「しっかり検証」「幅広く検討」役所風の答弁を繰り返す菅政権に見えていない"最悪の事態" 次の経済危機が来たらどうするのか

プレジデントオンラインに8月23日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/49112

緊急事態宣言を出しても感染拡大が止まらない

後手後手に回っている政府の新型コロナ対策が、日本経済を深刻な危機の淵に追い込もうとしている。

東京に出ていた3回目の緊急事態宣言を6月20日に解除したのが、あたかも号砲だったかのように、インド由来の変異型「デルタ株」が猛威を振るい感染者の急増が始まった。早くも7月12日に4回目の緊急事態宣言発出となったが、時すでに遅し。爆発的な感染拡大が止まらない事態になった。8月20日からは、緊急事態宣言をそれまでの6都府県から13都府県に拡大。まん延防止等重点措置も16道県に広げたが、それでも感染拡大は止まっていない。

緊急事態宣言中にもかかわらず、感染拡大が広がっているのは、もはや政府の言うことに従わない国民が増えているため。酒類の提供停止を求められているにもかかわらず、東京の繁華街では酒を提供する店が増加、若者の間に感染が広がった。新型コロナに感染しても若年層の場合、重症化せず、死亡する例がほとんどなかったことも「自粛無視」につながった。そのうえ、国や都道府県が出す休業補償だけでは店舗の維持が難しいことから、「もう経済的にもたない」という声が強まった。

ワクチン接種完了前に感染爆発が起きた

人々が納得する明確な証拠(エビデンス)がないまま「酒」を目の敵にしてきた政府の姿勢も裏目に出た。デルタ株のまん延以降は、酒を提供する飲食店だけでなく、百貨店の売り場など大型商業施設や学校などでクラスターの発生が相次いだ。酒を伴う飲食が感染源になるとしても、混雑した通勤電車の利用や、オフィスでの勤務、通常の買い物は感染しないのか、疑問を持つ人が多かった中で、政府が百貨店の地下食品売り場「デパ地下」の感染対策強化を打ち出したことで、これまで政府が言ってきた対策の不備が誰の目にも明らかになった。

「この危機を乗り越えるという強い決意の下で、医療体制の構築、感染防止、ワクチン接種という3つの柱からなる対策を確実に進めてまいります」――。

8月20日からの宣言拡大を決めた8月17日。記者会見に臨んだ菅義偉首相の言葉は、いつも以上に空疎だった。ワクチン接種の広がりが事態を打開する「ゲームチェンジャーになる」と言い続けてきたが、そのワクチン接種が完了しない段階で感染爆発が起きた。ワクチン接種が行き届かない比較的若い世代で感染が拡大。当初の予想に反して重症化するケースも増えたことから、医療体制のひっ迫が現実のものになった。これまでの感染防止対策が不十分だったことから感染爆発を止められず、結果的に医療体制が崩壊の危機に直面している。

1回目の緊急事態宣言から1年半近くが経っているにもかかわらず、欧米並みの感染爆発が起きるという「最悪の想定」をせず、医療体制の抜本的な再構築も行わなかった。政府の対策が「後手後手だ」と批判されても仕方がないだろう。

危機を前にしても「しっかり検証」「幅広く検討」

感染対策にあたって、菅首相はこれまで、ロックダウン(都市封鎖)は日本になじまない、と発言してきた。17日の会見でも、ロックダウンをできるように法整備する可能性、必要性はないのかと聞かれた菅首相はこう答えた。

「諸外国のロックダウンについて、感染対策の決め手とはならず、結果的には各国ともワクチン接種を進めることで日常を取り戻してきているというふうに理解しています」

これまでのワクチン「一本足打法」とも言うべき、ワクチン頼みの姿勢を繰り返したのだ。ただ、その上で、こうも付け加えた。

「新型コロナというこの非常事態について、今後、しっかり検証して、感染症に対するための法整備、こうしたことも含めて幅広く検討しなければならない、私はこのように思っています」

面前に危機が迫っている中で、まだ「しっかり検証」「幅広く検討」と役所の答弁のようなことを言っているのだ。緊急事態に対応するための法整備の必要性については2020年秋の臨時国会の時から指摘されてきたが、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」や「感染症法」の改正に着手したのは2021年の通常国会から。しかもその改正では知事の権限などが不十分だという指摘は根強くあった。例えば、都道府県が医療機関に対して新型コロナの患者を受け入れるように要請や勧告を行うことができるようになったが、「命令」ではなく、しかも、従わない場合でも病院名の公開だけという甘い規定にとどまった。

