トヨタ自動車、来期営業益8割減の衝撃 「コロナ恐慌」が大手企業も飲み込む

 ITmediaビジネスオンライン#SHIFTに連載されている『滅びる企業生き残る企業』に5月14日に掲載されました。是非お読みください。オリジナルページ→https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2005/14/news066.html

 新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)で緊急事態宣言が全国に拡大されて1カ月近くになる。この間、店舗の営業自粛など経済活動が止まったことで、宿泊業、飲食業や小売業といった中堅中小企業や零細事業者が経営に行き詰まる例が増え始めている。

新型コロナ関連の経営破綻は141件に

 東京商工リサーチによると、新型コロナ関連の経営破綻は5月13日現在141件。3月に23件、4月に84件、5月も13日までに32件が発生した。観光客が激減したホテルや旅館などの宿泊業が30件と最も多く、飲食業が21件でこれに次ぐ。零細な飲食店などでは経営破綻ではなく先行きが見通せず「廃業」するところも少なくない。

 政府は雇用調整助成金の拡充や持続化給付金など新型コロナ対策で導入した新制度で経営破綻を防ごうとしているが、月末越えの資金繰りなどに窮する企業や零細事業者が増えている。このままでは経営破綻が一気に増加する可能性もある。

 だが、問題は中小企業にとどまらない。経済が凍りついたことで、大企業にも深刻な影響を及ぼす可能性が強まっている。

 5月12日にトヨタ自動車が発表した2021年3月期決算予想には衝撃が走った。3月の段階では「日本の大企業は余裕があるから大丈夫ですよ」と語っていた霞ケ関の幹部も、言葉を失った。

 連結営業収益は24兆円と何と19.8%も減少する見込みとし、営業利益に至っては前期実績の2兆4428億円から79.5%減、つまり5分の1の5000億円とした。しかも決算短信には税引き利益は「未定」と書かれ、前期に220円だった配当も空欄になっていた。説明には「新型コロナウイルスの収束時期は依然として不透明であることから、連結業績の見通しは、今後の感染拡大や収束の状況等によっては変動する可能性があります」とある。5000億円の黒字、というのも状況次第では確保できない可能性があるというのだ。
 この日発表した2020年3月期決算は、連結売上高も営業利益も1%の減少にとどまった。全世界での販売台数は895万8000台と前の期に比べて1万9000台減少(0.2%減少)したものの、国内販売は224万台と1万4000台増加(0.6%増加)した。所在地別の営業利益でも「日本」が最も利益に貢献している。
 為替がやや円高になったことで営業利益段階で3050億円の影響が出たが、「原価改善の努力」によって1700億円を吸収、減価償却方法の変更などもあり、ほぼ横ばいの営業利益を確保できたという。新型コロナの蔓延に伴う影響は台数減で1000億円、貸倒引当金の繰入などで600億円だったという。

 もっとも新型コロナが真っ先に蔓延した中国での事業については、連結子会社は12月決算のため、影響がほとんど現れていないという決算期ズレの問題もある。1月以降の都市封鎖に伴う販売台数の激減の影響は2021年3月期に大きく影響することになる。

 会見で豊田章男社長は「新型コロナはリーマン・ショックよりもインパクトが大きい」と危機感をあらわにしていた。リーマン・ショック直後の1年間では、販売台数が135万台、率にして約15%減少したが、今期(2021年3月期)は前年比約20%減に相当する195万台の減少を見込んでいる。リーマン・ショック後は円高の影響も重なり、4610億円の営業赤字に転落したが、今回は5000億円の黒字確保を見込む。

ホンダ、日産の赤字幅は広がる

 5000億円の黒字という数字について豊田社長は次のように述べている。

 「これは、現時点での見通しではありますが、何とかこの収益レベルを達成できたとすれば、これまで企業体質を強化してきた成果といえるのではないかと思っております」

 逆に言えば、これまで取り組んできた「大変革」がなかったら、リーマン・ショック後同様、赤字に転落していたということだろう。豊田社長は自ら取り組んできた変革は、「長い年月をかけて定着してしまった『トヨタは大丈夫』という社内の意識、それを前提にモノを考える企業風土」を変えることだったと振り返る。カンパニー制の導入や副社長の廃止など経営陣の在り方を見直す一方、ベースアップをゼロにし、「一律の配分」などの従来の「常識」に踏み込み、抜本的な働き方改革に取り組んでいる。背景には豊田社長の強い危機感があった。

