霞が関で"数字のごまかし"が蔓延するワケ

プレジデントオンラインに3月22日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→https://president.jp/articles/-/28093

民間と同じ「不足1人当たり年60万円」

「民間には“罰金”を課しておきながら、役所は水増しで法定雇用率をクリアしたように偽装していた。まったく許せません。民間並みの“罰金”は当然ですが、果たしてきちんと対応するのか」

中堅上場企業の人事担当者は憤る。

法律で定められた障害者の法定雇用率をめぐって中央省庁が障害者雇用数を水増ししていた問題で、政府は3月19日、中央省庁にも“罰金”を課すルールを導入することを決めた。

国の行政機関が法定雇用率を達成できなかった場合、不足1人当たり年60万円を各府省の翌年度の予算から減額する仕組みで、2020年度から導入する。民間企業には未達成の場合、不足1人につき原則、月5万円(年60万円)の納付金を国に支払う仕組みがあり、これと平仄(ひょうそく)を合わせることになる。

新制度では、雑費などに充てられている「庁費」から減額することとなる。予定していた人数の障害者を雇えなかった場合、その人件費が浮くことになるが、その分は障害者の雇用促進策に活用するという。また、各省庁の官房長らを障害者雇用の責任者とし、達成できなかった場合などは人事評価でマイナス評価とするとしている。

霞が関で相次ぐ「数値の改ざん」

実は障害者の法定雇用率は2018年4月1日から引き上げられたばかりだった。民間企業は従来の2.0%から2.2%に、国や地方公共団体などは2.3%から2.5%に変わった。さらに3年以内に0.1%上乗せすることも決まっている。

そんな中、発覚したのが雇用者数の「水増し」だった。次々と明らかになり、最終的には国の28の行政機関で3700人分が水増し算入されていたことが判明した。厚生労働省が設置した第三者検証委員会(委員長、松井巌・元福岡高検検事長)は報告書で、雇用率に算入できる障害者の範囲などについて「厚生労働省の周知が不十分だった」と指摘、その上で、各省庁が「法定雇用率を達成させようとするあまり、範囲や確認方法を恣意的に解釈していた」とした。

霞が関による数値の改ざんが相次いでいる。厚生労働省による裁量労働制をめぐるデータでは、調査方法の違う2つのデータを単純比較し、あたかも裁量労働制の人の方が、労働時間が短いということを示そうとした。安倍晋三首相の答弁に使われたが、結局、データがいい加減だということになり、首相は答弁を撤回。法案から裁量労働制拡大の条項を削除することになった。2018年2月のことだ。

3月には森友学園問題をめぐる財務省の公文書改ざんが発覚。官僚OBからも「信じられない」という声が上がったが、結局、麻生太郎副総理兼財務相は辞任することなく乗り切った。

そして発覚したのが障害者雇用の水増し問題だったが、一般の人にはなじみが薄かったせいか、あまり大きく批判が盛り上がることはなかった。

「数字」は法律を通すための素材だと思っている

さらに年明けから大騒動になったのが、毎月勤労統計をめぐる不正問題である。統計手法を勝手に変更してそれを隠し続けてきたこと、公表せずに修正しようとしていたことなどが明らかになった。さらには統計対象の入れ替えで、賃金の伸び率を高く見せようとしたのではないか、という疑惑も生じている。

加えて、統計の不正を調査した厚労省の特別観察委員会の独立性や調査方法に対する疑問が噴出する事態にもなっている。

こうした相次ぐ「数字のごまかし」はなぜ起きるのだろうか。

1つは、数字に対する感覚の鈍さだ。最近でこそ、EBPM(エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング、根拠に基づく政策立案)が言われるようになってきたが、霞が関では伝統的にエビデンスを軽視する傾向が強い。合理的な根拠を調べてから政策を打つというのではなく、官僚が頭で考えた自分たちのやりたい政策を実行する。数字、データはそのための補完材料だという考え方が染み付いているのである。