菅首相も会見で「現実問題としてはこうした規定があまり使われずに、自治体からの事実上の要請に基づく病床の確保にとどまっております」と法改正が効果を発揮していないことを認めていた。

ロックダウンの法整備は準備されないまま

ロックダウンに至っては、法整備はまったく着手されておらず、国会も閉じられているので、議論すらされていない。なぜ、最悪の事態を想定して法改正など準備をしておくことができないのだろうか。

ロックダウンをした場合、経済への打撃が大きいということもあるのだろう。だが、ロックダウンもせず、自粛が守られない緊急事態宣言を長期にわたって出し続けることの方が、経済への打撃は大きい。ニュージーランドのように、感染者が数人確認されただけで、ロックダウンを行い、短期間でウイルスの撲滅を狙う方が、経済活動を止める期間を結果的に短くできる。日本はデルタ株が国内に入ってきた今年4月から5月にかけて、「水際対策」で失敗を犯し、感染の広がりを止めることができなかったことが今の感染爆発につながっている。

「ラムダ株」でも水際対策で大失策

最悪のケースは、このまま感染爆発が収まらないところに、さらに変異株が上陸し、第6波の感染拡大が起きること。すでに南米由来の変異株「ラムダ株」が7月20日に国内で確認されていたことが分かっている。これは五輪関係者によって持ち込まれたが、驚くことに同じ飛行機に乗っていた濃厚接触の可能性がある人のリストを厚生労働省自治体や五輪組織委員会に伝達するのを「忘れていた」ことが五輪終了後になって発覚した。ラムダ株は感染力がより強いとされるが、重症化リスクが高まるのか、ワクチンが効くのかといったことはまだ分かっていない。本来は国内への侵入を防ぐ「水際対策」を徹底するべきだったのだが、またしても水際対策で重大な失策を犯したことになる。

厚労省は「ミス」だとしているが、五輪が終わるまで意図的に隠していたのではないか、と疑念を抱く人も少なくない。政府への信頼は地に落ちている。

経済活動の凍結は、経済弱者の生活を直撃する

第5波、第6波の感染爆発で、医療ひっ迫が深刻化し、医療現場で重症患者を救えずに死者が増加するようなことになれば、国の指示にかかわらず、国民は自主的に経済活動を止める事態に陥るだろう。そうした経済活動の凍結は、多くの経済弱者の生活を直撃することになりかねない。女性のパートや学生アルバイトなど非正規雇用が再び大きく減れば、生活が成り立たず、困窮する人たちが出てくることになる。

これまでの緊急事態宣言の繰り返しで、日本経済の回復は芳しくない。8月16日に速報が発表された4~6月期のGDP国内総生産)は実質の季節調整値で年率1.3%の増加だった。昨年4~6月期に28.2%減と大幅に落ち込んだ後、7~9月期は22.8%増、10~12月期は11.9%増と回復基調に入ったが、今年1~3月期は緊急事態宣言の影響で再びマイナス3.7%転落した。4~6月期はかろうじてプラスだったが、個人消費の勢いは乏しい。このままだと、7~9月期は再度マイナスに転落する可能性も出てくる。

次の経済危機に、政府は備えているのか

例えば、米国は昨年4~6月期に31.4%も落ち込んだが、その後、7~9月期以降はプラス成長が続き、新型コロナ前の2019年10-12月期)の水準を上回った。一方の日本は2019年10月の消費増税前の7~9月期の水準を3.4%、年換算で19兆円あまり下回ったままだ。政府は「年内」にコロナ前に回復するとしているが、暗雲が漂っている。

 

経済的な影響が深刻になった場合、最悪のケースを想定して政府は備えているのだろうか。2020年4月には国民ひとり一律10万円の特別定額給付金の支給を決めたが、行き渡るまでに数カ月を要するなど大混乱した。次の経済危機が来た時には、本当に必要な人に、必要な分の給付を行うことができるのか。システムの整備など準備はできているのか。米国は定額給付金の支給をすでに3回行った上、失業者には手厚い失業手当を給付した。その結果、消費が盛り上がり、経済が急速に回復している。

菅首相が頼みにするワクチンが効かない変異株が登場する最悪の事態が来たらどうするのか。最悪の事態を想定し、法律を整備して備えておくのが、政府とトップである首相に課せられた役割だろう。