 そこに襲った新型コロナ危機は、まさしく「トヨタは大丈夫」という世の中の意識を揺さぶる事態になっている。それほど自動車業界を襲っている危機は猛烈だ。

 同日発表した本田技研工業(ホンダ)の2020年3月期決算は四輪車の販売台数が479万台と10%減少となり、営業利益は6336億円と12.8%も減少した。八郷隆弘社長は「チームホンダ一丸となって必ずこの難局を乗り越えていく」と述べたものの、2021年3月期の見通しについては、合理的に算定することが困難だとして未定とした。

 5月末に決算発表を予定する日産自動車は、4月28日の段階で2020年3月期の営業利益が1200億~1300億円程度悪化する可能性があると発表している。営業利益の従来予想は850億円なので、営業損益段階で赤字に転落する可能性があるということだ。もともと日産は、カルロス・ゴーン元会長の逮捕などで経営体制がぐらついており、販売不振が続いていた。そこに新型コロナが追い打ちをかける形になっている。2021年3月期は赤字がどこまで大きくなるか見通せない。
 自動車会社の不振の、日本経済への影響度は計り知れない。自動車産業の裾野は広く、日本自動車工業会の集計では、自動車関連の就業者は546万人と全就業人口の8.2%に達する。自動車会社の生産台数の落ち込みに加え、生き残りに向けて原材料費の圧縮などに踏み切れば、自動車メーカーに連なる2次下請け、3次下請けで従業員や非正規労働者の解雇などが広がる可能性がある。

 実際、リーマン・ショック後には非正規雇用者の雇い止めなどが発生、就業者数は2008年7月の6430万人から2009年7月には6303万人に減少、完全失業率は3%台から一気に5.5%と戦後最悪の数字にまで跳ね上がった。就業者数はその後2010年2月に6223万人まで減少、この間200万人が職を失った。

資金繰りに表れた豊田社長の「覚悟」

 今回の新型コロナ危機でも放っておけば失業者が急増することになる。野村総研木内登英氏は、GDP国内総生産)がリーマンショック後の1.3倍の落ち込み幅になると想定、265万人が職を失う計算となり、失業率はピークで6.1%に達するとしている。

 トヨタの豊田社長はスピーチの締めくくりでこう述べた。

 「コロナ危機をともに乗り越えていくために、私たちがお役に立てることは何でもする覚悟でございます」

 トヨタだけを守れば良いのではなく、そこにつらなる膨大なサプライチェーンと、そこで働く人たちの雇用を守る、としたのである。サプライチェーンを守り抜くことができなければ、新型コロナが終息した後に生産を元に戻すことができなくなり、V字回復は望めなくなる。

 トヨタの「覚悟」は決算数字だけでなく、資金繰りにも現れている。連結キャッシュフロー計算書を見ると、財務キャッシュフローが3971億円と大幅な流入超過になっている。長期借入金を前年度同規模の4兆4249億円返済する一方で、前年度を大きく上回る5兆6914億円を借り入れている。グループ会社全体の資金繰りを考えて手元資金を厚くしたということだろう。

 3月27日の段階で、早くも「三井住友銀行三菱UFJ銀行に対し、計1兆円規模のコミットメントライン(融資枠)の設定を要請した」と報じられている。運行が止まって資金繰りが厳しくなったANAJALの融資枠設定が報じられるより前のことだ。

 実はトヨタ・グループはリーマンショック時にドル決済資金が調達できずに窮地に立った苦い経験を持つ。早めに資金手当の予防策を打つ一方で、サプライチェーンを守るために、グループや取引先への緊急融資などに備えているに違いない。

 日本で最大の売上高と利益を上げ続けてきたトヨタサプライチェーンを守るために何でもするという覚悟が、日本経済の瓦解を防ぎ、コロナ恐慌へと転落することを何とか阻止してくれることに期待したい。