成人式は誰のもの? 原点回帰で生まれた新しい価値

雑誌Wedge1月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/21719

 

Wedge (ウェッジ) 2021年 1月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2021年 1月号 [雑誌]

 

 

 「成人式は1日で行うものとしては国内最大級の巨大イベントです。ところが、ただ集まって首長の話を聞いて、写真を撮って、友達と食事するくらい。中には会場で暴れて逮捕される若者もいます。いったい成人式は何のためにやるのでしょう」

 成人の日の振り袖写真を撮影する成人式サロン「KiRARA」の運営に携わる中西昌文さんは、新しい「成人式」の形を提案する。

 「家族のための成人式」

子育ての終わりと、巣立ち

 20年間子どもを育ててきた親にとって成人式は「子育て卒業式」。20年間育てられた子どもにとっては「親からの巣立ちの儀式」だ。家族にとって最高のイベントにする。それをトータル・プロデュースしようというのだ。

 2021年に成人を迎える人は120万人。近年は新成人の約8割が自治体主催の「成人式」に参加するから、ざっと100万人だ。新型コロナウイルスの蔓延で、どんな形で「成人式」を行うか自治体によってバラバラだが、それでも式を中止しようとすれば猛烈な反対の声が上がる。それぐらい「一生に一度」のイベントとして定着しているのだ。家族にとってはそれだけ重要なイベントであるにもかかわらず、自治体の「成人式」に行って終わりでは寂しい、というのである。

 15年に当時、中西さんがもともと所属していた会社が取ったアンケートでは、「娘の成人の記念に家族で特別な催しをしたいと思いますか」という質問に、「そう思う」「強く思う」と答えた親は合計63%にのぼった。何か思い出に残ることをしたいというニーズは確実にある、ということだ。

 中西さんの提案する「家族のための成人式」とはどんなものか。振り袖などのレンタル着物を選び、写真を撮るのが定番だが、本番前に母娘で着付け教室に通うことを提案して「思い出作り」を応援する。また、写真も1枚だけではなく、プロの写真家が撮影した20カットの写真をアルバムにする。

 さらに、記念品として父母と娘の3本の「ハタチリング」を作り、リングの内側に文字を刻む。

 成人式のマーケットにはまだまだポテンシャルがある、と中西さんは見る。バブル期の娘の成人式では、振り袖の購入に48万円を使い、写真撮影に2万円をかけていた。現在は、振り袖はレンタルに変わって約20万円、写真撮影に5万円を使うとして、25万円が「未消費」に終わっている。プロデュースの仕方によっては、その25万円が掘り起こせる、と考えているのだ。女性60万人が25万円を使えば1500億円の市場だ。

 実は、呉服市場はバブル期前に2兆円産業と言われていた。それが普段の生活から着物が消え、趣味の領域になっていくに従って市場規模も縮小、今では2600億円程度とされる。10分の1の市場になってしまったのだ。しかも、さらに年々減少が続いている。

 そんな中で「成人式」だけは着物を着るのが当たり前の、唯一の機会になっている。その成人式をきっかけに着物にお金を落としてもらえば、呉服業界も成長するのではないか。

 中西さんは、もともと勤めていた会社が、呉服販売大手の「いつ和」(本社・新潟県十日町市)に買収されたのを機に18年に独立。「ソーシャルメイク」という会社を立ち上げ、「いつ和」とコンサルティング契約を結んだうえで、成人式サロン「KiRARA」の事業を引き続き支援している。家族で子どもの成人をどう祝うか、トータル・プロデュースするというのを引き続きお店のコンセプトとしている。「いつ和」への売却時には2店舗だったものが、現在は首都圏で8店舗を展開するまでになった。年間800家族が「家族のための成人式」を形にしている。

 呉服市場にとって、成人式にはもうひとつの魅力がある。

 約半数の「男性」はほとんど着物を着ておらず、仮にレンタルで紋付き袴を着たとしても金額はわずか。まったくと言ってよいほど、お金を使っていないのだ。家族にとっては、息子の成人式も娘と変わりなく重要なイベントのはず。女性と同額の50万円を新成人の60万人の男性が使えば、3000億円の市場が生まれる。

 中西さんのアイデアで、成人を迎えた息子から母親へ「感謝」のサプライズ・プレゼントも生まれた。母親に贈るネックレスなどもサロンに用意している。成人したばかりの息子がアルバイトなどの稼ぎで買うのが前提なので、価格は4万8000円に抑えてある。

 着物が身近な存在ではなくなってきた現在、若者と着物の数少ない「出会い」の場が成人式だ。レンタルの振り袖や紋付き袴を1日着ただけで、その後一生、着物とは無縁というのではもったいない。男性の成人式での50万円や女性の未消費分25万円がすべて呉服業界に戻ってくれば、現状の呉服市場が3倍になる可能性を秘めているわけだが、さらに、成人式をきっかけに、着物ファンが生まれれば、市場拡大に結びつく。若者がジリ貧の業界を下支えする存在に変わる可能性もある。

 着物のレンタルから着付け教室、撮影場所の提供、写真撮影、アルバム製作、そしてジュエリー。成人式サロンが提案するサービス、アイテムはどんどん広がっている。花束や記念品などもさらに拡大させる計画だ。新型コロナの蔓延で止まっているが、家族旅行の提案なども視野に入っている。都内のお洒落な場所に「家族成人式場」をつくることも検討中だ。新型コロナで社会が求めるビジネスモデルが変わり始めている今、ブライダルや飲食、旅行などの他業種とアライアンスを模索したいという。

成人式の起源とは?

 もともと成人式は1946年に埼玉県蕨市で始まった「成年祭」が起源とされるが、早くも48年には「成人の日」が制定された。戦争中に若者を戦場へ送った反省がそこにはあった、と中西さんはみる。そうした社会の共感が広がったことで、「成人式」は全国に広がり、定着していった。だが、そろそろ、何のため、誰のために成人式をするのか、考え直す時期にきているのかもしれない。

 「家族のための成人式、3年目には年間2000組、5年目1万組、10年目10万組を目指したい」と中西さんの夢は広がる。「20年目には年間30万組が行うようになって、家族のための成人式が新しい日本の文化になっていると信じています」と中西さん。そうなれば、呉服業界にも再成長の道筋が見えてくるかもしれない。