進化続ける”おつな”高級ギフトの正体

Wedge5月号(4月20日発売)に掲載された、拙稿です。是非本誌にて購読ください。

 

 

 ツナ缶といえば手軽で美味しい食材の代表格で、1缶150円前後というのが相場だろう。その10倍の価格で売り出したツナが人気を集めている。

 その名も「おつな」。ツナを缶ではなく瓶詰めにし、おしゃれな紙箱に収めた。「大切な(たいせツナ)方と繋がる(ツナがる)乙な(おツナ)もの」という語呂合わせで、冠婚葬祭の引き出物やお中元お歳暮用をターゲットにした戦略が当たった。

 「おつな」を売り出したのは関根仁さん。東京・世田谷区池尻で10年間小料理屋「仁」を営んできた。ある日、酒の肴のマグロが残ったので、何気なしにオイル漬けのツナを自分で作ってみた。なかなかイケる。それがツナに深入りするきっかけになった。

 もともとツナ缶は大好物だったが、缶の臭いが気になり、脂ぎった感じも抵抗感があった。もっとおいしいツナができるはずだ。小料理店経営のかたわら、構想5年。「これだ」と思う完璧なレシピが出来上がった。

 店で出すのではなく、一般に売り出すことを考えたが、大量生産されるツナ缶と勝負することなどできないのは明らか。プチ高級品として売り出す以外に方法はない。ならば缶ではダメ、クリアなイメージの瓶にしよう。

 福島県出身の関根さんは、上京すると都内の鮮魚店で働いた。築地には知り合いが多い。自分の小料理店を開いた後も築地に通った。20年にわたって魚をみてきた目利きには自信があった。

 そんな時、語呂合わせがひらめいた。人と人のつながりを生む乙な「おつな」。これだ、と思った。絶対にいける。

 

ツナに賭ける

 

 関根さんは2017年の年初に小料理屋を閉めることを決める。期日は5月末。ツナに賭けることにしたのだ。

 それから試行錯誤が始まる。プチ高級品にするには素材にこだわらなければいけない。選び抜いた本マグロの中トロで作ったツナなら美味いのではないか。どうせならフレーク状ではなく、かたまりのまま瓶詰めにできないか。オイルにもこだわって無添加の最高級品を使おう。

 だが、結果は大外れだった。脂の多いトロを使うと、ツナに仕上がった時に脂臭さが残るのだ。しかも材料費が跳ね上がる。かたまりにするためにマグロをカットするとどうしてもロスが多くなる。それでは販売価格がべらぼうに高くなってしまう。

 試行錯誤の末にたどり着いたのが、ビンチョウマグロを使い、フレーク状に加工すること。築地でツナにあったマグロを選び抜き、オイルにもこだわった。工場での大量生産ではなく、調理場での手続きだからこそできるこだわりだ。これでイケる。

 消費期限を設定するために、瓶に詰めて食品検査会社に持ち込んだ。贈答品にするのだから、常温で日持ちがしなければ困る。

 ところが、驚愕の検査結果が来た。「これは1日ももちません」。目の前が真っ暗になった。常連客にはすでに5月末で店を閉めることを伝えている。引くに引けない。

 だが、保存料は使いたくない。安全で安心なツナにしなければ、10倍もの金額を支払う客はいない。

 実は、瓶詰めに使う瓶でも問題が発生していた。最初に使おうとした瓶ではオイルが漏れるのだ。容器会社に聞いてみると、油を完全に封じ込めるというのは並大抵ではない、という。瓶の蓋をガッチリと締めれば漏れないが、それだと簡単には開けられない。

 結局、その道のプロに教えを請うしかないと割り切った。いくつもの会社を回って助けてもらい、最終的に油漏れは解決した。製造方法を見直すことで、賞味期限問題も解消した。常温保存で50日を消費期限にできた。

 小料理店をそのままツナ専門店の売店に変えた。引き戸を開けると、正面のカウンターの上にある刺身などを入れてきたショーケースの中に、「おつな」の瓶が並ぶ。味は10種類。「島唐辛子」「えごま大葉味噌」「ポルチーニ味」「ドライトマト&バジル」などなど、和洋のレシピが並ぶ。島唐辛子は酒の肴にもってこいだし、ドライトマトとバジルのツナは茹でたスパゲッティに軽くあえるだけでイタリアンのひと皿に早変わりする。

 店を訪れた客には、10種類のツナをお猪口に入れて味をみてもらうようにした。小料理屋の店先で利き酒ならぬ、利きツナだ。気に入った味を見つけて買って帰る。そんな気の利いた販売方法が取れるのも長年小料理屋を営んでいたからに他ならない。

 ところが、店を開けていられない事態に直面する。2018年の夏のことだ。婦人雑誌に贈答用の逸品として取り上げられたのである。一気に注文が舞い込んできた。商品作りが間に合わず、来店客をさばききれなくなったのだ。今は、週に数日だけ店を開いている。

 3瓶のセットで税金を入れて5000円に収まるという価格設定も贈答向けにぴったりだった。近隣の結婚式場で引き出物として人気商品になった。フル生産で月に3000個の瓶詰めを作っているが、料理屋だった店の調理場での手作りは限界にきている。

 

焼津で「おつな」ラボ

 

 静岡県焼津。国内第1号のツナ缶はこの町で生まれた。昭和初期、焼津水産学校(現在の静岡県立焼津水産高校)が作った。水産高校では今も、生徒らが実習でツナ缶を作り続けている。

 名実ともにツナの町である焼津に、「おつな」のラボを作ることにしたのだ。鮮魚店だった場所を借り、「おつな」の加工場を作る。「おつな」だけでなく他社の様々なツナ製品を集めて「専門店」を開くことも考えている。

 長年ツナ缶を作っていた焼津の加工場の多くが、様々なブランドで高級缶詰などひと工夫凝らしたツナ製品を製造している。昔ながらのなまり節や佃煮ではなく、より高い付加価値を付けた商品を開発し、全国に発信していきたい。そんな思いが溢れる焼津の町おこしに貢献することもできるのではないか。関根さんの夢は広がる。インバウンドの顧客が増える中で、焼津のまぐろは競争力の高いコンテンツになる。

 「5万円のよこツナ(横綱)をいつか出したいと思っています」と関根さん。横長の瓶に大トロの切り身をオイルと共に入れ、相撲の横綱が締める綱のような形にする。味もさることながら縁起の良い引き出物、贈り物として使われるのは間違いない、と確信している。

 焼津のラボでも基本は手作りだ。工場で大量に安く作るのが当たり前だと思われてきたものに、あえてこだわりの手作りで挑戦する。薄利多売ではなく、いかに付加価値を付けるか、それに見合った価格で売るには、どの客層にどんな仕掛けで売っていくのか。おつなの乙な挑戦は止まらない。