「ワクチン接種にも悪影響」気が遠くなるこの国のデジタル化の道のり  業者に責任を押しつける無責任体制

プレジデントオンラインに2月19日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/43446

COCOAの失敗は業者の問題なのか

呆れるばかりの失態だ。新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」のAndroid版が事実上機能していなかった問題である。しかも、厚生労働省がそれを公表したのは不具合発生から4カ月たった2月3日だった。さらにここへきてAndroid版だけでなくiPhone用のiOS版でも不具合が発生していたことが明らかになっている。

もちろん担当の田村憲久厚労相は平謝りだが、問題への対応が遅れたことについては「(外部からの問題)指摘を確認するのは委託先業者の責任」と業者のせいにしている。また、平井卓也デジタル改革担当相も「あまり出来の良いアプリではなかった」と苦言を呈した。本当にCOCOAの失敗はアプリを開発した業者の問題なのだろうか。

本題に入る前に、COCOAについて見ておこう。もともと接触確認アプリはIT(情報技術)技術者たちが2020年3月頃から独自に開発を始めていたが、米グーグルとアップルが各国1つに絞るよう要請してきたことを受けて、5月に厚労省が開発することになり、民間業者に開発を委託した。5月25日には安倍晋三首相(当時)が6月中旬に利用開始できると発表。実際、6月19日からスタートした。

アプリをダウンロードした場合、1メートル以内に15分以上いた人が新型コロナウイルスに感染していることが判明した際に、濃厚接触者として通知されるというのが基本的な機能だ。

接触検知がされなければ意味がない

利用開始当初から不具合が指摘されていたが、ソフトウェア開発ではつきものといえ、バージョンアップしながら問題を解消していった。そのバージョンアップで今回の問題が起きた。厚労省の発表によれば、9月28日のバージョンアップの結果、接触が通知されない不具合がAndroid版で発生したという。

開発業者は「GitHub(ギットハブ)」と呼ばれる共通プラットフォーム・サイトにシステム情報を公開していたが、そのGitHubに11月25日になって、「接触が検知されることはないと思われる」とする書き込みがあったという。発表では厚労省が不具合を業者から知らされ、問題を把握したのは今年1月25日だったとしている。

現在、アプリをダウンロードしている人は2500万人あまり。接触検知がされないなら、何のためにダウンロードしたのか分からない。田村大臣がともかくも陳謝するのは当然だろう。

どうやら厚労省や政府の体制に問題の根源がある。まずは、厚労省システム開発の専門家がいないことだ。筆者はかつて厚労大臣の懇談会のメンバーを無報酬で引き受けたことがあるが、15回ほど開いた会合で、地方のメンバーがオンライン参加するのに一度としてまともにつながったことが無かった。その際、作業は業者がやってきて配線や運用を担当したが、つながらないオンライン会議に厚労省の職員はなす術がなかった。5年前のことだ。

今では世の中で広く当たり前に使われているオンライン会議ですらこの有り様だから、システム開発など「高度な」話になれば、業者にすべてお任せ、丸投げとなるのは想像に難くない。

政府にはIT総合戦略室(IT室)というのがあって、民間人のCIO(内閣情報通信政策監)をトップに、民間のIT技術専門家を「政府CIO補佐官」として大量に任命している。現在「政府CIOポータル」というサイトに掲載されているだけで55人に上る。IT業界では名の知れた著名人が顔を揃えている。

そのほか、各省庁にも「府省CIO(情報化総括責任者)」が置かれ、その下に「CIO補佐官」がいる。もちろん厚労省にもCIOがいるが、歴代、ナンバー2の厚生労働審議官が兼務している。もちろん、厚労省幹部はITの専門知識はほとんどない官僚として上り詰めた人物だ。

政府に「IT室」はあるのに、連携が取れていない

政府CIO補佐官には人材がいるのだから、IT室に相談すれば良いのではないかと思うのだが、そこは霞が関の「縦割り」がそうはさせない。もちろん、文化の問題もあるが、それ以上に、予算は各省庁が持ち、システム開発にはそれぞれ出入りの業者がいる。もちろん入札をするのだが、そこは過去の実績がモノを言う仕組みで、だいたい「ITゼネコン」と呼ばれる大手通信・電機会社の独壇場になる。もちろん、実際にソフト開発するのはそうした「ITゼネコン」の下請け企業だ。まさに、かつての公共工事と同じ構図なのだ。それぞれの役所でそうした一種の利権が生まれているために、簡単にはIT室との連携は取れないのだ。

