「新自由主義的な政策」を否定した岸田文雄氏で日本経済は復活するか  腹いせか、考え抜いた結論か

現代ビジネスに9月10日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/87115

ひと言でいえばアベノミクス批判

菅義偉首相が9月末の自民党総裁選に不出馬を表明、1年あまりで首相を退陣することとなった。総裁選では次の首相を選ぶこととなり、俄然、政局を巡る動きが活発化している。総裁選に出る各候補は、それぞれ自らの政策を明らかにしていくことになるが、真っ先に出馬表明した岸田文雄・元政調会長が新型コロナ対策に続いて「経済政策」を発表した。

小泉内閣以降の新自由主義的政策は、我が国の経済に成長をもたらす一方で、持てる者と持たざる者の格差が広がりました。成長だけでは人は幸せになれません。成長の果実が適切に分配されることが大事です」

岸田氏は9月8日の記者会見でこう述べた上で、「新自由主義から転換し、成長と分配の好循環を実現するため、『国民を幸福にする成長戦略』『令和版所得倍増のための分配施策』などを進めます」とした。

ひと言で言えば、アベノミクス批判である。同日、総裁選への出馬表明の会見を開いた高市早苗氏が、アベノミクスを踏襲する「サナエノミクス」を打ち出したのと対照的だった。高市氏は安倍晋三・前首相の支援を取り付けており、安倍氏の路線を継承する姿勢を示したものとみられる。

岸田氏が小泉内閣以降の自民党政権を「新自由主義」だと断じ、その転換を打ち出したのには正直驚いた。岸田氏は安倍政権下で政策立案を担う政調会長も務めてきたから、自身が進めてきたことを批判したと見ることもできる。だが、本当にそこまで考え抜いた末の「政策転換」なのか。それとも、禅譲を期待した安倍氏に2度までも裏切られた腹いせか、劣勢を跳ね返すための賭けなのか。

世界的潮流、格差是正

確かに格差の拡大は大きな問題だ。自民党政権を批判する立憲民主党など野党は、これまでの政策の延長戦から考えても、次の総選挙で「分配論」を展開するのは明らかだ。自民党が劣勢なのを挽回するために、野党の専売特許とも言える分配論を取り込んだということなのだろうか。今ひとつどこまで本気なのかが分からない。

岸田氏は「新しい日本型資本主義」を構築すると言う。欧米でも「貪欲な資本主義」に対する批判が強まっており、政策的に修正する動きが強まっている。中国でも、まず豊かになれる者から豊かになる「先富論」は影をひそめ、富裕層への批判が強まっている。いずれも格差の拡大が深刻な社会問題になっているからだ。

日本も確かに貧富の格差が広がっているが、中国や米国のそれに比べて程度は大きくない。むしろ、経済成長が止まり、「失われた20年」がまもなく「30年」へと達しようとしており、経済をどう成長路線に戻すかが大きな課題になってきた。アベノミクスで目指した成長重視は、「新自由主義」と呼ぶには効果が乏しかった。

「成長と分配の好循環」「国民を幸福にする成長戦略」「所得倍増のための分配施策」ーー岸田氏が言うキャッチフレーズは、いずれも耳に心地よい。

だが、本当にそんな事が実現できるのか。人口が急速に減少し、全体のパイが小さくなる中で、富を生み出す勤労世代が減って、年金や医療費を必要とする高齢者世代が激増する中で、「分配」から手を付けることは至難の技だ。大きくなっていくパイを分けるのは容易いが、パイの縮小を応分に負担すること、つまり負担の押し付け合いが起きることになる。増大する富を分配する「政治」はある意味やさしいが、負担を求める「政治」は簡単ではない。

新陳代謝回避では日本は生き残れない

小泉政権以降の「新自由主義」と呼ばれてきた時代、規制改革で競争を促すことに力を注いだ。既得権を持つ業界などはこれに強く抵抗した。岸田氏の言う「新自由主義からの転換」というのが何を指すのか今ひとつ判然としないが、「規制を強化」し、「競争を起こさない」ような政策を採るということになるのだろうか。

当然、そこからは新しい産業やサービスは生まれない。新型コロナウイルスの蔓延で社会生活は大きく変わったが、「ポスト・コロナ」に向けた産業構造の転換は、世界に比べて日本は遅いのが実情だ。

米国は新型コロナの影響を大きく受けた企業が破綻した場合、手厚い雇用保険で労働者の生活を守った。一方、日本は既存の企業に「雇用調整助成金」を支給することで、雇用を抱えさせる政策を取った。「倒産は悪」というイメージが染み付いた日本では、企業の新陳代謝を促す政策は取れず、結果、産業構造の転換はなかなか進まない。

アベノミクスの初期に企業の新陳代謝を促進しようとした際、クビ切りを促進する新自由主義的政策だと批判を浴び、頓挫したことがある。「新自由主義から転換」する政策で、こうした産業構造の転換や企業の新陳代謝を進めることができるのかどうか。

「新しい日本型資本主義」というのも、言うのは容易いが、実際にできるものなのかどうか。そもそもこれまで言われてきた「日本型経営」は、アンチ欧米型経営、つまり欧米型の競争を批判するための言葉で、何が日本型経営なのか曖昧なまま言葉だけが一人歩きしてきた感がある。「三方よし」のような日本型の美徳は実際あり得るが、それをどう経済政策や経営に落としていくか。

グローバル化が進んだいま、かつてのような高所得者に猛烈な税率を課して所得を再分配することは難しい。かつての民主党政権が、国民に受けの良いばらまきに終始し、将来へのツケという形で借金を大きく増やしたことを思い出すべきだろう。

日本は財政赤字から脱却できないまま、新型コロナ対策に巨額の財政資金を使い続けた結果、「国の借金」は1200兆円を突破した。分配で豊かになると言う聞こえの良い話は「幻想」ではないだろうか。