子どもたちに仕事の「やりがい」を伝えるフリーペーパー

雑誌Wedge11月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/21377

 

Wedge (ウェッジ) 2020年 11月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2020年 11月号 [雑誌]

 

 

 どんな仕事にもやりがいがあるんだということを伝えたい、そう思ったのがきっかけでした」

 愛媛県内の中高生に配るフリーペーパー『cocoroe ココロエえひめ』を発行する原竜也・ハラプレックス社長は振り返る。2011年から年に3回、4万5000部を発行し続けてきた。

やりたい仕事の見つけ方

 地元の経済人たちと共に大学生とのディスカッションに参加した時、「やりたい仕事はどうやったら見つかるのですか」と問われた。ハタと思った。「もともとやりたいと思っていた仕事に就けた大人なんて、そう多くはないのではないか」。しかし、多くの大人たちは、出会った仕事にやりがいを感じ、日々働いている。それに気付けば、視野が広がるに違いない。

 原社長の会社は印刷業が中心で、グループには企画会社があり、カメラマンやデザイナー、ライターもいる。そんな「仕事のやりがい」を伝える冊子を作って中高生に配ることにした。毎号32ページ。地元の企業や役所などから10人前後の「働く人」を取り上げる。今年5月に発行した第30号には、地元今治市の「正和汽船」の三等航海士や、製造業「カンテツ」の機械設計担当者などが、仕事現場での写真と共に掲載されている。

 そこにはこんな「生の声」が並ぶ。

 「お客様から感謝されるたび、喜びとやる気があふれ、すごくやりがいを感じます」

 誌面に共通するコンセプトは「やりがい」。どんな時に「やりがい」を感じたか、実際に働く人たちに話してもらうことを心がけている。

 取り上げた人たちに、「mustアイテム」を紹介してもらうコーナーや、「ある1日」の起床から就寝までの日程を示してもらう共通データ欄もある。1ページずつの記事ながら情報量は多い。「地元にどんな会社があって、そこでどんな人が、どんな仕事をしているのか、できるだけ具体的な情報を示したいと考えた」と原社長。そうした情報を求める子どもたちがたくさんいる、ということを痛感したという。

 もっとも、スタートは予想以上に大変だった。学校にお願いすれば小冊子を生徒たちに配ってもらえると考えていたが、役所の壁は高かった。公立の学校に民間企業のPRになるものは置けない、と言われたのだ。ある金融機関が「お金」についての知識普及を目的に作った冊子を、良かれと思って公立学校に置いたところ、別の金融機関に勤める保護者からクレームが入った前例がある、という話も聞かされた。

 一方で、地元にどんな企業があるかも知らないまま、県外企業に就職してしまうことを嘆く教師たちもいた。地元今治の教育長が熱心に校長や教育委員会の説得に当たってくれるなど、応援団も出てきた。原社長も県下の教育委員会を回って頭を下げた。

 昨今は、キャリア教育や職場体験が中学高校の授業に組み込まれていることもあり、副教材のような使われ方もするようになった。また、掲載した企業での職場体験の依頼も増えている。

 フリーペーパーは、会員になってもらった企業の協賛金や、記事掲載料で賄っている。今や協賛会員企業は300社に及ぶ。人手不足が続いた中で、高校を卒業した生徒が就職でどんどん地元を離れていくことに危機感を覚える経営者も少なくない。

 今治市の名産品である「今治タオル」を製造する老舗の「楠橋(くすばし)紋織」の楠橋功社長もそのひとり。「昔は地元で名前の通った会社でしたが、最近は正直言って知名度が下がっている。特に若い人にはあまり知られていない」と語る。高卒の人材も募集するがなかなか採用が難しいという。工場内には海外から来た「技能実習生」の姿も目立つ。

 「cocoroe」の最新号には、同社企画開発部の金子琴音さんが掲載されている。地元の今治南高校を卒業後、楠橋紋織に入って8年目になる。「少しでも好きな地元に貢献できたらと思い、この仕事に就きました」と金子さん。掲載されて、「見たよ」と声をかけられたと笑う。

 実は、原社長も楠橋社長も、今の仕事が「やりたい仕事」だったかというと必ずしもそうではなかった。

「巡り合わせ」

 ハラプレックスは原社長の曽祖父が興した会社。原社長は東京大学工学部で学んだ後、総合商社に入り鉄のパイプを売る営業職に就いた。当初は後を継ぐことは考えていなかったが、商社に6年勤めた28歳の時、ハラプレックスに戻り、36歳で社長を継いだ。いわば「巡り合わせ」で就いた今の仕事だが、もちろん「やりがい」を感じている。「cocoroe」も社長になって間もない時期に始めた。実は曽祖父が1909年に印刷業を始めたのは、手書きの同人誌を印刷し、多くの人に伝えたいと考えたことがきっかけだったと伝わる。そんな創業の原点に「cocoroe」は通じるものがあるように感じる。

 楠橋社長の今の仕事との「巡り合わせ」はさらに劇的だ。

 大学を卒業後、建設会社に勤めていて、本州と四国今治を結ぶ「しまなみ海道」の橋の建設に携わった。その時、今治に住んだことがあったが、まさか今治に永住することになるとは夢にも思わなかった、という。というのは、もともとは北海道出身。東京勤務に戻った後、たまたま知り合った女性が今治出身で、結婚することになったが、その段になって後継ぎがいない老舗タオルメーカーの令嬢であることを知ったという。計らずも婿養子として社長を引き受けることになった。

 今でこそ、今治タオルはブランドの再構築に成功して底入れしているが、当時はまさにどん底。楠橋社長は芸能人のイベント用のタオルなど特注品に力を入れるなど、新風を吹き込んだ。社員の制服も一新、反対を押し切ってデニムの上下に変えたが、これも少しでも若い人たちを引き寄せたいという楠橋社長のアイデアだった。もちろん、今の仕事にやりがいを感じている。

 「cocoroe」を手にする子どもたちの人生にも、どんな「巡り合わせ」が待っているか分からない。世の中にはいろんな仕事があり、そこでいきいきと働く人たちがいることを早いうちに知れば、そこに子どもたちの可能性はさらに広がる。地元の企業に目を向ける若者が増えれば、地元の経済活性化の一翼を担う人材になっていくかもしれない。

 そんな「cocoroe」の思いが、ここへきて、大きく飛躍しようとしている。日本地域情報振興協会が主催する「日本タウン誌・フリーペーパー大賞」で、17年に第1回内閣府地方創生推進事務局長賞を受賞したのだ。それを機に同様の取り組みが広がり、埼玉版と東京版も発行にこぎつけた。

 人生を大きく変えることになるかもしれないフリーペーパーは、今後も全国へと広がっていくことだろう。