「帰省シーズンにデルタ株が全国にばらまかれる」ワクチン頼みの"お祈り政権"の罪深さ 接種で一発逆転祈るだけの無策ぶり

プレジデントオンラインに8月6日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/48578

東京都の検査数が圧倒的に少ない

政府の「無策ぶり」が一段と鮮明になってきた。

菅義偉首相は7月30日に記者会見を開き、新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言を東京と沖縄の2都県から、神奈川・埼玉・千葉・大阪を加えた6都府県に拡大することを表明、8月2日から実施された。ところが「不要不急の外出自粛」といった従来の要請を繰り返すばかりで、国民の間に「危機感」はまったく共有されていない。緊急事態宣言も名ばかりの状態になっている。

その結果、人流の抑制は進まず、感染力の強いインド由来の変異株「デルタ株」が急速に拡大。新規感染確認者数はまさに「爆発的」に増加している。記者会見翌日の7月31日には東京都の新規感染確認者数は4058人と過去最多を記録。8月2日には神奈川県で1686人と過去最多、5日には埼玉県で1235人、東京都で5042人といずれも最多を更新した。感染爆発は一向に収まる気配を見せていない。

深刻なのは東京都の7日間移動平均の検査数が1万2000人ほどにすぎず、陽性率が20%を超えていること。検査数が圧倒的に少なく、おそらく無症状の感染者が相当数市中に広がっているとみられることだ。政府は早い段階で保健所の人員不足を理由に感染源を探る疫学調査を事実上断念、濃厚接触者の定義を狭めて検査数を抑える対応を取ってきた。海外諸国が検査の徹底で感染源を突き止め、ウイルスの封じ込めを目指したのとは対照的だ。東京都の陽性率を見る限り、いまだに発症者とそのごく周辺しか検査していないことがうかがえる。

百貨店、選手村…政府の無策による「人災」ではないか

市中への感染拡大を如実に示しているのが、人の集まる場所での突然のクラスター発生だ。

大阪梅田の阪神百貨店本店で販売員の間でクラスターが発生。7月31日から2日間全館臨時休業に追い込まれた。感染者は8月4日時点で128人に達した。東京・JR新宿駅の商業施設「ルミネエスト新宿」でも店舗の従業員ら59人の感染が確認され、8月4日に臨時休業して一斉消毒した。

無観客開催に踏み切り、「安全・安心な大会を実現する」(菅首相)としてきた東京オリンピックも、開幕以降、連日感染者が確認されている。8月4日にはついに選手村でクラスターが発生。大会関係者の感染者は累計で350人を突破した。

こうした感染爆発は、デルタ株の水際対策の遅れなど、政府の無策による「人災」の色彩が強いが、今回も政府が打ち出したのは驚くべき対応だった。

「原則自宅療養」なら明らかに撤退戦だ

厚生労働省が8月2日に、感染者の多い地域では原則、入院対象者を重症患者や特に重症化リスクの高い人に絞り込み、入院しない人を原則自宅療養とする方針を公表したのだ。これまで「原則」だった入院や宿泊療養を自宅療養に変更したのである。感染者数が急増し、医療現場がひっ迫し始めていることから、重症者や重症化リスクの高い人に優先的にベッドを割り当て、その他の人は自宅で待機してもらうという、明らかに「撤退戦」だった。

この方針には真っ先に野党が噛み付いた。

国会で質問に立った立憲民主党長妻昭氏は「入院すべき人ができない状況であり、人災だ。全国の医療関係者に結集してもらい、宿泊療養を大幅に拡充する方向に、方針を整えるべきだ」と政府を追及した。菅首相は会見で、「重症患者や重症化リスクの特に高い方には、確実に入院して頂けるよう、必要な病床を確保します」と火消しに回ったが、批判の声は燎原の火のように広がった。連立与党の公明党のみならず、自民党内からも方針撤回を求める声が上がったのだ。

追い込まれた田村憲久厚労相は8月5日の国会答弁で、「中等症は原則入院だ」と再度の方針転換と取れる発言をしたが、立憲民主党石橋通宏議員に「(都道府県などへの)事務連絡を撤回して国の基準を出し直さないと大混乱に陥る」と突っ込まれた。国の対応はまったく腰が据わっていない。

医療機関のひっ迫は予想されていたことだ

実は、感染爆発が起きれば、医療機関がひっ迫することは当初から予想されていた。その対策が必要だとされていたにもかかわらず、政府は手をこまねいていたのである。

もともと感染症法では、新型コロナなどの陽性者が確認されると、軽症や無症状でも入院が原則だった。今年2月に感染症法が改正され、「宿泊療養」や「自宅療養」が法的に規定されたが、それは感染症患者を「隔離」する場所を病院以外に定める視点から出されたもので、そこでの医療提供を保証する観点からではなかった。都道府県知事に、「宿泊療養・自宅療養者に対して食事の提供・日用品の支給など、市町村長と連携する努力義務を課す」としているだけで、医療提供体制はあくまで病院や医師の「協力」が前提になっている。都道府県知事には医療機関に対して、病床を提供するよう命令することもできない。

