プレジデントオンラインに1月22日掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→
https://president.jp/articles/-/42621
前回の宣言時のように、人が減っていない
1月7日に2度目の緊急事態宣言が出されて2週間が経つ。ところが新規感染者数は高止まりで、全国の重症者数は1000人を突破、1日の死者が100人を超える日も出ている。感染拡大の「第1波」は2020年4月から5月にかけての1度目の緊急事態宣言による経済自粛によって封じ込めに成功した。ところが今回の2度目の緊急事態宣言の効果は今ひとつのように見える。なぜ、新型コロナウイルスの感染拡大を止められないのか。
最大の理由は、人出の減り方が1度目に比べて小さいことだ。NHKがビッグデータを使って分析した結果、都内のオフィス街の人出(1月8日、12日、13日)は、感染拡大前より40%以上減ったものの、去年の1回目の宣言時と比べると30%から50%ほど多いことが分かった、という。NHKの記事では「前回の宣言時ほどテレワークが行われていない可能性が高い」という専門家の指摘を掲載している。
なぜ、企業は2度目の緊急事態である今回は、テレワークへの切り替えをためらっているのか。
「飲食しなければ、出勤しても感染しないはずだ」
ひとつは、前回ほど危機感がないことだ。その原因は菅義偉首相など政府の「情報伝達の失敗」があるのは明らかだ。
菅首相は2度目の緊急事態宣言発出を決めた1月7日の記者会見で、「効果のある対象にしっかりした対策を講じ」るとした。そのうえで「その対象にまず挙げられるのが、飲食による感染リスク」だとし、飲食店に20時までの時間短縮、酒類提供は19時までとすることを要請する意義を強調した。
同席した政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長も、クラスター解析によって「食事に関するものが重要な感染のルートの1つだった」ことが分かっているとし、東京などで感染ルートが追えないものの「かなりの数は飲食に関係するものだというふうに思っています」と述べた。
この会見によって、飲食、特に飲酒を伴う飲食だけが感染リスクが高いという誤解が生じたのは間違いない。従業員に出社を求めている多くの企業が「飲食禁止」を打ち出し、取引先との夜の会食はもちろん、帰宅前などに居酒屋などに立ち寄ることを禁止した。
要は「飲食さえしなければ、会社に出てきても、感染しない」と考える経営者が多いのだ。記者会見で菅首相は「テレワークによる出勤者7割減」を呼びかけたが、企業の多くは、反応が極めて鈍かった。
政府の本音は「経済を何とか回すこと」
それでも高水準の感染者が続くと、政府は言い方を変える。
「お昼ならみんなとご飯を食べていいということではありません。できる限りテレワーク(在宅勤務)していただいて、おうちで食事していただきたい」
1月12日夜の記者会見で、新型コロナ対策担当の西村康稔経済再生相はこう述べた。新型コロナウイルスは午後8時以降に活発化するわけではないから、「飲食」が問題ならばランチもリスクは同じ。自粛の呼びかけはある意味当然と言えたが、「休業要請」ではなく「時短要請」だったはずなのに、昼間の利用も自粛しろと言われた飲食店からは悲鳴に似た声が上がった。これでは経営がもたない、というのだ。
つまり、政府の本音は「経済を何とか回すこと」で、欧米で実施されているような「ロックダウン(都市封鎖)」は行わない、というものだ。飲食だけを感染原因として「狙い撃ち」することで、その他の商業施設やイベントなどは中止を求めていない。結果的に、1度目の緊急事態宣言時とはまったく要請内容が違うわけだ。
昨年の4月5月のように経済活動が幅広く止まることになれば、企業も従業員の一部を休業させるほか、他の社員の多くもテレワークに切り替えるだろう。だが、細々とでも活動の継続が求められれば、従業員を出社させざるを得ない。特に、接客などのサービス業はテレワークは不可能だ。
DXとは「紙をデジタルに変えること」ではない
