最低時給の大幅引き上げは地方経済にプラスかマイナスか  最下位は高知と沖縄?

現代ビジネスに8月13日掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/86204

これでは地方から若者が流出

10月からの適用に向けて各都道府県の「最低賃金」が続々と決まっている。7月に国の中央最低賃金審議会が時給を現状より28円を目安に引き上げるよう答申したのを受けて、都道府県の審議会が額を決定している。全国で最低賃金が最も高くなるのは東京都で、現状の1013円が1041円になる。

一方、最低賃金がこれまで全国最下位だった7県は対応が分かれている。島根、大分、秋田、佐賀、鳥取の5県は、「最下位脱出」に向けて目安を上回る引き上げを行った。中でも島根県は目安を4円上回る32円の引き上げを決め、824円とした。

高知県は目安通り28円の引き上げにとどめ、最低時給は820円となる。沖縄は経営者が大幅な賃上げに強く反発。実施時期の半年後ろ倒しなどを求めるなど、ギリギリまで審議会での結論が出ない状況が続いた。沖縄が国の目安通り820円で決着すれば、全国最下位は高知と沖縄ということになる。ともに3年連続の最下位。

国は安倍晋三内閣時代から最低賃金の引き上げを基本方針として定め、毎年3%をメドに引き上げてきた。全国加重平均は2016年から4年連続で3%を超えていたが、昨年は新型コロナウイルスの蔓延による経済停滞から0.1%の伸びに留まった。今年は国が示した目処の段階で、加重平均が930円(従来は902円)と増加率は3.1%とした。

最低賃金の決め方は、全国をAからDまでの4つのランクに分け、それぞれに引き上げ額のメドを示してきた。今年は4地域とも同じ28円としたことで、全体として最低賃金が低い九州や東北などの地方の方が引き上げ率が高くなる結果となった。自民党の中には最低賃金を全国一律とすべきだという主張があり、これに配慮した格好だと受け止められている。

それでも最上位の東京都と最低の高知県では時給で221円もの開きがある。物価が安いなど生活水準の差があるので、賃金が低いのは当然だという指摘がある一方で、より賃金の高い都市部に若者が移住し、過疎化に拍車がかかると危惧する声もある。

島根県大分県などが目安を上回る引き上げをしたのは、「全国最下位」という汚名を返上したいということもあるが、若者が県境を超えて他県に働きに行ってしまうことを避けたいという思いが強い。地方では少子高齢化の影響が大きく、特に若者世代の人手不足が深刻化している。

経営側は難色を示すが

政府はかねて全国平均で時給1000円を目指すとしてきた。今年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」でも「我が国の労働分配率は長年にわたり低下傾向にあり、更に感染症の影響で賃金格差が広がる中で、格差是正には最低賃金の引上げが不可欠である」としていた。

もっとも、今年の引き上げで全国すべての都道府県の時給が800円を超えることになるものの、3%の引き上げではさらに7年を要する計算になる。

最低賃金の引き上げについては、経済にマイナスになるという主張も根強くある。日本商工会議所(三村明夫会頭)、全国商工会連合会(森義久会長)、全国中小企業団体中央会(森洋会長)は今年4月、三団体連名で、最低賃金を据えおくよう求める要望書を出した。 

それでも政府の審議会が引き上げを決めると、三村明夫会頭は「中小企業・小規模事業者の窮状、とりわけ困窮している飲食業や宿泊業などの事業者の実態や痛みを理解していない」と批判。「多くの経営者の心が折れ、廃業がさらに増加し、雇用に深刻な影響が出る」と述べた。

最低賃金の引き上げは経済にマイナスだ、というのだ。この点、政府と三村氏の見方は180度違う。

政府は骨太の方針で、こう書いている。

「新分野への展開等の事業者の前向きな取組や、人材への投資、成長分野への円滑な労働移動を強力に推進するなど守りから攻めの政策へと重心を移し、経済全体の生産性を高め、最低賃金の引上げを含む賃金の継続的な上昇を促す」

つまり、人手不足が深刻化する中で、成長性・生産性の高い企業に「労働移動」させる政策を取ることで、賃金の継続的な上昇を促していく、というわけだ。最低賃金を払えないような生産性の低い事業者には廃業してもらい、生産性の高い事業者への労働シフトを起こさないと日本経済は成長しない、と言っているわけだ。

国際比較で極端に低い日本の賃金

確かに国際的にみても、日本の賃金は安い。特に外食産業などの時給は国際比較すると極めて低い。

しばしばマクドナルドの「ビッグマック」が物価水準を比べる指標として使われるが、米国が5.65ドルに対して日本は3.55ドル。先進国で最も高いスイスの7.04ドルはともかく、シンガポールの4.31ドルや韓国の4.00ドル、タイの3.90ドルよりも安い。マクドナルドの場合、食材などはグローバル調達を行って原価にはそれほど大きな違いはないので、価格が安い最大の理由は人件費ということになりそうだ。

最低賃金820円で、法定労働時間の上限である2085時間をフルに働いたとして、年収は170万円あまりだ。最低賃金で働いているのはパートやアルバイトなどが中心とはいえ、この水準の賃金すら払えずに「心が折れ」て「廃業する」経営者が本当にいるのだろうか。日本商工会議所などはここ数年、最低賃金を引き上げたら失業者が増えて経済にマイナスになると言い続けてきたが、実際にはそうした事態には至っていない。

それよりも、足元の消費低迷が深刻化している理由は賃金が増えていないことにありそうで、昨年、商工会議所などの要望を入れて最低賃金引き上げを見送ったことが、むしろ経済にマイナスだったと言えるかもしれない。

賃金が増え、それが消費に回って、企業収益が盛り上がる。そういった経済好循環を起こすには、思い切った最低賃金の引き上げの方が効果がありそうだ。