オーダーメイド“ハンガー”という世界

雑誌Wedgeに連載中の「Value Maker」がWedge Infinityに再掲載されました。ご覧ください。オリジナルページ→

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/15147

 高級な背広やドレスをオーダーメイドするようなオシャレに敏感な人でも、その服をかけるハンガーにまで気を使っている人は少ないのではないか。

 「誰でも必ず使っているのに、深く考えたことがないモノの代表格がハンガーでしょう」

 そう言って笑うのは「NAKATA HANGER」を展開する中田工芸の中田修平社長。服は身体に合わせて縫製するが、服をかけるハンガーは一般に売られているものだと、形や大きさはほぼ同じ。服に合うハンガーを選んで使えばまだいいが、服を買った時に付いてくるプラスチック製のハンガーや、クリーニングから戻ってきた針金のハンガーにつるしたまま、洋服ダンスにしまうケースも少なくない。

 NAKATA HANGERはそんな常識を打ち破り、洋服にフィットするハンガーを提案している。S・M・Lのサイズに合わない体格の人や、色や形にこだわりの強い人向けには、オーダーメイドのハンガーも作って世に送り出している。

 それができるのは、兵庫県豊岡市で木材から職人が機械を使って彫り出す手作りハンガーを製造しているからだ。中田工芸は1946年の創業以来、一貫してハンガーの製造・販売を行ってきた。木材ハンガーを国内で大量生産しているメーカーは今や中田工芸だけ。メーカーの多くは中国などから入ってくる安価な輸入品に駆逐されて国内製造を断念していった。

 ハンガーの最大の需要先はアパレルメーカーで、ショップに服を陳列する際の必需品だ。高級婦人服ブランドのブティックで使う、色や形にこだわったハンガーの注文などを受けてきたが、90年代ごろから中国製品が入ってきて「価格勝負」になっていった。中田工芸も台湾のパートナー会社に低価格品の製造を委託、激しい価格競争を何とか生き残ってきた。

 そんな中、修平さんの父で現会長の中田孝一さんは、個人客向けのハンガーを作って販売する「BtoC」に力を入れ始める。価格勝負になりがちなファッション業界用から、より高付加価値の個人用へと舵(かじ)を切ろうと考えたのだ。そこへ、ちょうど米国での仕事を終えて戻った修平さんが入社する。2007年のことだ。

 「アメリカまで行って田舎に戻るのは正直嫌だったのですが、東京の青山に店を開くというので、面白そうだと思ったのです」と修平さん。入社して初めての仕事が青山のショールーム作りだった。

未知の世界に飛び込む

 家業とはいえ未知の世界に飛び込んでみると、そこには大きな資産の山があるように見えた、という。当時でも60年以上の歴史があり、確かな技術があり、ハンガーづくりへのこだわりや思いがあった。それを消費者に伝えていけば、必ず価値を見いだす人たちがいる。そう確信したのだという。

 それまでは、「どんな良い商品でも安くしないと売れない」という考えが全社的に染みついていた。価格勝負が当たり前になっていたのだ。修平さんが、良いものなら高く売れると説いても、社員は半信半疑だった、という。

 モノづくりの発想も違った。取引先から言われた通りのモノを忠実に作るのがメーカーの役割だという考えが染み込んでいた。どんなハンガーが良いか、消費者に提案することなど、考えてもいなかった、というのである。

 青山のショールームでは「NAKATA HANGER」というブランドを前面に押し出した。中田工芸という社名では何の会社か分からない。ハンガーの後ろに付けるロゴも作ったが、豊岡で製造したものにしか、このブランドを付けないことに決めた。国産品を徹底して高付加価値商品として売ることにしたのだ。

 きちんとした価格で売れば、その分、腕の良いハンガー職人の給与を引き上げて報いることができる。人手不足の中で、きちんとした給料を払わなければ将来を託せる人材は集まらない。そうなれば、技術の伝承もままならない。経済の循環を維持し続けるには、良い商品をきちんとした価格で売る高付加価値路線が何よりも大事なのだ。

一枚板から削り出す

 そうして生み出された定番品のNH−2という商品は、特別な厚みの一枚板から職人が南京鉋(がんな)などの道具を使って削り出していく職人技が光るハンガーだ。幅43センチメートル、厚さ6センチメートルの重厚なもので、紳士用のジャケットなどをかける高級感があふれる逸品だ。販売価格1本3万円(税別)のこのハンガーを作れる腕を持っているのは中田工芸の職人の中でもわずか2人。商品名のNHはもちろんNAKATA HANGERの略だ。

 左右をつなぎ合わせた通常の作り方で仕上げたAUTシリーズの紳士用スーツかけは、人工工学に基づいて削った滑らかな湾曲が特長で、洋服をかけた時のフィット感にあふれる。4000円から5000円(税別)の価格帯だ。業界の常識からすれば「かなり高い」NAKATA HANGERは、百貨店の紳士向けのこだわり商品のコーナーに置かれたり、高級ホテルのスイートルームで使われるなど、少しずつ知名度が広がっていった。

 そんな「国産」「職人技」へのこだわりが、思いもかけないコラボに結びついた。石川県輪島で、輪島塗の伝統を守り続けている千舟堂から声がかかり、NHに輪島塗を施した最高級のハンガーを作ることになったのだ。付け根の部分に赤富士の蒔絵(まきえ)を施したハンガーは1本15万円(税別)である。

 「今では3000円のハンガーだと、安いねと言ってもらえるようになりました」と中田社長は言う。

 中田工芸の個人向け商品の割合は今や4割。全体の売り上げの伸びは小さいが、付加価値の高い個人向け商品の割合が大きくなることで利益体質になっている。だが、今後もファッション業界向けは減少が懸念されている。アパレルの通信販売が広がり、実際の店舗に洋服を展示せずに販売される形が急速に広がっているからだ。店舗で洋服をつるす必要がなくなれば、ハンガーは不要になる。個人向けに力を入れなければ会社の発展はない。

 「世界一のハンガー屋になりたい」。17年、父親の跡を継いで3代目の社長に就任した修平さんは言う。海外展開は父の代からの夢だったが、もはや夢ではない。海外で日本製の商品が注目されているのだ。海外の展示販売会で2日で100本のハンガーが売れるなど、NAKATA HANGERは世界でも知られた存在になり始めている。社長自ら、シンガポールや英国に売り込みをかけている。

 本家本元の英国で、日本製のハンガーを認めさせる─。そんな目標も視界に入ってきた。「会社の規模を大きくするというのではなく、世界一感動してもらえるハンガーを世界に広めていきたい」と抱負を語っていた。