特別から日常へ、会津の「アウトドア用漆器」

WEDGE 12月号に掲載の「Value Maker」です。

漆器といえば、お正月やお祝い事など、特別な時に使われる芸術品のような食器という意識が強い。黒光りする漆の表面に金や銀の蒔絵が施された椀や重箱を、普段の食事に使うのは「もったいない」という人も多いだろう。ましてやキャンプなどアウトドアに持って出るなんて「とんでもない」というのが、常識に違いない。

 「だから漆器が生活から消えていくんです」と、福島県会津若松セレクトショップ「美工堂」代表、関昌邦さんは言う。漆器に対する世の中の「常識」に歯向かい、「アウトドア用の漆器」を世に送り出した人物である。

 会津若松は「会津塗」で知られる漆器の一大産地で、400年以上の歴史を持つ。ところが、会津漆器の産業規模は今や最盛期の7分の1。それも全体の話で、木から椀などを削り出す木地作りの仕事は13分の1、漆を塗る仕事に至っては32分の1になっている。「特別な時に使うもの」という意識が、消費者だけでなく、生産者の頭にもこびりついた結果、日頃の生活からすっかり漆器が遊離し、一部の和趣味や富裕層が買う嗜好品になってしまった、というのだ。

 「もともと漆は縄文時代から使われていたようで、漆を塗った器に入れた食物は腐敗が遅いなど、古代人は生活の知恵として知っていたのではないか」と関さん。漆器は普段使いの生活必需品として長年使われてきたというのだ。江戸時代までは飯椀と言えば漆器だったが、今や会津でも家で漆器を使う人はほとんどいない。

 関さんは「原点に帰って」素材、機能としての漆の意味を考え、カジュアルな生活道具だった漆器に戻そうと考えた。それが漆器復権につながるのではないかと思ったからだという。

 関さんが真っ先に生み出したのが、「NODATE Mug(のだてマグ)」。アウトドアで気軽に使える木製のマグカップだ。木を削り出した筒型の木地に漆を塗り、すぐに拭き取り乾きを待ち、これを繰り返す。漆の下から木目が浮き上がり独特の風合いが出る。さらに器の腰の部分に穴を開け、ヘラジカの革紐を通した。使った後、紐を引っ掛けて乾かすことができる仕掛けだ。漆器の新機軸とも言える商品が出来上がった。

 「フェスイベントが好きでキャンプに出かけていたのですが、自然の中に行くのに、食器はプラスチックや金属製というのが気になっていました。何とか食器だけでも自然のものを揃えられないかと探したのですが無くて、自分で作ることにしたのです」

 まずは自分が欲しいカジュアルなアウトドア用食器をプロデュースしよう、そう関さんは思い立った。2010年のことだ。実は、漆は熱にも強く、強酸にも強アルカリにも耐える。木を削って作る漆器は丈夫で軽い。アウトドアにもってこいの素材なのだ。このマグカップ漆器が大ヒットする。キャンプ好きの大人たちの間で、人気アイテムになったのだ。

 お茶も点てられ飯椀にもなるやや大ぶりの「NODATE ONE(のだて椀)」や、エスプレッソにぴったりの小型マグ「Nodate mag tanagokoro(のだてマグたなごころ)」、そしてアクセサリーを兼ねるお猪口まで、ラインナップを増やしていった。大皿、小皿、箸もある。どれも革紐が付いていて、リュックサックやテントのフックにも引っ掛けられる。この革紐がアクセントになってアウトドア感を引き立てている。

made in Aizu, Japan

「NODATE」というブランド名を付けたのは奥さんの関千尋さんだった。「茶道に出会った頃から野点(のだて)という日本語の表現が美しいなとずっと思っていた」という。アウトドアでお茶を一服という器に、ぴったりのネーミングだ。関さんは奥さんこそが影のプロデューサーだと笑う。

 問題は価格だった。高級品として売ってきた漆器は高額だ。これをどこまで安くできるか。「理にかなうプライシング」にすることを考えた。職人にもきちんとした報酬を払うが、買う人にも「高いけど欲しい」と思わせる値段にする。何層にも塗り重ねる一般的な艶塗りではなく、最もカジュアルな「拭き漆(摺り漆)」にすることで価格を抑えた。もちろん、それも会津に伝わる伝統的な塗り技法のひとつだ。マグ1つが5500円という価格は安くはないがべら棒に高くもない。その価格設定もヒットした理由だろう。

 カジュアルとはいえ、「本物の技術」にはこだわり続けている。生活の中に漆器を取り戻す事で、木地作りから漆塗り、蒔絵、といった会津に残る漆器作りの伝統技術を残す事ができる。それが「NODATE」漆器を生んだ大きな理由だからだ。器の裏などには「made in Aizu , Japan(メイド・イン・会津・ジャパン)」と刻み、会津産であること強烈にアピールしている。それは会津の伝統への「誇り」でもあり、会津を守らなければという「焦り」の表れでもあるように見える。

 大名道具の弁当箱である「提重(さげじゅう)」を現代風にアレンジした「bento for picnic(弁当フォー・ピクニック)」も、遊び心の中に、会津の伝統技法が生きている。最近では、ストリートアーティストとコラボをした限定品のマグカップや椀を作っている。新しい芸術が伝統的な会津塗りと共鳴することで、新たな魅力が生まれている。

 
セレクトショップ美工堂を運営している関美工堂は昭和21年(1946年)の創業で、表彰の際の記念品として「楯」を商品化した会社として知られる。長年、トロフィーやカップなどを作ってきた。上質な会津塗りの手仕事の技法を優勝楯という形に変えて付加価値をつけ、市場の多様化に活路を拓いた。祖父、父の跡を継いだ三代目の関さんは、漆器の原点に戻って生活の中で使われるモノ、時代に適したあり方を模索し、祖父と同様に会津塗りの多様化を目指している。


 そんな関さんの「NODATE漆器」が女性誌やファッション誌で注目されている。シャネルの特集ページのすぐ後に、「NODATE」の特集が組まれたりするのだ。また、裏千家系の出版社である淡交社のオンラインショップでも、「NODATE one」が扱われた。本家本元に茶碗として認められた格好だ。生活の中で使われる実用性の高い本物に「美」を見出すのが日本人本来の美意識なのかもしれない。そんな美意識を関さんの「NODATE」は大いに刺激したのだろう。

 「会津は宝の山です」と関さん夫妻は息を弾ませる。関さんは町の中心にある美工堂を、世界のお洒落な一級品を集めたセレクトショップにした。東京やニューヨークにあるようなお店だった。だが2年半ほど前に店作りの方針を一変させた。「NODATE」漆器を中心に、会津木綿で作った昔ながらの作業服など、会津の手作りの逸品を揃えるようにしたのだ。

 「今は世界で唯一のお店になりました」。そう語る関さんは、漆器文化に代表される「会津の価値」に磨きをかけ、それを国内外に売り込んでいくことが自らの役割だと考えている様子だった。