菅義偉首相が就任以来、「霞が関の縦割り打破」を掲げ「デジタル庁創設」を打ち出しているのは、こうした一種の利権構造が日本政府全体のデジタル化を遅らせているという危機感があるのは間違いない。

COCOAは有志の技術者たちが独自に開発に着手していたこともあり、ベンチャー企業に開発を任せることになった。報道によると、厚労省の新型コロナ感染者の情報管理をする「HER-SYS(ハーシス)」というシステムを委託していた「パーソルプロセス&テクノロジー」(本社・東京)に契約を追加する形で開発を委託。同社はIT企業「エムティーアイ」(本社・東京)に保守管理を再委託している、という。

厚労省にはシステムを使って「何がやりたいか」を伝えることぐらいはできても、システムの中身を吟味する専門能力を持った人物はほとんどいない。結局は業者任せになってしまったということだろう。

「ワクチン接種のシステム」でも不手際が起きていた

実は、新型コロナ・ワクチンの接種を管理するシステムの開発でも、厚労省の不手際が明らかになってきた。

 

厚労省は2020年夏からワクチンを届けるためのシステム開発に乗り出し、「ワクチン接種円滑化システム(略称「V-SYS」=ヴイシス)」の準備を進めてきた。7月には入札が行われ、NECが落札した。システム作成に向けての調査や設計は野村総合研究所NRI)が担当した。

ところが、このV-SYS、調達したワクチンを自治体の医療機関や接種会場に公平に配分するためのシステムで、いつ、誰に接種したかを記録することは想定していなかった。ワクチンの接種状況を日々把握したい菅内閣からすれば、ワクチンを届けて終わり、では話にならない。厚労省は従来の予防接種と同じく、自治体が接種を担当し、自治体が持つ「予防接種台帳」に記録すれば、接種情報は把握できると考えたのだ。

自治体の予防接種台帳はほとんどの自治体でここ数年の間にデジタル化が進んだが、医療機関で接種した記録を自治体に報告するのはいまだに「紙」で、月に1回回収したその紙を、業者に委託して入力している。つまり、予防接種台帳に記録が更新されるのに2~3カ月かかる。ファイザーのワクチンは2回打つ必要があるが、その間に引っ越した場合、把握できない。今後、国際間の移動をする場合にワクチン接種証明の携帯が義務付けられる可能性があるが、その発行に3カ月もかかっていたのでは、使いものにならない。

ワクチン先行接種の記録も「紙」

年末になってそれが分かった首相官邸は大騒ぎになったという。1月中旬に河野太郎・行革担当相がワクチン担当相に任命されたのもそのシステム問題が大きかった。河野大臣は就任早々、V-SYSとは別にクラウドを活用した「ナショナル・データベース」のシステム開発に乗り出した。

ここでも、厚労省の姿勢が問題になった。V-SYSの開発について、どうやら政府CIOやIT室に何の情報も上げていなかったようなのだ。担当の現場だけで進めて、厚労省CIOにすら情報が伝わっていなかったという指摘もある。また、河野チームが発足した後も、V-SYSの改修について徹底抗戦するばかりか、V-SYSの詳しいシステムの内容について、一切情報を提供しなかったとされる。河野チームがV-SYSの詳細な情報を知ったのは大臣就任から1カ月近くたってからのことだ。

2月17日、国立医療機関など100施設で4万人の医療関係者を対象とするワクチンの先行接種が始まった。うち2万人については詳細な記録を毎日付けることになっているが、その調査票がまたしても「紙」だという。医療機関で取りまとめて厚労省に送り、それを業者に発注して入力作業を行うそうだ。簡単なアプリを作ってスマートフォンから入力すれば、日々データが更新できそうだが、その結果がまとまるのも数カ月後になるのだろう。

この国のデジタル化の道のりは遠い。