株価維持に使われた"日本人の年金"の末路 運用赤字は"14兆円"では止まらない

プレジデント・オンラインに2月8日にアップされた拙稿です。オリジナルぺージ→

https://president.jp/articles/-/27616 

 

海外投資家の「日本株売り」が続いている

海外投資家による「日本株売り」が目立っている。日本取引所グループ(JPX)が発表している投資部門別売買状況によると、海外投資家は2018年11月12日から2019年1月18日まで10週連続で「売り越し」となった。1月21日から25日の週は久しぶりの「買い越し」だったが、本格的な買いを伺わせる勢いには乏しい。2月7日に発表した1月28日から2月1日の週は「売り越し」となった。

2018年1年間の合計でも、海外投資家は5兆7402億円の売り越しだった。2012年末に第2次安倍晋三内閣が発足し、アベノミクスが始まって以降、最大の売り越しである。一方で、2012年以降、大量に売り越してきた「個人」が、3695億円の売り越しと、少額の売り越しにとどまった。海外投資家が日本株を「見限る」一方、「個人」が比較的強気になっていたことが分かる。

また、年間で「買い越し」ていたのは事業法人の2兆5705億円、投資信託の1兆4172億円といったところ。事業法人の買いは、上場企業による自社株買いとみられる。投資信託は個人が投資信託を買って間接的な株式保有を増やしたようにもみえるが、実際には日本銀行によるETF(上場投資信託)を通じての日本株買いの可能性が高い。

また、「信託銀行」も年間で1兆5065億円買い越した。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)などの年金マネーが株式を購入する場合、この統計では「信託銀行」に表れるとされる。

海外投資家が売上高の過半を占める市場

つまり、海外投資家の大量の売りを、自社株買いや日銀、年金マネーが買い支えた、という構図が浮かび上がってくる。

東京株式市場は売買高の過半を海外投資家が占めるユニークな市場だ。このため、日本株のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)自体よりも、為替や海外の金融情勢などに大きく振り回される。円高になると株価が下がり、円安になると株価が上がるといった乱高下を繰り返している。これも、ドルベースで日本株を見ている海外投資家が多いからだとされる。

日経平均株価が上昇するかどうかも、海外投資家の動向に大きく左右される。昨年秋以降、日経平均株価が大きく下げたのも、冒頭に示したような10週連続の海外投資家の売り越しが響いていた。

海外投資家はアベノミクスが始まった2013年に15兆円を買い越した。日経平均株価が戻ってきたところへ「個人」はやれやれの売り物をぶつけ、8兆7508億円も売り越したが、日本を再び成長軌道に乗せるという安倍晋三首相の方針に「期待」した海外投資家が多かった。

海外投資家が日本株を「見限った」理由

だが、2015年以降、海外投資家は慎重姿勢を強めてきた。2016年には3兆6887億円を売り越した。アベノミクスへの期待がはげ、「やはり日本は変わらない」といった諦めに似た見方が海外投資家に広がったのだ。2018年はほぼ一貫して売り越したが、秋以降は売り姿勢を強めた。

なぜ、海外投資家は日本株を「見限り」、それ以降も本格的に買いに入って来ないのだろうか。

通常国会で野党の最大の攻撃材料になっている「毎月勤労統計」の調査不正問題がボディーブローのように効いている。不正が始まった段階ではおそらく罪の意識がなく、ケアレスミスだったに違いない。だが、問題に気付いて以降、内部で勝手に修正をし、問題を糊塗しようとしていた疑いが強まっている。また、問題が発覚した後の検証や調査も極めて杜撰で、当事者のヒアリングに外部者がひとりも立ち会っていなかったことなどが次々に明るみに出ている。

政府は、過去から続いたミスだとして早々の幕引きを図っているが、問題を矮小化して早期に決着しようという姿勢がミエミエである。

日本の調査統計への信用が大きく揺らいでいる

海外投資家が首をひねるのが、毎月勤労統計の中で調査されてきた「賃金」の実態。安倍首相は就任以降「経済好循環」を掲げて財界首脳に「賃上げ」を求めてきた。為替が円安に振れたことで企業収益が大幅に改善したが、それが給与の増加につながり、さらに消費へと結びつくことが重要だと強調していたのだ。ところが、毎月勤労統計調査の不正によって、2018年の実質賃金は本当に上昇していたのか、実態がよく分からなくなっているのだ。

