くの企業で3%を超す増加になりそうだ。企業収益の好調を背景に夏のボーナスが増えたことが、6月の現金給与総額の大幅な上昇につながったとみられる。実際、ボーナス支給がほとんどないパートの現金給与総額が1.7%増だったのに対して、一般労働者が3.3%と上回ったのをみても、ボーナスの効果が大きかったことを示している。

 安倍首相は第2次安倍内閣発足以降、「経済好循環」を掲げてきた。アベノミクスによる企業収益の好転を賃金の形で社員など働き手に還元することを求めてきた。

 その一環として最低賃金の引き上げにも取り組んできた。厚生労働省中央最低賃金審議会都道府県の審議会は7月から8月にかけて最低賃金の見直しを行ったが、その結果、2020年の東京オリンピックパラリンピックを前に、東京の最低賃金が1,000円を超えることが確実になった。10月に上がる2018年度の最低賃金は全国平均で時給874円と現行より26円上がるほか、東京都は27円引き上げて985円となる。

 仮に来年も3%引き上げられたとすれば、東京の最低時給は1,014円になるわけだ。同様に神奈川も1,000円を突破する見通しで、首都圏では「時給1,000円時代」が到来する。

 問題は、こうした賃金の上昇が、個人の懐を温め、消費へとつながるかどうか。若年層を中心に、給与の増加分が貯蓄に回っているという分析もあるが、貯蓄に回っては期待される「経済好循環」は起きない。給与増が消費に向かい、それが企業収益や設備投資の増加に結び付く「好循環」が回り始めることが、本格的なデフレ脱却には不可欠だ。

 8月末には菅官房長官が記者会見で「日本の通信料金は高い」「4割近く引き下げられるのではないか」と発言した。通信料金はさまざまな契約形態があるため、国際比較は難しく、通信業界には異論もある。

 それでも政府高官が「通信」を名指ししたのには理由がある。家計消費支出は減少を続けているが、その中でも増え続けている支出項目の代表格が「通信」なのだ。

 2002年からの15年間に、家計消費支出(月平均)は30万5,953円から28万3,027円へと7.5%減少したが、通信料は1万544円から1万3,270円へと26%も増えた。今や支出に占める通信の比率は4.7%に達している。

 通信料の引き下げを促して、その分、他の消費が増えることを政府は狙っているのだ。

 というのも消費の低迷が続いているからだ。オリンピックを控えて建設工事は高水準が続き、訪日外国人の増加でインバウンド消費は増えているものの、日本人の国内消費になかなか火が付かないのだ。

 政府が消費を盛り上げたいと考えているのは、2019年10月に消費増税が控えているため。現在の8%が10%に引き上げられる。一部には先送り論もくすぶるが、先送りしても増税できるタイミングはそう簡単には巡って来ない。

 現在のスケジュールならば、2019年前半に増税を控えた駆け込み消費が起き、増税後の反動期には、オリンピックをめがけて外国人が押し寄せる。外国人のお土産などは免税手続きをすれば、消費税がかからないので、増税の影響はない。増税から1年、外国人消費が反動減を吸収してくれれば、消費増税の影響は小さくなるに違いない。2019年10月というのは非常に合理的なタイミングと言えるのだ。

 そのためにも、給与増が続き、それが消費に回ることが不可欠なのだ。給与が本格的に上がり続けるかが日本経済が本格復活する試金石になる。