取引所トップがついに明かした「ヤフー・アスクル騒動」の最大問題点

現代ビジネスに8月1日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

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取引所トップがついに「懸念」を表明

「総会の直前になって議決権行使を行い、それによって子会社の安全装置とも言われる独立社外取締役の解任にまで至った」

東京証券取引所1部上場のアスクルに対して、親会社で東証1部上場のヤフーが岩田彰一郎社長と3人の独立社外取締役を再任拒否した問題で、東証を運営する日本取引所グループ(JPX)の清田瞭CEO(最高経営責任者)は7月30日の定例記者会見で、こう「懸念」を表明した。

8月2日に開くアスクル株主総会には、岩田社長ら10人の取締役選任議案が諮られるが、株式の約45%を握るヤフーと、約11%を持つ文具大手プラスはすでに、岩田氏らの再任に反対票を投じたと発表している。議決権の6割近くを保有する大株主が反対票を投じたことで、総会で岩田氏らが退任することは決定的となっている。

ヤフーは7月29日になって出したリリースで、「岩田社長の業績目標達成のための指導力及び実行力には疑問を持たざるを得ません」とし、岩田氏解任はあくまで業績悪化が理由だと強調している。

一方の岩田氏は、これまでの川邊健太郎ヤフー社長からの要求を暴露。アスクルの事業を手に入れるために経営権を奪取する「乗っ取り」が狙いだとしている。

取引所のトップまでが「懸念」を表明した背景には、ヤフー側の「失策」がある。岩田氏だけではなく、アスクルの独立社外取締役3人をも同時に再任拒否したことだ。

その3人がいずれも大物だったから問題が大きくなった。ひとりは松下電器産業(現・パナソニック)で副社長まで務めた戸田一雄氏、もうひとりは東京大学名誉教授の宮田秀明氏、そしてJPXのCEOだった斉藤惇氏である。市場の番人だった斉藤氏をいとも簡単にクビにしてしまったのだ。

しかも、理由を「岩田社長を任命した責任など総合的な判断」だとしたのも墓穴を掘った。自分たちの言うことを聞かないから独立役員を解任したというのが白日のもとに晒される結果になったからだ。

実質的な支配権を握る親会社が存在する上場子会社の場合、独立社外取締役の役割は大きい。親子上場の場合、親会社と子会社の利益が相反するケースが起きるため、独立社外取締役は子会社株主、大株主を除く少数株主の利益を守ることが最大の役割になる。

アスクルの場合、取締役候補を選ぶ「指名・報酬委員会」も独立社外取締役らが中心となっている。6月末に岩田社長がヤフーから水面下で退任を求められた際も、岩田氏は「指名・報酬委員会」に諮り、独立役員が岩田氏を含む原案通りの候補を総会に出すことを決めている。

ヤフーが独立取締役3人も「解任」した理由は、総会後の取締役会の構成にあったと見られる。

岩田社長ひとりを再任拒否した場合、取締役は9人になる。ヤフーから派遣されている輿水宏哲氏と社外取締役でヤフー取締役専務の小澤隆生氏、社外取締役の今泉公二プラス社長の3人が「ヤフー派」、吉田仁・BtoB事業COO(最高執行責任者)、吉岡昭・BtoC事業COO、木村美代子・チーフマーケティングオフィサーの3人が「社内取締役」、そして独立社外取締役3人という構成だ。

社内取締役と独立社外取締役は岩田氏がトップにいないと事業が回らないとみており、岩田氏を非取締役の執行役員にすることも検討していた。取締役会が6対3ならば従来通りの体制が続く可能性があったのだ。おそらく、それを阻止するために社外取締役を切り、取締役会を3対3にすること狙ったのだろう。

ガバナンスとはなにか

社長の再任に反対するならば、ヤフーが社長を送り込むのが筋だろう。ところが、ヤフーは、「総会にて岩田社長の取締役の再任議案が否決された場合、当社はアスクル筆頭株主として、引き続きアスクルの上場企業としての独立性が重要との考えから、新経営陣とアスクルの意向を尊重いたします」とし、「社長はアスクルの取締役会が選ぶ」という建前を強調している。

実はアスクルとヤフーの間には、会計上は連結子会社にするが、独立性は尊重するという「業務・資本提携契約」が存在する。そこには、株の買い増しができないことや、ヤフー側から送りこめる取締役は2人までとすること、その他の取締役についてはアスクルの指名・報酬委員会による決定を尊重することなどが記載されている。表立って強権を振るえないのは、この契約があるからなのだ。

さらに、資本の論理だけで上場子会社を完全にコントロールした場合、東証が定めるコーポレートガバナンス・コードや、経済産業省が決めた「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」に完全に違反してしまう。

独立社外取締役3人の再任を拒否したことで、このままでは株主総会後は、独立社外取締役がひとりもいない状態になる。これはこうしたコードや実務指針に完全に反する状態になってしまう。JPXの清田CEOが「懸念」を表明せざるを得なくなったのは、それによって少数株主の利益を守る仕組みがなくなってしまうからに他ならない。

ヤフーはコードや実務指針について、プレスリリースの中で、「アスクルの一般株主の利益に十分配慮し、同社における実効的なガバナンス体制の確保に向けて行動をしていく考えです」としている。資本の論理でガバナンスのルールを無視しているわけではない、と言っているわけだ。

その上で、独立社外取締役をクビにしたことについても、「業務執行(経営判断)を監督する役割などの観点から」反対したとし、社長の任命責任という理由はいつの間にか消えている。

さらに、「独立社外取締役に、『一般株主の利益を確保する役割』を果たしていただくことは、ヤフーがアスクルの大株主として、アスクルにおける実効的なガバナンスの確保を図る責任を果たすうえでも重要と考えています」と、言い訳に徹している印象が強い。

 

異様な資本形態

東証トップの「懸念」表明によって、株主総会後に独立取締役がいなくなる状況が「ルール違反」として東証から問題視される可能性が強まった。

株主総会でヤフーが動議を出して新たな独立取締役を選ぶことも可能だが、それをやれば、大株主が気に入らない独立取締役をクビにして、言うことを聞く役員に入れ替えたことを満天下に晒すことになるため、これは難しいだろう。

ヤフーはプレスリリースで、「速やかに、アスクルにおいて臨時株主総会などを通じて、新たな独立社外取締役の方が一般株主の利益を確保するに十分な人数選任されるよう、アスクルにおける指名プロセスの独立性を前提としつつ、当社としても最大限協力していきます」としているが、そうした「表明」だけで、ルール違反状態を東証が許すのかどうか。

クビになる独立社外取締役ら独立役員会のアドバイザーにはコーポレートガバナンスの第一人者でJPXの社外取締役も務める久保利英明弁護士が付いている。

清田氏は、アスクルとヤフーの親子上場だけではなく、その上にソフトバンクソフトバンクグループが存在する「親、子、孫、ひ孫の四重構造」になることにも「非常に興味を持って見ている」としており、JPXがこうした多重上場の制限などに動く可能性も示唆している。

資本の論理だけで強権発動することは法的には許されているが、ヤフーは明らかに証券市場のルールを踏みにじっている。岩田社長はヤフーのやり方をこう批判する。

「私に自主的な退任を求めてきた時もそうですが、『議決権の60%を持つ株主が言っているのだから分かっているよね』というふうに、社長というポストを取らなくても資本の論理で役員や社員に言う事を聞かせる、そういう会社にしてしまうということでしょうか。そうなれば、少数株主やステークホルダーの利益は関係なく、何でもできてしまう」

ヤフーとアスクルの騒動は、日本の証券市場の歪みを如実に示している。