ゴーン事件で露呈した「日本の危機」 国際的に通用する経営人材がいない

日経ビジネスオンラインに11月30日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/112900081/

ルノー・日産BVのトップ人事が焦点
 経団連など経済界の首脳たちの間でカルロス・ゴーン容疑者の後任探しが行われている。

 有価証券報告書虚偽記載の疑いで11月19日に逮捕されたゴーン容疑者は、11月22日に日産自動車の会長職を解任されたほか、11月26日には三菱自動車の会長も解任された。一方、ルノーはゴーン容疑者のCEO(最高経営責任者)解任を見送り、ティエリー・ボロレCOO(最高執行責任者)をCEO代行に任命した。

 ルノー・日産・三菱自動車連合の総帥が突如として空席となったことで、今後の同連合の主導権を誰が握るのかが大きな焦点になっている。日産からゴーン容疑者解任の経過説明を受けたとみられる首相官邸経済産業省は、ルノー日産連合の経営トップに日本人を据える方針を決め、経済界に適任者の人選を求めたとされる。

 3社連合の経営体制は、ルノーと日産の合弁会社である「ルノー・日産BV」(オランダ)の会長兼CEOをゴーン容疑者が務めることで、3社連合を率いる形をとってきた。日産側はこのポジションに日本人を据え、名実ともにゴーン容疑者の後任としたい意向をルノー側に示している。当然、ルノー側は反発している。

 ルノーと日産の間にはこの合弁会社のトップにはルノー側が就くという覚書があるとされるが、政府関係者によると、「絶対にルノーから出すという内容ではない」と解釈の余地があるとの見方を示している。

 1999年には経営破綻寸前だった日産がルノーに事実上救済される形だったため、こうした覚書が交わされたとみられる。ところがその後、大幅なリストラの効果で日産は復活。2017年の世界の自動車販売ではルノーが約376万台なのに対して、日産は約581万台と大幅に上回るようになった。売り上げや利益の規模でも日産はルノーを上回っている。

 ところが、ルノーは日産の議決権の43.4%を握っているのに対して、日産はルノーに15%の出資をするが議決権はない。日産側には格下のルノーに経営を牛耳られていることへの反発が以前からある。絶対権力者だったゴーン容疑者が失脚したことで、これが一気に表面化するのは半ば当然だった。ルノーとの協議では今後のアライアンスの進め方や資本構成についての見直しも日産側は求めているもようだ。

 資本構成を見直すことはそう簡単ではないにせよ、今後、日産とルノーの力関係を決めることになるのは、トップ人事だ。ルノー・日産BVのトップに誰がなるのかにかかっている。

「プロ経営者」の数はまだ少ない
 ここで問題になるのが、グローバルな自動車連合のトップを務められるだけの力を持つ経営者が日本にはいないこと。打診されている経済界も自信をもって推薦できる人物が見当たらず頭を抱える状態になっている。

 ここ10年ほど日本でも「プロ経営者」をトップに据える企業が出始めているものの、まだまだ数は少ない。日本コカ・コーラの社長・会長を務めた魚谷雅彦氏が資生堂の社長に就任したほか、ローソンの社長・会長を務めた新浪剛史氏がサントリーホールディングスの社長に就任するなど事例は出ているが、最近では短期のうちに退任する例も目立っている。

 プロ経営者としてカルビーの会長兼CEOを務めた松本晃氏が、RIZAPグループのCOOに招かれたものの、わずか半年でCOOを外れた。アップル日本法人の社長から日本マクドナルドホールディングス社長を務め、ベネッセホールディングス会長兼社長に転じていた原田泳幸氏が退任したほか、LIXILグループに社長として招かれた藤森義明氏も実質的に解任されている。まだまだ日本には「プロ経営者」がほとんど存在しないし、経済界で「プロ経営者」が活躍できる余地も少ない。

 一方で、経営破綻の危機に直面した東京電力のトップ選びや、官民ファンドのトップ選びなどで、政府が経済界に人材選びの協力を求めたケースもあった。ただ、こうした政府や「公益」がからむ企業などの場合、他の日本企業との調整など、極めて日本的な能力が求められるため、「財界の顔」的な大物財界人に打診がいくことがしばしばだった。

 今回の場合、日本人を選ぶに当たってのハードルはかなり高い。ルノー・日産・三菱のアライアンス全体の自動車販売台数は2017年に世界でトップに躍り出ている。ドイツのフォルクスワーゲンVW)グループやトヨタグループを上回る巨大自動車グループを統率できるグローバル水準の経営人材が日本にいるのかどうか。また、フランスが中心のルノーの傘下にはルーマニアのダチアや、韓国サムスンとの合弁であるルノーサムスンなどもあり、グローバル経営を仕切る能力が不可欠だ。

 「部長級を選ぼうとしたら全員が外国人になってしまう。もちろん日本人に“げた”をはかせてポストに付けているが」

 グローバル経営を一気に進めている日本の大手企業のトップはこう嘆く。日本人の40歳〜50歳台の力がまったく国際水準に達していない、というのだ。

日本人の「経験値が足りない」
 英語が十分に使いこなせないといったレベルの話ではない。外国人人材には社内共通語である英語を母国語とする人ばかりでなく、流ちょうに話す人ばかりではないが、経営者あるいはマネジャーとしての絶対的な能力が不足している、というのだ。

 「日本人が優秀じゃないというのではなく、経験値が足りないという感じです」とこの経営者は言う。

 要は、経営者、あるいはその予備軍としてのマネジャーとしての場数を踏んでいない、というのだ。これは、圧倒的に日本企業の人材の「育て方」に問題がある。現場の最前線からスタートして、一歩一歩出世の階段を上っていく日本のやり方は、強い現場を作ることに大きな威力を発揮してきた。

 日本企業は長年、現場第一主義でボトムアップ型の意思決定を行ってきた。部長や取締役など、現場の一線から離れていくにしたがって、現場の方向性を追認しハンコを押すだけの存在になっていく。伝統的な日本企業ほどそうだったといっていい。

 ところが、近年、企業に求められているのはトップダウン型の経営である。ボトムアップ型ではどうしても意思決定に時間がかかり国際競争に耐えられない。トップダウンで即断即決しなければ競争に勝てない時代になった。

 そこで経営力が問われるようになったのだが、現場重視型の日本企業では、マネジメントや経営の人材がどうしても弱くなる。長年現場で経験を積んだ論功行賞で役員になっても、時代の変化についていく即断即決型の人材にはならないのだ。

 いわゆる「プロ経営者」はこうした現場から時間をかけて上がってくる仕組みでは育たない。経営者としての教育を受け、様々な企業で「経営」に携わり、いくつかの会社の経営トップを経てグローバル企業の経営を担う。そうしたキャリアパスが不可欠だ。これは大卒一括採用、終始雇用を前提とした年功序列では絶対に生まれてこない。

 経団連から就活時期を定めたルールの廃止という話が出てきたのも、今の仕組みでは経営人材が育たない、という思いの表れだろう。経営幹部層は一定の経験を積んだ人物から中途採用で雇う、そんな時代がすぐそこまでやってきている。

 ゴーン容疑者の後任には、日産でもルノーでもない第三者をトップにすえることが落とし所になる、と語る関係者もいる。日本政府や経済界など「日の丸連合」からすれば、何とか日本人を据えたいところだろうが、もしかすると、日本人でもフランス人でもないプロ経営者を据えることが解決策になる可能性も十分にある。それぐらい適材がいないのだ。今後も日本企業のグローバル化を進めていくうえで、経営人材の枯渇が大きな危機になるに違いない。