テレワークが減らない、もうひとつの原因は、思ったほど、業務の見直しが進んでいないことだ。新型コロナの蔓延もあり、DX(デジタル・トランスフォーメーション)ブームが一気に広がったが、DXの肝はデジタル化にあるのではなく、業務フローの見直し、つまり仕事のやり方をどう変えるか、にある。紙をデジタルに変えるだけで今まで通りの仕事の仕方をしていてはDXは進まない。
その典型が霞が関の官公庁である。
菅首相は就任時にデジタル庁新設を目玉政策として打ち出し、「霞が関のDX」を標榜したが、新型コロナ下でも役所の現場のDXはほとんど進んでいない。デジタル庁という新しい役所を立ち上げることに労力を取られているうえ、デジタル庁が進めるプラットフォームの統一などには5年以上の歳月がかかることから、結果的に問題が先送りされているのだ。
また、緊急持ち出し用のパソコンの配布なども部分的にしか進まず、役所のパソコンを自宅に持ち出すことができないためテレワークをしようにも自宅で仕事ができないのだという。
霞が関のITインフラの貧弱さは驚愕レベル
DX化の前に霞が関のITインフラの貧弱さは驚愕すべき状況だ。役所のアドバイザーに就任した民間人が、パソコンを貸与されたが、渡されたのが5年以上も前の製品で、始業時に立ち上げるのに15分もかかる代物だった。それでも事務官からは「これでも新しい方なんです」と言われたという。
役所の現場では10年以上前のパソコンが現役で使われている。また、外部につなげるネット回線も貧弱で、民間企業で当たり前に活用されているパソコンや通信インフラが、ほとんどないのである。
いまだにファクスが多用されているのも霞が関の特徴だ。その原因のひとつが永田町問題。いまだに「紙」の資料を求める国会議員が少なくない。1度目の緊急事態宣言の際は、自民党でも青年局などがオンライン会議を活用し、党内会議にも広がるかに見えた。ところが昨年秋以降、自粛ムードが解けると、ほとんど元の木阿弥状態になっている。
感染症予防の会議を「密」にやっている議員たち
自民党の新型コロナウイルス感染症対策本部は1月18日、内閣第二部会・厚生労働部会との合同会議を開いた。感染症法や新型インフルエンザ等対策特別措置法などの改正法案を一括して審査する場だったが、多くの議員が会議室に集まり、肩が触れんばかりの距離に座って議論していた。全員マスクは着用していたとはいえ、「ソーシャル・ディスタンス」は保てない「密」な会合だった。
若手議員は「感染症予防の会議を密になってやっている」と自重気味に話していた。そもそもネット会議をやろうという発想が消えてしまっているのだろう。新型コロナをきっかけに自民党でもDXが進むと思われた時期もあったが、一気に元どおりになった。政権与党の仕事の仕方が変わらなければ、霞が関も変われない。自民党の先生への「ご説明」も相変わらず、対面以外、対応できない高齢議員は少なくない。
菅首相は「7割テレワーク」を呼びかけても、自らの足下である自民党や霞が関は7割どころか、ほとんどテレワークができていないのだ。
「曖昧な政府要請」が危機感を失わせている
大企業でもデスクワークの多い業種やIT系の職種では、テレワークが定着している。総合商社ではせいぜい週に1日しか出社しないという若手社員も増えた。だが、多くの企業の管理職が、対面での会議にこだわる姿勢は依然として強いという。金融機関の幹部も「オンライン会議では本音が見えない」とぼやく。
伝統的な日本企業に必須の「技」とも言える「空気を読む」ことや「上司の顔色を伺う」ことはオンラインでは難しい、というのだ。ひとつの仕事をチームでこなすスタイルも難しい。逆にジョブディスクリプションを明確にするには、責任と権限を明確にしなければならないが、そうなると日本型「中間管理職」の存在理由がなくなってしまう。
そんな精神的な抵抗感があるところに、政府要請が曖昧なため、テレワークに移行しなければという危機感が失われているように見える。
一方で、中途半端な「行動自粛」のままで、感染拡大が終息するとは思えない。感染者数が減らなければ、緊急事態宣言の解除もできず、飲食店の経営はどんどん追い詰められることになるだろう。4月5月並みに経済活動を止めれば、感染拡大を抑え込めることはすでに証明されている。短期集中で新型コロナを撲滅することが、最大の経済対策になるし、短期ならば事業者も何とか耐えようと思えるはずだ。