消費税率引き上げの影響はどう出るか 消費税中心に日本の税収構造が変わる

ビジネス情報誌「エルネオス」10月号(10月1日発売)『硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》』に掲載された原稿です。是非お読みください。

 十月一日から消費税率が八%から一〇%に引き上げられた。足元の消費に力強さが欠けている中での増税は、経済にどんな影響をもたらすことになるのだろうか。
 前回、税率が五%から八%に引き上げられた二〇一四年四月前後は、人々の消費に大きな影響を与えた。税率が上がる前の三月末までに買っておく「駆け込み消費」が大きく盛り上がったのだ。
 持ち家や貸家、マンションなどを新たに着工した「新設住宅着工戸数」は二〇一三年十月から十二月まで九万戸と高水準を記録、それ以降、これを更新していない。住宅の場合、引き渡しまでに時間がかかることから、増税の半年から四カ月前に駆け込みのピークが来ていた。
 今回の増税に当てはめれば、二〇一九年四月から六月ということになるが、四月は七万九千戸、五月は七万二千戸といずれも二〇一八年の同月を下回り、六月も八万千五百戸とかろうじて前年並みの数字を確保するにとどまった。ほぼ「駆け込み」といえる需要は生まれなかったわけだ。
 自動車の販売でも駆け込みは見られない。日本自動車販売協会連合会がまとめた登録車新車販売台数は前回の増税三カ月前である二〇一四年一月は二七・五%増→二月一五・〇%増→三月一四・五%増だったが、今回は三カ月前にあたる二〇一九年七月は六・七%増、八月は四・〇%増にとどまっている。九月は現段階では統計が出ていないが、おそらく目立った伸びにはならないとみられる。
 前回の消費増税時とはまったく様相を異にしているわけだ。
 もちろん背景には、過剰な駆け込み需要とその反動減が起きないよう、政府が対策を取っていることもある。増税後に落ち込まないよう税制上の優遇やポイント還元を行うことで、駆け込みのインセンティブをなくす政策を取ったのである。また、七月の参議院選挙前まで、増税延期を口にする政治家も多く、国民の間に本当に増税するのか疑心暗鬼のムードが残っていたことも、増税前の駆け込みが盛り上がらなかった一因に違いない。

消費税収が
所得税収を上回る時

 駆け込み需要が小さければ、その反動減も小さくなるので、消費税増税をめぐる需要の増減は小さくなるのは確かだ。だが、消費税増税そのものの消費に対する影響が完全に消えるわけではない、というのも事実だ。消費税率が変わることで、消費者が支払う金額は増えるので、財布の紐を締める行動に出ることは間違いない。ポイント還元があるので、今まで通りの消費を続けるという人もいるかもしれないが、小規模店舗でしかもキャッシュレスで買わなければ還元されないなど、条件もある。しかも還元は半年間だけだ。その手間を考えると、増税でも同水準の消費を続ける人は政府が期待するほど多くない、かもしれない。
 税率を引き上げたからといって、想定通りに税収が増えないというのが消費税の厄介なところだ。税率を引き上げた結果、国民が消費を抑えてしまえば、税収は思ったほど増えない、ということになる。
 では前回の消費増税ではどんな結果になったのか。
 増税前の二〇一三年度の国の消費税収は十兆八千億円。実は消費税は国税分と地方税分に分かれており、当時は国税が四%、地方税が一%だった。つまり、一%分で二兆七千億円という税収だったことが分かる。
 それが八%への税率引き上げでどうなったか。ちなみに国税分は六・三%、地方税分は一・七%である。二・三%分六兆二千億円の税収増となり消費税収は十七兆円になる計算だったが、二〇一四年度の実際の税収は十六兆円。実際には一兆円も少なくなったのだ。これは駆け込みの反動減や増税による消費減退が響いていた。
 その後の景気底入れもあり二〇一八年度の消費税収は十七兆七千億円まで増えている。一%当たり二・八三兆円だから、今回の増税国税分は七・八%になる)による年間の税収増は四兆二千億円。二〇一九年度は半年分なので、二兆一千億円が計算上は増え税収は十九兆八千億円になる。政府の予算では消費減の影響などを見込み、消費税収は十九兆四千億円と見込んでいる。
 短期間の消費への影響が消えてくれば、今回の消費税増税によって、消費税収は二十二兆円程度にまで増えてくる、ということになる。ちなみに二〇一八年度の所得税の税収は十九兆九千億円。消費税増税分がフルにかかる二〇二〇年度には、おそらく消費税収が所得税収を上回ることになる。これは日本の税収構造にとって画期的なことだ。

高齢者の消費促進には
先々に不安のない社会保障

 バブルのピークだった一九九一年度の税収は、所得税が二十六兆七千億円、導入三年目の消費税収(当時は税率三%)はわずか五兆円だった。消費税収は五%になって税収十兆円前後が定着、その後、税率八%で税収十七兆円前後が定着した。前述の通り、よほど消費構造が変わらない限り、税率一〇%で二十二兆円前後の税収が続いていくことになるとみられる。
 一般会計の全体の税収は二〇一八年度に六十兆四千億円となり、過去最大だった一九九〇年の六十兆一千億円を十八年ぶりに更新した。
 税収増を目指す中で、今後は消費税が主体になっていく。高齢化が進んで就業者数が減少に転じていく中で、給与などを中心とする所得税の伸びはなかなか期待できない。もちろん、金融所得などへの課税強化は余地があるとしても、所得税収に依存して税収増を図ることは難しくなる。
 一方で、資産を持つ高齢者層が消費した場合にかかる消費税率を引き上げていけば、消費が増え続けさえすれば、消費税収は増え続けることになる。つまり、今回の消費税率引き上げで、日本の税収の根幹が消費税になるという新しい構造が出来上がったわけである。
 問題は、いかに消費を盛り上げるかだろう。若い層の賃金を引き上げ、可処分所得を増やしていくことはもちろん重要だが、金融資産の大半を持つ高齢者にいかに預金を使ってもらい消費に回してもらうかも重要になる。そのためには、何といっても先々に不安を持つことがない社会保障の仕組みを再構築することが不可欠だろう。