再び台頭する「日本異質論」

日本CFO協会が運営する「CFOフォーラム」というサイトに定期的に連載しています。コラム名は『コンパス』。1月18日にアップされた原稿です。オリジナルページもご覧ください。→http://forum.cfo.jp/?p=11148

 2018年の東京株式市場は⽇経平均株価が2万1477銭とかろうじて2万円台で⼤納会を終えた。もっとも、2018年の初値だった2万3,073円73銭を下回ったので、4本足のチャートで言えば2018年は「陰線」だった。年末終値が前の年を下回ったのは2011年以来7年ぶりである。

 安倍晋三内閣が進めてきたアベノミクスなどの効果もあり、株価は上昇傾向を続けてきたが、ここへきて、いよいよ息切れとなった。

 年末の大幅な下落はニューヨーク・ダウの大幅安が引き金で、原因としては米国政治の混乱や米景気の減速懸念などが語られていた。だが、日本の株価が「陰線」になった最大の理由は、海外投資家が日本株を「見限った」ことにある。JPX(日本取引所グループ)が発表する投資部門別売買動向によると、2018年は「海外投資家」が5兆円以上も売り越した。もちろんアベノミクスが始まった2013年以降では最大である。

 2018年は「日本売り」につながる出来事が資本市場周辺で相次いだ。中でも世界の投資家を驚かせたのが11月末のカルロス・ゴーン日産自動車会長(当時)の逮捕だ。検察からのリークで報道される「会社私物化」の話は、庶民感情を逆なでするには十分だったが、現職の経営者の身柄を拘束するに足る法律違反が存在するのか。日本を知る外国人投資家の多くはゴーン会長逮捕に「魔女狩り」を感じたようだ。

 ゴーン会長が日産で「天皇」として振る舞い好き放題を働いた点には、誰もが批判的だ。だが、そんな好き放題を許したのは、日産自動車のガバナンス体制が緩かったからで、日本の会社制度の「緩さ」が原因だったのではないか。欧米の貪欲な経営者は放っておけば同じようなことをする。だからこそ契約で明確にし、ガバナンスをきかせた監視体制を取る。それを疎かにした日本の制度の「穴」をゴーン会長に突かれたのだろう、というわけだ。

 それをいきなり逮捕して、しかも再逮捕を繰り返して自由を束縛し続ける。まさに中世のような司法制度が生きていると海外投資家は思ったようだ。日本の上場企業の取締役を引き受けるのは大きなリスクだ、という声がグローバル企業の経営者の間から上がっている。やはり日本は「異質な国だ」という認識が一気に広がってしまったという。

 裁判所が勾留期限の延長を不許可とすると、東京地検特捜部は慌てて「特別背任」で再逮捕した。特別背任で有罪にするにはゴーン会長が会社に損失を与えることを意図していたとの立件が必要で、ハードルはかなり高い。仮に有罪にできないようなことがあれば、特捜部のメンツが丸つぶれになるどころの話ではなく、日本企業が世界の経営者からソッポを向かれることになりかねない。

 そもそもゴーン会長を逮捕した最初の容疑が「有価証券虚偽記載罪」だったことにも日本の事情に詳しい海外投資家は目を丸くした。何せ、あの東芝が前代未聞の巨額の粉飾決算にもかかわらず、誰ひとり経営者が逮捕されなかった罪状だったからだ。

 もう1つ、ほぼ同時に表面化したスキャンダルは、世界の投資家を呆れさせた。JPXの清田瞭CEO(最高経営責任者)が、自らが開設責任者である東京証券取引所に上場するETF(上場投資信託)に1億5,000万円も投資していたことが明るみに出たのだ。JPXは内規違反だとして清田氏の報酬を3カ月30%減額する処分を行った。取引所のトップは株式売買などを行わないのが当然で、トップとしての資質が問われる事態だったが、「身内に甘い」処分でお茶を濁した。

 結局、日本の会社制度や取引所のルールは、日本人の権力者に都合の良いように運用されているのではないか。そんな疑念が強まる事例が相次いだわけだ。

 この光景はいつか来た道ではないか。2000年前後に会計不正が吹き荒れた際、日本の会計基準は「世界標準とは違うものだ」という注意書きが英文決算書に付けられたことがある。その当時、吹き荒れた日本異質論を彷彿とさせる。その後、日本が世界の信用を取り付けるためにどれだけ多くの制度改正やルールの国際化を余儀なくされたか。

 いとも簡単に信用を失うことはできる。だが、その信用を取り戻そうと思えば、長年の努力が不可欠になる。第2次以降の安倍晋三内閣は、社外取締役の導入やスチュワードシップ・コードなどの導入といったコーポレートガバナンスの強化に取り組んできた。そうした努力を無に帰すことになればどうなるか。海外投資家の売り越しはそう簡単に収まりそうにない。