最低賃金3%超上げでも不十分

Sankei Bizに8月20日にアップされた「高論卓説」の記事です。オリジナルページ→

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■企業「内部留保」増、還元余力は十分

 今年も10月からの各都道府県の最低賃金(時給)が大幅に引き上げられる。東京は1013円、神奈川1011円と初めて1000円の大台に乗せる。全国加重平均の最低賃金は901円で、引き上げ率は3.1%。2016年以降、4年連続で3%を超えることになる。

 第2次安倍晋三内閣の発足以来、安倍首相は「経済好循環」を掲げ、円高修正によって過去最高となった企業収益を、賃上げの形で従業員に還元することを求め続けてきた。賃金が増えれば消費増に結びつき、再び企業収益の底上げに結びつく「好循環」がデフレ脱却には必要だとしてきたわけだ。

 毎年の最低賃金引き上げもその一環で、政府の強い意向が背景にある。最低賃金に近い水準で雇用されているパートなど非正規雇用の賃金を底上げしようというわけだ。18年の春闘では財界首脳に3%超の賃上げを求め、大企業を中心に賃上げが実現したが、最低賃金を底上げすることで、なかなか賃金が上がらない中小企業にも賃金アップを迫る格好になっている。最低賃金は、第2次安倍内閣が発足する直前の12年には850円だったので、7年で160円、19%も上昇することになる。

 こうした流れに真っ向から反対の声を上げているのが、日本商工会議所全国商工会連合会全国中小企業団体中央会といった中小企業団体である。政府の経済財政諮問会議最低賃金の大幅引き上げを求めたのに対して、5月末に連名で反対の「要望書」を提出した。その中で、「政府は賃金水準の引き上げに際して、強制力のある最低賃金の引き上げを政策的に用いるべきではない」とした上で、「生産性向上や取引適正化への支援等により中小企業・小規模事業者が自発的に賃上げできる環境を整備すべきである」とした。賃上げは企業がそれぞれ判断して行うものだ、というわけだ。

 生産性の向上で利益が上がったら賃金を引き上げるのか、賃金を引き上げることで企業は生産性の向上に取り組むのか。立場によって考え方は真っ向から対立する。

 だが、企業はもうかったからといって、賃上げに力を入れるとは限らない。法人企業統計によると、17年度の人件費総額は206兆円と2.3%増加したが、企業が生み出した付加価値のうちどれだけ人件費に回したかを示す「労働分配率」は66.2%。11年度の72.6%からほぼ一貫して低下している。

 一方で、企業が持つ「利益剰余金」、いわゆる「内部留保」は446兆円と前年度比10%近く増えた。人件費や設備投資、配当に回すよりも、内部にため込む傾向が鮮明なのだ。残念ながら企業の自主性に任せておいても、大幅な賃上げが実現することにはならない。

 実は、経済財政諮問会議の民間議員を務める新浪剛史サントリー社長は、3%という最低賃金の引き上げ率は不十分で、5%前後の引き上げが必要だとする意見を述べていた。

 また、自民党の賃金問題に関するプロジェクトチーム(PT)では昨年来、都道府県別になっている最低賃金を、全国一律にすべきだという意見が出ている。政府は働き方改革の一環として「同一労働同一賃金」を掲げており、同じ労働に対して県が変わるだけで最低賃金が変わるのはおかしい、というわけだ。

 人口減少が鮮明になる中で、高齢者や女性の働き手が増え、人手不足を補ってきた。今後、人手不足が本格化する中で、賃金を大幅に引き上げ、それを吸収できる付加価値を生み出す企業だけが、生き残っていくことになるだろう。