「経営不在」「理事長独裁」の私立大学に歯止めはかかるか 文科省「ガバナンス改革会議」渋々発足

現代ビジネスに7月23日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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早くも骨抜き画策

私立大学など学校法人の組織体制を見直す文部科学省の「学校法人ガバナンス改革会議」が始まった。

理事の選解任権や予算決算の承認権を評議員会に与える「ガバナンスの強化」が焦点で、年内に審議結果をまとめて条文化作業に着手、2022年春に国会に私立学校法など関係法令の改正案を提出する。一方で、理事長や理事会へのチェックが強まることに私立大学経営者らが抵抗しており、これに乗った文科省も改革会議の「骨抜き」を画策しているという。

日本の私立大学は、長年にわたる国からの多額の補助金支給で「ぬるま湯」体質が続き、事実上「経営不在」の状況が続いてきた。一方、少子高齢化が進み大学の経営環境が厳しさを増す中で、教授会の位置づけを変え、理事会に経営権を集中する改革などが進められてきた。

そんな中で、一部の私立大学では「理事長独裁」による内紛が世の中を騒がせている。こうしたことから、学校法人の理事会のあり方を見直すべきだという指摘が与党などから高まり、政府は繰り返し「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)で改革姿勢を打ち出している。

2019年6月に閣議決定された骨太の方針には以下のような記述がある。

公益法人としての学校法人制度についても、社会福祉法人制度改革や公益社団・財団法人の改革を十分に踏まえ、同等のガバナンス機能が発揮できる制度改正のため、速やかに検討を行う」

少なくとも社会福祉法人や公益財団法人並みのガバナンスに変えることを政府方針として示したわけだ。

それから2年がたった今年6月の骨太の方針にも「手厚い税制優遇を受ける公益法人としての学校法人に相応しいガバナンスの抜本改革につき、年内に結論を得、法制化を行う」と書き込まれた。学校法人が享受している「手厚い税制優遇」は「国民から隠れた補助金」(1回目の会議で配布された会議の「趣旨」)なので、それ相応のガバナンスを効かせる必要がある、というわけだ。

骨太の方針閣議決定された「政治の意思」で、所管する各省庁は真っ先に対応が求められる。この骨太の方針を受けて、文部科学省も渋々なら重い腰を上げたというわけだ。

爆弾が炸裂した

実は文科省は、ガバナンス改革について、今年3月まで「有識者会議」が開かれ、改革案を検討してきた。最大の焦点が「評議員会」の位置づけ。現状の学校法人では、評議員会は理事会の下に置かれる諮問機関と位置付けられ、理事が評議員を兼ねたり、学校法人に雇用されている事務局長などが加わっているケースも少なくない。これを、理事を選任する議決機関とし、理事会の上位に置くことを想定している。

もっとも有識者会議のメンバーには学校法人関係者が多数加わっていたため、抜本的な改革への抵抗が強かったことから、報告書は玉虫色の表現に終わっている点も少なくない。このため、今回スタートした「ガバナンス改革会議」では学校法人の理事長など現職の関係者は委員から除外したうえで、ガバナンスの専門家を集めた。

座長は日本公認会計士協会の会長などを務めた増田宏一氏で、メンバーには弁護士の久保利英明氏や日本監査役協会の会長を務めた岡田譲治・元三井物産副社長、慶應義塾塾長を務め改革派として知られる安西祐一郎氏、中央大学法科大学院教授の野村修也氏などが任命された。大臣直属の会議体という位置づけで、評議員会の強化など改革点を明確化したうえで、法改正を行うこととしている。

会議の設置趣旨やメンバーをみると、文科省も遂に改革派に転じたかのように見えるが、どうも様子が違う。担当の高等教育局私学部私学行政課が、「改革会議自体を骨抜きにするか、空中分解させようと画策しているのではないか」(関係者)との見方が出ている。

会議初日に早速、爆弾が炸裂した。メンバーリストに名前がある本山和夫・東京理科大学会長(元アサヒビール副社長)が初回にもかかわらず欠席したのだが、タイミングを同じくして月刊紙『FACTA』に東京理科大のガバナンスを巡る不祥事が掲載された。

東京理科大で松本洋一郎学長が任期途中で辞任し、後任が決まらない背景に、前理事長の本山氏の存在があると名指しされ、理事長として「独断先行」を繰り返してきたとされている。

3月末で理事長は退任したものの、後任に「子分」を据え、自身は「会長」として権力を握り続けているという。ガバナンス無視の人物がガバナンス改革を担うという悪い冗談のような話になっているのだ。

ゴリ押ししたのは文科省

取材してみると、この本山氏をメンバーに加えたのは文科省の事務方で、「大臣の推薦」だとしてゴリ押ししたのだという。文科省の事務方が東京理科大の混乱を知らないはずはなく、本山氏選任は意図的だというのだ。

実は、本山氏が出てくる前の段階で候補になっていたのが、聖路加国際大学でやはりトラブルの末に理事長を辞めたばかりの糸魚川順氏だったいう。糸魚川氏は、聖路加に長年君臨した日野原重明氏の死去後に理事長になると、やはり「独断先行」を続けていたとされる。トラブルは文科大臣にも報告されていたから、やはり事務方が知らなかったはずはない。

こうしたガバナンス改革を語る「資格」に疑問符の付く人物を改革会議に送り込んだ文科省の意図は、会議自体の信頼性を損なうことで、報告を無視する意向だったのではないか、と見られている。さすがに本山氏は委員を辞任せざるを得ないとみられる。

関係者によると、座長の増田氏がガバナンス会議の設置趣旨を公表するよう求めたにもかかわらず、文科省は最後の最後まで公開に抵抗したという。

他の省庁ならばホームページの冒頭に設置根拠や位置づけを書くのが普通だが、ようやくホームページに掲載された、趣旨を記載されたペーパーには、何と「参考」と書かれている。

会議で自分たちの意にそぐわない結論が出た場合には、会議の結論はあくまで参考だとして、自分たちのやりたいように法改正する準備をしているのだという疑念も改革会議メンバーの間に生まれている、という。

文科省自身が、私立学校の現職経営者の顔色を伺い、理事会のやりたい放題にを是認しようとするのは、文科省の官僚たちが大学法人の常務理事や事務局長などとして天下っていることと無縁ではないだろう。