よって、自分たちがやりたい政策に都合のよい数字を取り上げ、都合の悪い数字は使わない、といったことがしばしば起きている。時には、自分たちに都合の良い数字を「作る」ことも厭わない。数字は法律を通すために国会議員を説得するための素材にすぎず、法律さえ通ってしまえば、あとは関係ない。それが官僚組織では伝統的に許されてきたのだ。

「辻褄合わせ」と「忖度」が蔓延している

政策決定に当たってエビデンスのデータがしっかりしていなかったら、通常なら困るのは自分たちである。だが、霞が関の場合、法律を通すところまでは注目されても、その政策がどれだけの効果を上げたかという成果分析はほとんどなされない。つまり政策の失敗が追及されることはないのだ。だから、根拠となる数値がいい加減でも官僚は気にしないのだ。

民間企業ならば新商品を発売するためのマーケティング調査がいい加減な数字だった場合、会社に大損害を与えることになりかねない。開発担当者が製品化したいために市場調査の数値を捏造したら、発覚すれば即クビものだ。だが、霞が関の場合、統計の不備や不正でクビになった人はまずいない。

実際にあった話だが、大臣に「こういうデータはないのか」と厳しく叱責され、泣く泣く不適切なデータ加工を行って大臣に出した、という例もある。政治家の答弁との整合性を合わせるために、データを修正することもある。「辻褄合わせ」と「忖度」が蔓延しているのだ。官僚もこれまでは厳しく責任追及されることがなかったので、こわもて大臣の要求に安易に応じてしまうわけだ。

焼け太り」論理に振り回されてはいけない

障害者雇用率で言えば、自分の役所だけが達成しなければ大問題になる。その数値管理を担当する官僚からすれば、何とか数字はクリアしたい。やや脱線して辻褄合わせを行っても咎め立てされないとなれば、不正に手を染めてしまう。「鉛筆を舐めておけばいいんだ」といったムードが現場には間違いなく存在する。

統計不正問題が国会で追及されるようになって、霞が関からは、「人が足らないのが原因だ」といった声が漏れてくるようになった。統計を担当する部署は軽視されて、人数も減らされているから、間違いが起きる、というのである。

だが、これは霞が関お得意の「焼け太り」論理だ。前述のような「カルチャー」を変えない限り、いくら人を増やしても不正は無くならない。自分たちの政策立案にとって統計こそが重要だとなれば、誰もデータやその収集方法を軽視しなくなるだろう。

真面目に障害者雇用をしてきた企業が困惑している

障害者雇用の水増し問題では、民間企業にとんだとばっちりが及んでいる。法定雇用率を達成させるために、2019年末までに約4000人を採用する計画を政府が立てたのである。2月には障害者だけを対象にした初の国家公務員試験が行われ、6997人が受験した。そのうち2302人が2次選考に進み、全省庁で676人が採用される見込み。

こうした受験者の多くは、すでに民間企業で働いている障害者が多い。民間よりも待遇が良く、将来性に不安がないことから、公務員を希望するわけだ。その結果、企業での障害者雇用が減少し、下手をすると法定雇用率を割り込むことになりかねない。

長期にわたって真面目に障害者雇用に取り組んできた企業ほど、この公務員大量採用に困惑している。さすがに政府も1年で4000人の採用は不可能だとわかったのだろう。達成期限を2020年以降に先延ばしする検討を始めている。

今後、数字の「辻褄合わせ」や「忖度」を防ぐにはどうすれば良いのか。1つは罰則を強化することだろう。障害者雇用の促進では官房長の責任が明記されたが、実際にどんな人事評価を受けるかまだわからない。公務員には身分保障があり、原則として降格処分はできない仕組みだ。そんな中で、不正に改ざんした場合の罰則をどれだけ厳しくできるかが、再発防止には重要だろう。自らの処遇に直結するということがはっきりした途端、本気で仕事をするというのも霞が関官僚のカルチャーである。