「村上ファンド」を国ぐるみで追い出す日本人の勘違い  なぜ経営者を甘やかすのか

プレジデントオンラインに連載中の『イソヤマの眼』に1月27日に掲載されました。是非お読みください。オリジナルページ→https://president.jp/articles/-/32515

東芝機械にTOBを仕掛けた旧村上ファンド

東芝機械にTOB(株式公開買い付け)をかけたのは日本に籍を置いたファンドなんです。これでは外為法では手が出せません。村上世彰さんも考えているんだと思います」

ある経済産業省の幹部はこう語る。

村上ファンド系の投資会社シティインデックスイレブンスが1月21日、工作機械メーカーの東芝機械に対して、株式公開買い付け(TOB)を実施すると発表した。シティは同じく村上氏が実質支配するオフィスサポートとエスグラントコーポレーションと共に、東芝機械株の12.75%を共同保有する実質筆頭株主である。

TOBはこの3社が実施し、最大259億円を投じて発行済株式の43.82%まで取得する方針を打ち出している。買い付け期間は3月4日までで、買い付け価格は1株3456円。TOBの通知を受けたと東芝機械側が発表した1月17日の終値より約11%高い価格だ。

東芝機械の経営陣はこれに反発し、買収防衛策を発動する方針を明らかにするなど、対決姿勢を鮮明にしているが、ひとまずその話は置く。経産省幹部の話の背景をまず説明しよう。

経産省は「物言うファンド」を追い出そうとしている

実は今、経産省主導で昨年秋の臨時国会で成立した改正外為法の施行準備が進んでいる。もともと外為法では、「指定業種」の企業について、発行済み株式の「10%以上」を取得する場合に、審査付きの事前届出を義務付けていた。

それが改正法では、「1%以上」取得する場合に強化されたのだ。役員選任や事業譲渡の提案などにも厳しい制限が加えられることになった。海外の投資ファンドからは「国主導の買収防衛策だ」という批判が上がっている。

法改正の狙いは、所管の財務省の説明資料では、「経済の健全な発展につながる対内直接投資を一層促進するとともに、国の安全等を損なうおそれがある投資に適切に対応」すると書かれている。だが、“霞が関の修辞法”でいうところの「安全等」の「等」の解釈は役所次第だ。実際には法改正を主導したのは経産省で、明らかに日本企業の株式を取得し経営のあり方を揺さぶる「物言う投資ファンド」に照準を合わせたものだ。

東芝機械のTOBを主導する村上氏はシンガポールに拠点を置き、傘下にある様々なファンドを使って日本企業の株式を取得、経営にモノを言い続けている。村上氏がTOBに使ったのが海外に籍を置いたファンドならば、経営権の奪取などを経産省が阻止することが可能だったかもしれないわけだ。

伝統的大企業の経営者から泣きつかれたか

「指定業種」の対象になるのは、「国の安全」や「公の秩序」「公衆の安全」「我が国経済の円滑運営」に関わる企業だとしている。武器製造など軍需企業に留まらず、原子力や航空・宇宙、電力、通信など幅広い業種の企業が対象になるわけだ。

事前届け出を免除する制度も設けられるが、「武器製造」「原子力」「電力」「通信」は「国の安全等を損なうおそれが大きい」として免除対象からは除外され、1%ルールが適用される。

経産省の幹部は、「海外の年金基金などによる通常の投資は届け出免除になるので、影響はありません」という。だが、そのためには、次の基準を守る必要があるという。(1)外国投資家自ら又はその密接関係者が役員に就任しないこと(2)重要事業の譲渡・廃止を株主総会に自ら提案しないこと(3)国の安全等に係る非公開の技術情報にアクセスしないこと――だ。

