意見封殺、フェイク--何でもありの農水省・内閣府連合の改革潰し 「政官業」鉄のトライアングル復活か

現代ビジネスに1月28日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79687

企業の農地取得は頓挫へ

1月7日付の本欄でも取り上げた「企業の農地取得の全国展開」は、農水省内閣府による「何でもあり」の連携プレーの前に頓挫する可能性が強まった。

国家戦略特別区域(特区)に指定されている兵庫県養父市で特例として認められている「一般企業による農地取得」について、他の地域でも認める「全国展開」するかどうかが焦点になっているが、1月15日付けで出された特区諮問会議の「決定」は、自民党農林水産族の意向を受けた農林水産省の主張に沿ったものになった。今後、法改正など国会での議論に場を移すが、実現は難しい状況だ。

1月15日の特区諮問会議は異例の展開だった。新型コロナウイルスの蔓延を理由に「持ち回り」で開催されたのだ。自民党の会議など平気で「密」になって開催しているにもかかわらずだ。「全国展開」を主張する八田達夫大阪大学名誉教授ら諮問会議の民間人議員が、議論の場を設けるよう求めたが、事務局の内閣府が頑なで「持ち回り」を譲らなかったという。

おそらく年末に開いた諮問会議に懲りたからだろう。会議の場で河野太郎行政改革担当相が「全国展開」を支持し、特区担当の坂本哲志・地方創生担当相と激突した。これに菅義偉首相が自ら割って入り「預かり」とした。「持ち回り」の会議では自由にモノが言えず、結局は事務局が用意した原案通りに決定した。「決定」にはこう書かれている。

「当該事業に関する特例制度のニーズと問題点の調査を特区区域以外においても来年度中に実施し、その結果に基づき全国への適用拡大について調整し、早期に必要な法案の提出を行う」

また、養父市での特例については、「期限を2年間延長することとし、そのための規定を盛り込んだ国家戦略特区法改正案の早期の国会への提出を行う」としている。

何が何でも「養父市は失敗」に

⼋⽥教授ら民間人議員は、決定文の修正を主張したというが、これも内閣府に押し切られた、という。

年末の会議では、「当事者」である養父市の広瀬栄市長が参席を希望し、内閣府に断られている。養父市の特例は「失敗」だとする話が農水省発で流されていることを強く批判する文書を会議宛に提出したが、内閣府によって「事前検閲」され、内容が書き直された。

 

1月15日の「持ち回り」会議は、開かれることすら養父市長には伝えられず、事後に決定文を内閣府から送りつけられただけだった、という。

国家戦略特区は、それまでの構造改革特区などと違い、特区指定された自治体の首長に大きな権限を与えている。特区を利用する事業者と首長、特区担当相の3者が合意すれば、所管省庁の大臣が反対しても規制改革ができる。

もちろん、特区指定にあたっては特区諮問会議の議決を経なければならず、議長を務める首相のリーダーシップがモノを言う。要は、特区で規制緩和の実験をし、それを全国展開していくには、首相自らが既得権者と闘う覚悟を固める必要があるわけだ。菅首相は口では「改革」と言うものの、実際には既得権者とつながった政治家ではないか、という疑念が強まっている。

全国展開を阻止するためには、何としても「養父市は失敗だった」という話にしなければならない。前述の通り、養父市長は「特例の成果」を強調しており、諮問会議でも繰り返し主張している。

朝日新聞を使って「フェイクニュース」流す

では、どうやって農水省は「失敗だった」という印象操作をしようとしているのか。「禁じ手」とも言える方法を使っているようだ。

諮問会議の翌朝、1月16日付けの朝日新聞は、見事に術中にはまり「フェイクニュース」まがいの記事を掲載した。

朝日の記事には「農水省によると、養父市では特例に基づいて6社が計1.65ヘクタールの農地を取得したが、実際に農業を営んでいる面積はそのうちの7%弱にとどまる」と書かれており、企業が取得した土地は農業に使われていない、と報じた。ところが、事実はまったく違った。

早速、諮問会議の下に置かれ、八田教授が座長を務める「特区ワーキンググループ」の民間人9人の連名で、朝日新聞に抗議文を送った。

そこには、「6社の取得した1.64ヘクタールのうち、実際に農業を営んでいる面積は99.1%」だと書かれている。記事には農水省幹部の話として「特例で地域の農業が活性化したとは言えず、取得した後で農地の転売や耕作放棄をするケースもないとは言えない」というコメントまで載せている。

農家だけの農業を死守

農水省は繰り返し、企業による農地取得を認めれば、勝手に転売されかねない」と発言してきた。せいぜい認められるのは、現在でも農地を保有することができる農業法人の要件を緩和して企業的な経営ができるようにすることが精一杯だ、とも言ってきた。

だが、一般企業に農地を取得させたとしても、簡単に転売や他用途転換ができるわけではない。養父市の特例から始まりすでに全国展開された「農業委員会」の機能を首長が持つことができるようにする規制緩和は、農業者だけの都合で農地が他の用途に転用される事を防ぐ効果も持つ。農業委員会は従来、農家だけで構成されてきたが、企業に取得させても、首長の下の農業委員会ならば転売や多用途化をしようとしても難しくなる。

 

ちなみに農業生産法人は、農家が出資比率の一定額を持つことが要件になっており、資金調達して規模の拡大を図ることが難しい。この要件緩和を農水省は、規制改革会議の結論を待ったうえで、来年度に検討すると言っている。だが、しばしば言われるように霞が関の「検討する」は当てにならない。

実際には、農業委員会の要件緩和は、担い手となる若手農業者がいることが前提になる。新潟や北海道など農業者自らがベンチャー企業を起こすような基盤のある場所ならば機能するが、養父市の要は中山間地で高齢化や人口減少が進んでいる地域では難しい。

企業所有と農業生産法人の規模拡大の両方を緩和し、それぞれの地域にあった方法で農業の活性化に取り組むべきだろう。さもないと、日本の山間地農業は耕作放棄地の嵐となり、原野に戻っていくことになる。

自民党農水族の大反攻

農水省が反対するのはともかく、特区を推進するはずの内閣府までがなぜ既得権者に配慮するようになったのか。

実は背景には自民党農水族の猛反対がある。企業が農業経営に参入して競争が起きれば、改革志向の乏しい農協にとっては死活問題になる。改革に取り組む農協もあるが、細々とでも従来通りのやり方で農家が食べていければ良いと考える農協も少なくない。

そんな農協と自民党農水族議員、その意向に逆らえない内閣府という「政官業」の鉄のトライアングルが、菅内閣になって再び復活しているということだろう。

民間企業の経営ノウハウや資本力を農業に持ち込むことで、日本の農業を再生させたいと考え、成果を挙げてきた養父市の取り組みに、「失敗」だとレッテルを貼り、従来どおり何もしないならば、日本の農業、特に山間地農業は早晩滅びるだろう。

現場で農業の再生に取り組み、規制と闘う人たちが、諦めていなくなってしまったら、その時こそ、この国は滅びる。