「一体政府は何をやってきたのか」

こうした問題は早くから指摘されてきた。

 

1月13日に2度目の緊急事態宣言を発出した時の菅義偉首相の記者会見でのことだ。記者からこんな苦言をぶつけられた。

「総理、今日、会見を伺っていると、基本的に国民にいろいろ協力を求めるというお話をずっとされてきましたが、もう一つ我々が是非知りたいのは、その間、一体政府は何をやってきたのか」

半年以上たった今、この発言を繰り返したい気持ちの国民は多いに違いない。記者氏は、その上で、こんな質問をした。病院の病床を新型コロナ患者用に転換するのは病院任せで、お願いするしかない状況だが、都道府県知事に強制力を持たせるような医療法などの改正は政府のアジェンダに入っていないのか、というものだった。

これに対して菅首相は「ベッドは数多くあるわけでありますから、それぞれの民間病院に一定数を出してほしいとか、そういう働きかけをずっと行ってきているということも事実であります」と述べるにとどまった。

「ベッドは数多くある」のは事実だが…

菅首相が「ベッドは数多くある」と言ったのはウソではない。この記者会見の後、塩崎恭久・元厚労相が自身のブログで、問題点を暴露した。

「報酬面でも『特定機能病院』として優遇され、人材も豊富でありながら、22もの大学病院が重症患者を1人も受けていなかったり、今でも法的に厚労大臣が有事の要求ができる国立国際医療研究センターが重症患者をたった1人しか受けていない状態を放置していることの方が問題だ。ちなみに東大病院には約1000人の医師がいるが、重症患者受け入れはたった7人だ(いずれも、1月7日現在)」と数字を上げて批判した。その上で、「知事と厚労大臣に重症・中等症者の入院につき、大学病院、公的病院等に対し、要請と指示ができるよう明確に法定するとともに、そうした受け入れ病院への公費補助、および他の医療機関からコロナ中核施設に一時的にサポートに入る医師の身分保障などを明確に規定すべきだ」と書いていた。

だが、結局、状況はその後もまったく変わっていない。政府は目の前の感染状況に右往左往するばかりで、抜本的な制度整備を行っていないのだ。このままでは、感染者の激増によって、着々と医療崩壊への淵へと押し流されていくことになるだろう。

「ワクチンで一発逆転」を祈っているだけ

医療体制の整備だけではない。本来、政府がやるべきことはたくさんある。

 

例えば、本気で人流を減らそうと思えば、欧米諸国のように「ロックダウン」に踏み切るなど厳しい措置を取ることも考える場面が出てくるかもしれない。だが、菅首相はそうした準備を言下に否定した。7月30日の会見でのことだ。

記者が、ロックダウンを可能にする法整備の必要性について検討する考えはあるかと聞いたのに対し、菅首相はこう答えたのだ。

「日本においてロックダウンという手法というのですか、そうしたことはなじまない、私はこのように思っています」

その上で、こう付け加えた。

「飲食に重点を与えての対策だとか、そういう対策で日本はやってきたのですけれども、今、ワクチンが明確に効くというのは日本でも結果が出ていますから、一日も早く、一人でも多くの方に接種できるような、そういう体制をしっかり組んでいきたい。ここが一番大事だと思っています」

つまり、緊急事態宣言で「飲食の自粛」など、これまでやってきたことよりも、ともかくワクチンだ、というのである。逆に言えば、ワクチン接種が進めば状況が劇的に改善する「ゲーム・チェンジャー」になるとただひたすら祈っている様子なのだ。もちろん、ワクチン接種が進めば、それで感染が終息する可能性はある。

法整備に着手しておくのは当然のこと

だが、ワクチン頼み一辺倒になり、他の手を打たないのは、国の指導者の態度としていかがだろう。原子力発電の「安全神話」一辺倒で、万が一の事故リスクから目をそらしてきたのと同じではないか。ワクチンが効かない変異株が登場するリスクもささやかれる中で、医療崩壊を避けるために病床使用の割り振る権限を知事や大臣が持つための法改正や、人流を抑える「ロックダウン」を可能にする法整備などに着手しておくのは当然ではないのか。少なくとも国会でそうした議論を始めなければ、危機に対応することは難しい。

知事会などはお盆の時期の帰省を見合わせるよう求めている。だが、無策を繰り返す政府の声に真剣に耳を傾ける人の数は確実に減ってしまっている。首都圏から全国へと若者の人流が拡大すれば、感染力の強いデルタ株を全国にばらまく結果につながる懸念が強まっている。医療機関の少ない地方での感染拡大は重症化や死者の増加に拍車をかけることになりかねない。