経営に口を出したり、事業切り離しを要求しないのであれば届け出は免除する。つまり、逆にそうした要求をする「物言うファンド」の場合は、審査対象になるということだ。

経産省がこの法改正に動いた背景には、「物言うファンド」の増加に音を上げた伝統的大企業の経営者から泣きつかれたことがきっかけだと言われる。

「突然のTOB」と主張する東芝機械

東芝機械に話を戻そう。

東芝機械は1月17日にリリースを出し、TOBを申し入れられたことを自ら公表すると共に、こう指摘した。

「オフィスサポートが、本公開買い付けについて当社との間で何ら実質的な協議を行うことなくその準備を行なっており、その諸条件について当社にはほとんど情報共有がなされておらず、また、本公開買い付け実施後の当社の経営方針等についても一切の説明がない」

さらに、こう付け加えた。

「本公開買い付けの目的ないしその結果が、当社の企業価値ないし株主の皆様共同の利益の最大化を妨げるようなものであるおそれは否定できないものと認識しております」

対話もなく突然のTOBだと批判しているのだ。

これに対して村上氏は、日経ビジネスのインタビューに応じて、こう答えている。

東芝機械株はだいぶ前から持っています。そしてずっと会社側とは対話を希望してきました。ですが全然応じてくれません。最初にアポイントが入ったときは数時間前にドタキャンされました。社長に会えたのはたったの1回だけで、その後は会ってくれません。これまで合計すると、会社側と会えたのは5回、取締役会に手紙を出した回数が13回です」

つまり、初めから東芝機械は対話の意思がなかったと指摘しているのだ。

ぬるま湯に浸かってきた日本の経営者は戦々恐々

村上氏が“狙う”企業は、社内に資金を溜め込み、事業投資を行なっていないような「キャッシュ・リッチ」のところが多い。今回の東芝機械も、前出のインタビューで「現金+売掛金+投資有価証券-買掛金で500億円程度あるはずです。これを有効活用してほしい」と述べている。

つまり、経営が「緩い」会社に狙いを定めて、株主還元や経営改善を求めているわけだ。それによって配当を増額させたり、株価の上昇を狙う「物言うファンド」としては正攻法と言っていい。だが、こうした「物言うファンド」に、これまでぬるま湯に浸かってきた日本の経営者は戦々恐々としている。

15年ほど前には日本企業の間で買収防衛策を導入する企業が相次いだ。その後、経営改革を求める正当な投資行動を阻害するとして、買収防衛策の導入には機関投資家などが反対する流れが進んだ。

日本でも生命保険会社や年金基金などが株主総会で買収防衛策の廃止などを求めるケースが増え、いったんは導入した企業でも撤廃する動きが広がっている。現経営陣を支持するか、TOBに賛成して新たな経営体制を求めるかは、株主の判断に任せるべきだというのが世の流れだ。

「村上氏の目的は所詮お金」と切り捨てられるのか

そんな中、東芝機械はTOBに対する対抗措置として、新たな買収防衛策の導入方針を明らかにしている。しかも買収防衛策の発動は、株主総会の承認を得ず、取締役会と第三者委員会で決定するという「離れ業」で乗り切ろうとしている。

「村上氏はコーポレートガバナンスの強化など公の利益を口にしますが、所詮はお金ではないでしょうか」と伝統的な企業の経営者は言う。確かに、経営改善を求めているのは公益のためというより、ファンドの利益に違いない。だが、そうしたファンドに付け入られる「経営の甘さ」があることが日本企業の根本的な問題ではないのか。

今年の株主総会でも、不祥事を起こした企業などで、海外の投資ファンドなどが「株主提案」を出す動きがさらに広がりそうだ。そうした中には株式取得の段階で、「国の安全等を損なう」として、審査にかけられる案件が出てくる可能性は十分にある。

日本の機関投資家などが株主総会で必ずしも現経営陣の提案を支持しなくなり、ようやくコーポレートガバナンスが機能し始めたとも言える。そんな中で「物言うファンド」を排除することは、時代を逆行させることになるのではないだろうか。