カカオでつなぐ日本とコロンビアの懸け橋

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 「上質なチョコレートを日常で楽しむ文化を日本でも広げたいと思ったんです」

 2015年に「ca ca o」ブランドを創設したメゾンカカオ(旧ジャーニーカンパニー)社長の石原紳伍さんは言う。

 もともとはチョコレートを食べられなかった石原さんが、その魅力にとりつかれたのは南米コロンビアを訪れた時のこと。同国産のフレッシュなカカオと、コロンビアの風景にすっかり魅せられた。

 チョコレートは融点が高く、口の中の唾液量や温度などで味が変化するほど繊細な食べ物。そのためチョコレートに含まれる水分量や空気量が重要だが、最大の要素は、素材であるカカオ豆の品質だ。

 世界のチョコレート製造は長い間、川上のカカオ栽培など農業分野は発展途上国が担い、川下の工場での原料製造や、最終製品の製造・販売は先進国が行うというモデルが続いてきた。欧州諸国のチョコレート・ブランドが日本を含む世界の先進国市場を席巻しているのはご存じの通りだ。それではカカオ農場を持つコロンビアなど発展途上国の付加価値は低く、いつまでも生産者は豊かにならない。

 また、収穫したカカオ豆は発酵させ、消費地である先進国に持っていくが、そのまま輸送する場合、貨物船を使えば発酵はどんどん進み、その間に品質は大きく劣化する。本物の上質なチョコレート原料を手に入れるには、自ら生産地であるコロンビアを訪れ、実情を知り、真のパートナーシップを築く必要がある、そう石原さんは考えた。生産地と消費地を直結すれば、お互いに潤うことになる。

 石原さんはコロンビアでまず自社農場を作った。500メートル四方の農園を始めたが、事業が軌道に乗るにつれ契約農家を増やし、今では4000軒にのぼる農家と取引する。コロンビアのパートナー企業の工場でチョコレート原料に加工、年間200トン近くを製造する。使うカカオ豆にすれば2000トンだ。

 石原さんとコロンビアの関係はどんどん深まっていった。16年からは、コロンビアで学校を建設するプロジェクトにも乗り出した。自社農園近くの学校に新校舎を立てたが、きちんとした教育の機会を与えることで、工場や農園で働く人材を育てようと考えたのだ。現地のパートナー企業と組んで、学校建設を行い、今では500人の生徒が学ぶようになった。

 コロンビア側の供給体制は急速に整っていった。問題は、そうした良質のカカオ豆から製造したチョコレート原料をきちんとした価格で仕入れること。そのためには、最終的な「出口」、販路が不可欠だ。日本側にセンスの良いチョコレートショップを作ることがカギを握った。

 石原さんが作った「ca ca o」の本店は神奈川県鎌倉の中心「小町通り」にある。鶴岡八幡宮に通じる最も観光客など人通りの多い通りだ。「鎌倉」のブランドバリューも高く、周辺に住む住民の消費センスも高い。

 さらに神奈川・大船、東京・新宿の駅ビルにも店を出した。口コミもあって、おしゃれなパッケージと絶品のチョコレートの人気は一気に広がった。

 看板商品である「アロマ生チョコレート」は含まれる水分量を限界まで高め、口に入れた瞬間にとろける。マスカットなどフレッシュな旬の果実、お茶や日本酒を合わせた商品もある。サクサクとした生地に生チョコレートを乗せた「リッチ生チョコタルト」は1日に1000個売れる。

鎌倉駅前の銀行を変身させる

 鎌倉駅前の銀行の支店跡地に作った店舗「CHOCOLATE BANK」には、金庫だった場所を改装した特別室を設け、「ガストロノミーレストランROBB」を19年にオープンした。1日2枠の完全予約制のランチで、カカオのフルコースを出してきた。新型コロナに伴う営業自粛で店舗はいずれも臨時休業中。だが、オンラインでの販売は続け、その対応に追われている。

 店舗はいずれも洗練された構えだが、もともと石原さんは「ca ca o」を、世界の高級ブランドと肩を並べる「世界ブランド」にすることを狙っていた。

 20年5月にオープン予定だった「ニュウマン横浜(NEWoMAN横浜)」では、グッチやティファニーが並ぶ1階に出店する準備ができており、新店名を「MAISON CACAO(メゾンカカオ)」にした。4月から会社の名前も同じにした。高級品と肩を並べるブランディングは当初からの計画通りだ。

 現在予定している国内店舗は合計8店だが、それ以上は当面、国内では増やさない。一方で、パリに進出する準備を進めており、本場で勝負に出る予定だ。本来ならば今年オープン予定だったが、新型コロナの影響で時期は後ろ倒しにした。いずれ出店が実現すれば、「世界ブランド」に飛躍する足がかりにしたい考えだ。 

 一方で、日本国内にも工場を作る計画を進めている。現在、大手油脂会社が大型プラントでチョコレート原料を作っているが、小回りのきく小型設備を完備して、日本のパティシエなどに厳選したカカオから作った製菓用チョコレートを卸販売する。

 もうひとつ石原さんが「世界ブランド」と並んで当初から掲げてきた方針がある。「100年ブランド」を作る、というものだ。コロンビアのカカオ農家を支え、発展させるためには、一過性のブームで終わらせるわけにはいかない。

「ワン・チーム」の秘訣

 石原さんは帝京大学ラグビー部の出身。大学4年生の時に「学生コーチ第1号」になり、監督と共に組織改革に取り組んだ。もう試合には出られない4年生が、本気になって練習に取り組むことで、3年生以下のレギュラーになれないメンバーも真剣になるという。「ワン・チーム」を作り上げる秘訣(ひけつ)を学んだわけだ。

 学生コーチとして基盤を作った帝京大学ラグビー部はその後9連覇を遂げる。ナショナルチームで活躍している後輩も数多い。

 「チームをまとめていくという経験が経営に役立っています」と石原さんは語る。

 どうスタッフのモチベーションを高めるか。メゾンカカオでは月に一度、最も活躍したスタッフをMVPとして表彰している。数字の見える営業だけでなく、配送や管理のスタッフも対象だ。MVPや敢闘賞には報奨金も出す。年間MVPには旅行券をプレゼントする。スタッフのやる気がどれだけ高まるかが、チーム全体の成績に直結することを石原さんは痛感しているからだ。

 チーム石原が今後、どんな風に化けていくのか。石原さんたちの挑戦はまだまだ始まったばかりだ。