「全体がひとつの旅館」でまちおこしに成功した城崎温泉

Wedge(ウェッジ)7月号(2019年6月20日発行)掲載の「Value Maker」です。

 

 

 文豪・志賀直哉の「城の崎(きのさき)にて」で知られる兵庫県豊岡市城崎温泉には、一風変わった「おきて」がある。

 それぞれの旅館やホテルにある温泉の浴槽の大きさが一定の広さ以下に制限されているのだ。

 旅行客は温泉宿の湯に入るのではなく、もっぱら、浴衣に着替えて手ぬぐいを持ち、温泉街に7つある「外湯」へと出かけていく。たいがいの旅館がフロントでバーコードの付いたカードを渡し、客は外湯の入り口でそれをかざして無料で入浴する仕組みだ。

 川沿いに柳の木が植わり木造3階建の旅館が並ぶ温泉街を、浴衣でそぞろ歩くのは何とも情緒がある。最近は欧米を中心に外国人観光客の間で大人気の観光スポットになっている。

 実は、浴槽制限には昔からの城崎温泉の哲学が隠されている。「まち全体がひとつの旅館」という考え方だ。それぞれの旅館は「客室」で、駅が「玄関」、道は「廊下」、土産屋は「売店」で、外湯が「大浴場」。スナックやバーもまちなかに並ぶ。

 有名温泉地の大ホテルによくある、スナックやカラオケからラーメン屋まで館内に揃っているというスタイルとはまったく逆なのだ。温泉街全体が豊かになり、まちとして活気にあふれることで、皆が潤う。そんな「共存共栄」が基本になっている。

 このコンセプト、昨日今日に始まったものではない。大正14年、1925年5月に発生した北但大震災によって、城崎の温泉街は完全に破壊され、発生した大火によって、ことごとく焼失した。当時の温泉旅館の主たちは、街路を整備し、元の木造建ての旅館を再建すると共に、共存共栄のルールを決めたのだ。今も、まちなかには「共栄なくして共存なし」と言ったキャッチフレーズが貼られている。

 そんな城崎のコンセプトが、ここへ来て新たな花を開き始めている。まちなかに新しいお店が次々とオープンしているのだ。老舗旅館を継いだ若手経営者を中心に、自分たちのまちに「再投資」するようになっている、というのだ。大きなきっかけは、外国人旅行者の急増だ。世界の観光地としてどう城崎温泉を磨いていくのか。そう考える経営者が増えているという。

 

まちなかにクラブサロンを作る

 「まちのクラブサロンを作ろうと考えたんです」というのは、創業160年の老舗旅館「西村屋」の7代目である西村総一郎社長。44歳。そんな若手経営者のリーダー格だ。メインストリートに面した西村屋本館の隣に、「さんぽう西村屋本店」という新しい施設を建てたのだ。まさに温泉街の中心である。

 1階は遅い時間まで夕食が食べられるレストラン「さんぽうダイニング」、2階はソファーやライティング・デスクが置かれ、飲み物やスナックを用意した「さんぽうサロン」。都会のホテルによくある「クラブ・ラウンジ」を、まちなかに作ったのである。この「サロン」、どこの宿に泊まっている客でも定額2000円(税別)で閉店まで何度でも出入りできる。

 城崎温泉は外湯巡りが名物だが、これまで外湯から外湯へと歩く途中でのんびり休憩する場所が少なかった。特に冬は雪や寒さをしのぐ場所が欲しい。そんな時にのんびりできる、まさにリビングが誕生したのである。

 1階の入り口には但馬の名産品や西村屋のオリジナル商品などを扱う「さんぽうギフト」も設置した。西村屋の料理人が厳選した松葉蟹と但馬の山椒を合わせた「蟹山椒」は売り切れになるほどの人気商品になった。

 「さんぽう」の名前の由来は「三方良し」。客と店と地域がそろって潤うという精神を表している。まさに、城崎温泉の精神そのものを体現した店名なのだ。また、敷地内には三柱神社があり、そこには火とかまどの守り神である三宝荒神が祭られている。そんな地域の神様への感謝の心も含まれているという。

 

次々に新店舗

 「さんぽう」だけでなく、城崎には新しいお店が次々にオープンしている。同じく老舗旅館のときわ別館などが出資して作った「ときわガーデン」もそのひとつ。外湯の「地蔵湯」の隣にできた。日本海の海産物や地物野菜などを大きなコンロで焼くバーベキューレストランで、クラフトビールもそろえた。こだわりのコーヒースタンドも併設して、外湯巡りをする人たちがテイクアウトできるオシャレなお店になった。

 昨年10月には、つちや旅館が消防署の跡地を利用した作った「UTUROI TSUCHIYA ANNEX」がオープン。カフェとギャラリー、2階は素泊まり専門の客室を作った。日本画家の山田毅氏が描いた作品に囲まれた空間でくつろぎ、地元の食材にこだわったサンドイッチとコーヒーが楽しめる。

 今、城崎の旅館は深刻な人手不足に悩んでいる。外国人旅行者の急増などで、宿泊希望者はいるにもかかわらず、配膳をする客室係などが足りないため、予約を断るケースまで出ている。

 そんな中で、旅館は素泊まりで、まちなかのレストランで食事をする外国人客などは、むしろ大歓迎なのだ。そのためには、オシャレで旅行者に好まれる飲食店が不可欠だ。ときわガーデンやUTUROIのオープンはそうした流れに乗っている。

 そのほか、駅前の土産物店だった太田物産が改装して始めた「キノサキ・バーガー」も人気のお店になった。地元の但馬牛100%使用というこだわりが、外国人旅行者にも受けている。地元の人たちが一押しの寿司店「をり鶴」も改装して、リニューアル・オープンした。

 

80万人を目指す

 地域の人口減少、高齢化によって失われつつある活力を取り戻すには「2011年に50万人泊を切った年間のべ宿泊者数を、2020年には何とか80万人泊にしたいという目標でやってきた」と西村社長は語る。日本人の人口が減る中でも国内の宿泊客数を維持しながら、海外からの宿泊客数を増やす以外に手だてはない。そのためにも、まちが一丸となって温泉街に磨きをかけることが重要になる。

 温泉街のメインストリートは、自動車が自由に走れるため、せっかくの情緒が台無しになっている、と長年言われ続けた。温泉旅館の主たちが要望を続け、温泉街を迂回するバイパス道路の建設が県の計画に盛り込まれた。車が通らなくなれば、温泉街という「旅館全体」の価値が上がる。

 「旅館業は多額の設備投資が必要な分、客単価や稼働率が上がり、損益分岐点を超えると一気に潤う」と西村社長は言う。まち全体の付加価値を高めることで、まち中の皆が潤っていくーー。生産性の低さが指摘される日本の宿泊業や小売業にとって、城崎温泉のモデルから学ぶことは多い。