部下に有害と呼ばれたリクシル会長の末路

プレジデントオンラインに5月10日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/28596

窮地に立たされている創業家出身の潮田CEO

住宅設備大手のLIXILグループ(以下リクシル)の経営権を巡る争いが佳境を迎えている。

会長兼CEO(最高経営責任者)で創業家出身の潮田洋一郎氏と、潮田氏に事実上解任された前CEOの瀬戸欣哉氏が経営権を巡って、株主の委任状争奪戦、いわゆるプロキシーファイトを6月下旬の株主総会に向けて繰り広げることになりそうだ。

近く、リクシルの指名委員会が「会社側」の取締役候補を決定する。リクシルは指名委員会等設置会社で、社外取締役が主体となって設けられている「指名委員会」が候補者を決める仕組み。一方で、瀬戸氏側も、取締役候補8人を選ぶ「株主提案」を提出している。株主総会でどちらが多数を得るかが焦点になる。

こうしたプロキシーファイトに発展した場合、通常は「会社側提案」が有利になるケースが多い。金融機関など日本の大株主が会社側提案を支持する傾向が強かったためだ。

ところが、今回の場合、潮田氏は窮地に立たされている。

事の発端は、昨年10月末、社長兼CEOだった瀬戸氏の退任が発表され、それまで取締役会議長だった潮田氏が、会長兼CEOに就任、社長には社外取締役の山梨広一氏が就くことになった事だった。前述のようにリクシルは指名委員会設置会社で、潮田氏と山梨氏はそのメンバーだった。

「不透明」なCEO交代を機関投資家が疑問視

瀬戸氏の解任を決めた指名委員会では、潮田氏は「瀬戸氏から辞意を伝えられた」と説明、一方の瀬戸氏は、「(解任は)指名委員全員の総意であると説明された」と自らの意思ではないことを強調している。

そうした「不透明」なCEO交代について、欧米の機関投資家から疑問の声が上がった。世界最大の資産運用会社米ブラックロックや英投資会社マラソン・アセット・マネジメントなどがリクシルの取締役会に対してコーポレートガバナンス企業統治)のあり方を厳しく問う書簡を送っていたことが、2月になってメディアの報道で明らかになったのだ。

リクシル側はCEO交代の経緯を調べた弁護士による「調査報告書」の概要を2月25日に公表、3月7日には一部の機関投資家向けに説明会を開いた。会社側は交代の手続きに法的な不備はないことを示そうとしたわけだが、逆に、火に油を注ぐ結果になった。指名委員会のメンバーだった潮田氏と山梨氏が自ら会長、社長に就いたことがガバナンス上、重大問題だとする声が強かった。

しびれを切らしたマラソン・アセットなど機関投資家4社は3月20日に共同で「臨時株主総会の招集請求を行った」と発表。潮田氏と山梨氏の取締役解任を議題とするとした。これにはリクシル統合前のINAX創業家の伊奈啓一郎氏も賛同、共同提案者に名前を連ねた。

追い詰められた潮田氏らが選んだ「奇策」

当初、リクシル側は5月中下旬に臨時株主総会を開催するとしていたが、追い詰められた潮田氏らは「奇策」に出る。

4月18日、5月20日の取締役会で取締役を辞任すると発表したのだ。通常ならば、6月の定時株主総会をもって退任すると発表するものをわざわざ5月にしたのだ。5月中旬で辞任してしまえば、取締役解任を求める臨時株主総会を開催する意味がなくなるからだとみられる。臨時株主総会で仮に取締役を解任されれば、潮田氏はリクシルの経営に関与することが今後一切できなくなる可能性もある。

さらに取締役の辞任発表のリリースにはご丁寧にもこんな一文があった。

「なお、両名からは、現時点で、潮田氏においては代表執行役会長兼CEO、山梨氏においては代表執行役社長兼COOの各役職を辞任又は退任する意向は示されておりません」

取締役は辞めるがCEOは辞めないと読める発表文に、記者からの質問が相次いだ。会見した潮田氏は会長兼CEOも辞任する意向を示したが、期日は6月末の株主総会ということになっている。

業績悪化の責任は「瀬戸氏にある」と攻撃

退任会見では同時に、業績修正も発表した。45億円の黒字予想だった2019年3月期の業績見込みを大幅に下方修正、イタリア子会社での損失計上で530億円の最終赤字に転落するとし、これらの業績悪化の責任が「瀬戸氏にある」と攻撃してみせたのだ。しかも、自身が辞める理由を「瀬戸氏をCEOに任命したこと」とした。