少なくとも2018年6月の公表結果で3.3%としていた賃金上昇率は、実際には2.8%だったことが現段階で明らかになっており、それもサンプル入れ替えの影響が大きいことが国会審議などで明らかになっている。アベノミクスの「成果」として強調されていたことが、実は、統計手法の不正や調査対象の入れ替えによって出来上がっていたのではないか、という不信感が強まっている。野党は「アベノミクス偽装」だと批判を強めている。

安倍首相は調査結果をコントロールすることは無理だとしているが、日本の調査統計に対する世界の信用が大きく揺らいでいることは間違いない。

官僚機構への信頼が瓦解している

この1年あまり、日本の官僚機構に対する信頼は瓦解していると言っても過言ではない。2018年の2月には裁量労働を巡って安倍首相が答弁に使った調査データが、そもそも比較不能だったことが明らかになり、法案から裁量労働制を拡大する部分を削除する大失態を演じた。3月には森友学園問題を巡る財務省の公文書改ざんが明らかになって大問題となり、官僚OBらからも「前代未聞」と批判された。

また、障害者の法定雇用率を巡って、霞が関の多くの省庁で「水増し」されていたことが8月には明らかになっている。そして、年末には国の「基幹統計」で相次いで不正が発覚した。

株式投資をするうえで、その国の経済実態がどうなっていくかを予測することは極めて重要だ。景気が悪くなる国の株価をわざわざ買う投資家はいない。日本の統計が当てにならないということになれば、日本株は買えない、ということになってしまう。

「日本で取締役は危険」が欧米の常識に

もうひとつ。昨年11月に突然逮捕され、今も勾留が続くカルロス・ゴーン日産自動車前会長の問題も、多くの海外投資家に「日本は異質だ」という印象を与えている。ゴーン前会長が日産自動車を私物化していた点は庶民感情を刺激するには十分だが、それが本当に特別背任罪となるだけの犯罪行為だったのか。ゴーン氏は無実を主張し、すべて合法的に社内決裁を経ているとしている。

本人が罪を認めず長期の拘留を続ける手法を、「前近代的」だと感じている欧米人は少なくない。「日本で取締役になるのは危険だ」という見方が、今や欧米ビジネスマンの間では常識になりつつあるという。

海外投資家に見放された日本株市場は、そう簡単には「上値を追う」展開にはならないだろう。アベノミクス開始以降に買い越した分を、今後も海外投資家が売ってくれば、日銀や年金マネーが買い支えるのにも限度がある。

年金マネーによる株式投資の結果

GPIFが2月1日に発表した2018年度の第3四半期(10‐12月期)は、期間収益が14兆8039億円の赤字となった。収益率としてはマイナス9.06%という、大幅な損失である。日本を含む世界の株式相場が下落したことで、資産の評価額が大きく目減りした。

安倍内閣は年金マネーによる株式投資を推進したため、今や150兆円あるGPIFの資金の半分は国内外の株式で運用されるようになった。第2次安倍内閣が発足した2012年12月段階では112兆円の資産の60.1%は国債を中心とする「国内債」で運用され、「国内株式」は13%にすぎなかった。

それが、今や国内株式で24%を運用、国内債券は28%にまで減っている。外国株式も10%未満から24%へと大きく増やした。

安倍内閣は「デフレからの脱却」を掲げ、デフレからインフレへという経済構造の転換を目指してきた。このため、金利が上昇すれば価格が下落することになる債券を持ち続けるよりも、成長が見込める株式にシフトすることが、ある意味合理的だったともいえる。

だが、当然、株式は債券以上に価格変動リスクが大きい。四半期ごとに10兆円を超す損益が出て、それに一喜一憂する体制になったわけだが、そうした年金資産の増減を国民が納得しているのかどうか、今ひとつ判然としない。

債権中心への「逆戻り」は難しい

GPIFは米国のカリフォルニア州職員退職年金基金CalPERS)などを例に、株式投資が世界の流れだと説明してきたが、米国の社会保障信託基金は全額米国債で運用されている。150兆円をマーケットで運用している基金というのはGPIFがダントツで大きいのだ。

問題は、GPIFが今後、株式から債券中心に「逆戻り」することが難しいことだ。35兆円を超す金額を日本の株式市場に投じてしまったGPIFは、「池の鯨」状態。身動きをすれば池の水があふれるように、影響力がデカすぎるのだ。保有株の1割を売ろうと思えば、株価を大きく下落させることになってしまう。そうなれば自らのクビを絞めるから、売ろうにも売れないのだ。

海外投資家が見限った日本市場を、GPIFも日銀も見限ることができなくなっているということを、国民は覚悟すべきだろう。