「高品質高価格」「宅配」が「新ビジネス」の根幹

雑誌リベラルタイム8月号の特集記事に掲載された拙稿です。ぜひお読みください。

 

 

 緊急事態宣言の解除で、東京や大阪など大都市圏でも出歩く人の数が大きく増えてきた。だが、2カ月に及ぶ「巣ごもり」によって、人々の行動はガラリと変わり、ビジネスのあり方も激変している。自粛が解除されたからと言って、それらが「元の姿」には戻らないという見方が支配的になっている。

 「過疎というのが、今後、逆に強みになるのではないでしょうか」と秋田県仙北市の門脇光浩市長は語る。

 仙北市田沢湖を中心に、乳頭温泉玉川温泉武家屋敷と桜で知られる角館など、豊富な観光資源を持つ。移動の自粛によって観光産業は大打撃を受け、そう簡単には元に戻らないと覚悟する。

 だが、そんな中で、人が少ない「過疎」が「売り」になるというのだ。「過疎」はまさに「三密」の真逆。例えば「旅館をひと家族で貸し切りにするなど新しいスタイルの旅行の形が生まれる」と希望を膨らませる。過疎ならではの、おもてなしの方法があるというのだ。

 これまで観光業の多くは、数をこなし回転率を上げることで経営を成り立たせようと必死になってきた。国内人口が減少に転じる中で、外国からやってくる外国人旅行客、いわゆるインバウンドをいかに取り込むかに力を注いできた地域が多い。東京オリンピックが開かれるはずだった2020年は世界から4000万人が日本にやってくるという皮算用を立てていた。

 ところが4月の訪日外国人は、日本政府観光局(JNTO)の集計では、わずか2900人。前年同月と比べると99.9%減である。新型コロナの感染拡大が落ち着いても、もはやそう簡単に外国人旅行者が大挙して押し寄せてくるようになるとは考え難い。つまり、数を頼みにした観光業のスタイルは、一変せざるを得ないのだ。

 

「低価格」より「利益」重視へ

 

 飲食店のスタイルも変わる。

 透明なアクリル板を衝立に客席を仕切り、客席数を減らして、元のスタイルの営業に何とか戻そうとしている店もある。だがそうすると回転率は落ち、経営は成り立たない。少ない客数でも採算を合わせるには、価格を引き上げていかざるを得なくなる。

 高くても来てもらえる店、つまり、高い満足度を与える一方できちんとした料金を取るという形にビジネスは変わっていくことになっていくのだ。

 おそらく新型コロナを機に、大量生産・大量消費型のビジネスは力を失っていくのだろう。それを維持しようと思えば、さらなる価格競争に陥り、収益が確保できずに経営も破綻する。景気の悪化で所得が減り、とにかく「価格」を求める消費者が増える可能性はある。だが、マーケットが縮小する中での価格競争で生き残るのは至難の技だ。

 つまり、「安くて良いものをたくさん」というモデルから、「少々高くでもより良いものを少し」というモデルに変わっていくのだろう。より付加価値を高め、「売り上げ」よりも「利益」を重視するビジネスモデルに変わっていく、ということだ。

 苦境に立っている「外食産業」が、「外」だけを見ている時代も終わった。

 テレワーク等、宅勤勤務が当たり前になったり、オフィスに行ったとしても外食する機会は減っている。一方で、持ち帰りやデリバリーといった新しいニーズが大きく膨らんでいるのだ。

 日本マクドナルドホールディングスの発表によると、4月の既存店売上高は6.5%も増えた。客数自体は18.9%減と大幅なマイナスになったが、客単価が31.4%も上昇したため、売り上げは増えたのだ。家庭での仕事が増えたことで、自宅に持ち帰って、ちょっと奮発した食事にする家族が多かったのかもしれない。他の外食チェーンが軒並み大幅な売上減になっている中で、マクドナルドが増収だったことは、人々の生活スタイルが大きく変化したことを如実に示している。

 台湾ティーのチェーン店「ゴンチャ(貢茶)・ジャパン」は一風変わったチェーン展開に乗り出した。お客を呼ぶ「店」を展開するのではなく、デリバリーの「拠点」を広げているのだ。住宅地やオフィス街を問わず大きく増えているデリバリー需要を取り込もうとしている。もちろん、新型コロナで店舗への来客数を増やすことが難しいという判断もある。さらに、来店客が減った居酒屋などの飲食店にフランチャイジーになってもらい、「拠点」の一翼を担ってもらう戦略を取り始めた。

 エンターテインメントの世界でも新しいビジネスモデルが生まれている。

 サイバーエージェントの子会社OENは、格闘技のK-1JAPANと組んで、7月にも「K-1 DX」を開催する。無観客での対戦をライブで配信する他、選手と観客がオンラインでコミュニケーションできるコンテンツを流したり、試合後のオンライン・パーティーを実施することも検討している。

 新型コロナ禍で実際のイベントが開催できなくなる中で、デジタルやオンライン技術を使って、新しいエンターテインメントを作り上げようという取り組みが広がっている。集まらなくてはできないと思われていたものが、全く新しい形に生まれ変わり、新しいビジネスが出来上がっているのだ。

 

大チャンスの時期

 

 ロックアウト(都市封鎖)による外出禁止が続いた欧米では、「フード・デリバリーサービス」や「宅配」が生命線になった。こうした中で、アメリカのアマゾン・ドット・コムは、3月以降5月末までに17万5000人もの働き手を臨時採用したが、そのうちの12万5000人を本人の希望に応じて無期雇用に転換すると発表した。つまり、一過性で終わる需要ではないという確証を持ったということだ。

 日本でもヤマト運輸の5月の宅配便取り扱い個数が1億6498万個に達し、前年同月に比べて19.5%も増え、年末並みの大忙しとなった。宅配を支える運輸会社へのニーズが一気に高まり、新たな仕事を生み出しているのだ。もはや、これは元には戻らないだろう。

 テレワークや時間にとらわれない「新しい働き方」が一気に広がったことで、テレビ会議システムや、業務管理ソフト、オンライン会議に適したカメラやマイク、といった関連機器が飛ぶように売れ、相次いで新製品も売り出されている。

 4月の家計消費支出は11.1%も減少した。5月はさらに落ち込んだ模様だ。経済活動の再開で、徐々に消費の落ち込みも底を打ってくると見られる。だが仮に前年同月比並みの消費に戻ったとしても、全ての業種、全ての企業が元の数字に戻るわけではない。新型コロナをきっかけに、姿を消す業種やサービスがある一方で、前述のような取り組みの結果、新たな成長産業、成長企業が生まれてくることになるだろう。

 大激震の時は、大チャンスの時でもある。