どうやら潮田氏は完全に引退する気はさらさらないのだろう。会見でも、要請があれば引き続き経営に関与する考えも示唆している。

問題は、近く公表される「会社側」の取締役候補者の提案がどんなものになるかだ。潮田氏の影響力が残るのか、それとも瀬戸氏や機関投資家が納得する人物が候補として挙がってくるのか。

現在の指名委員会は社外4人と社内1人の5人の取締役で構成される。委員長はバーバラ・ジャッジ氏で、英国の経営者協会で会長を務めるなど英米で要職を歴任し、2015年にリクシル社外取締役になった女性だ。

さらに元警察庁長官の吉村博人氏、作家の幸田真音氏、公認会計士リクシルの監査委員会委員長の川口勉氏が社外取締役だ。社内取締役の指名委員は菊地義信氏。LIXILグループの母体企業の一つでトステム出身者だ。トステムは潮田氏が創業家である。

所有株式が3%以下でも「オーナー」然とふるまえた

瀬戸氏や伊奈氏ら株主提案を行っている「反潮田」派の人たちは、指名委員会が、菊地氏を通じて潮田氏の影響下にあるのではないかと疑っている。

大型連休前に、リクシルの上級執行役らで編成する「ビジネスボード」のメンバー14人のうちの10人が、指名委員会に文書を送ったことが明らかになった。

報道によると、そこには「潮田氏のビジョンは従業員や株主、すべてのステークホルダー(利害関係者)にとって有害なものに思える」と書かれているといい、経営幹部が公然と潮田氏に反旗を翻した格好になっている。

こうした経営権を巡る騒動が表面化するのは、日本企業のコーポレートガバナンスが大きな変革期に来ていることを示しているのではないか。

おそらく20年前だったら、創業家の「大物」が社長のクビをすげ替える事に誰も異論を挟まなかったに違いない。仮に創業家出身の会長が大株主でなくても、である。実際、潮田氏は創業家出身と言っても、個人で所有する株式は発行済み株式数の0.15%、信託財産で議決権行使の「指図権を留保している」とされる株式を加えても3%に満たない。それでも「オーナー」然としてふるまえるのが、かつての日本企業だった。

一連の騒動の発端は「実力者の独断専行」

その背景には、銀行や生命保険会社といった大株主が、ほぼ無条件で会社側に投票する「モノ言わぬ株主」であり続けたからだ。株式持ち合いといった仕組みによって事実上、経営者に白紙委任されていたのだ。

日本のコーポレートガバナンスの改革は2000年前後から進んだが、株主の行動が変わらない中で、ガバナンスの仕組みだけ変えても、実態は同じだった。指名委員会等設置会社は2003年に施行された。いわゆる監督(取締役)と執行(執行役)を完全に分離する欧米型を目指した。指名委員会の設置も義務付けられたが、現実には指名委員会がガバナンスの要として機能したとは言えなかった。

まっさきに導入してガバナンス先進企業と言われた東芝も一例で、実力者である会長(社内取締役)と、役人OBなどの社外取締役で構成された指名委員会は、事実上、会長の方針を追認するだけの機関になり、むしろ会長に権限が集中した。今回のリクシルも同じ構図で、瀬戸氏を解任した当時は委員長だった潮田氏に権力が集中していたとみていい。

ひと昔前ならば、社長の指名権を握る「実力者」の思うがままだったのだが、ここへきて騒動に発展したのは、機関投資家の行動が大きく変わったことにある。

「会社側提案」が無条件に通る時代は終わった

2014年以降、導入されたスチュワードシップ・コードによって、生命保険会社や年金基金などの機関投資家は、加入者の利益を第一に議決権行使を行うことが求められるようになった。この結果、会社側提案に無条件で賛成できなくなったのだ。

さらに、個別の議案での議決権行使の内容を開示する機関投資家が激増。会社側提案だからといって株主の視点から疑義のあるものには賛成しない傾向が強まった。例えば、リクシルの主要株主でもある第一生命保険の場合、2018年4月から6月に開かれた株主総会1799社のうち会社提案について1件以上反対した会社は204社にのぼった。何と11.3%である。

今回のように海外投資家が厳しい目を向ける中で、リクシルの会社側提案に日本の機関投資家が無条件で賛成することはありえなくなっているのだ。

リクシルの指名委員会による会社提案が、瀬戸氏らの株主提案よりも、機関投資家からみて優れているものにならない限り、会社提案が否決される可能性は十分にあるとみていいだろう。

潮田氏はCEO復帰を目指す瀬戸氏の経営手腕に対する批判を強めているが、機関投資家からみて瀬戸氏より優れた人物を会社側が提案できるかどうかが焦点になる。これまで不信感を買った潮田氏の影が見える人事案が出てくるようなことがあれば、機関投資家が一斉に反発するのは必至だ。