「良い円安」なんて言ってきたツケ、日本人はすっかり貧しくなった そろそろ幻想から目を覚ませ

現代ビジネスに10月29日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/88752

「良い円安」などというものがあったのか

最近、メディアが「悪い円安」が問題だと言い出した。だが、そもそも「良い円安」なんてものがあったのだろうか。輸出企業にとっては円安が進めば輸出量が増え、利益が増えるが、その利益は国民全体を豊かにしてきたのか。

総選挙ではほとんどの政党が「分配」を声高に叫ぶ異常事態に陥ったが、問題は円安で結局、日本の購買力が落ち、全体が貧しくなったことが、人々が「格差拡大」と感じる主因で、一部の成功者から富をむしり取ったとしても全体が豊かになるわけではない。そもそも自国の通貨が弱くなることをこれほどまでに喜んだ国は珍しいのではないだろうか。

新型コロナウイルスの蔓延は早晩、収束する。欧米では感染は完全には収束していないものの、重傷者や死者が減ったことで経済活動を再開させ、米国ではGDP国内総生産)が新型コロナ前を上回り、過去最高になった。世界的に経済活動は動き出すに違いない。

そんな中で、各国が海外渡航のハードルを下げれば、再び日本ブームがやってくるのは間違いない。なぜなら、日本は猛烈に「安い」からだ。

東京オリンピックパラリンピックが予定されていた2020年に、日本にやってくる訪日外国人は、4000万人を突破する目論見だった。新型コロナで国際間の人流が止まり、目標は夢と消えたが、ポストコロナで経済が再開すると、一気に4000万人を突破するのではないか。

日本人が感じているように、アジアの人たちも、行動制限にほとほと嫌気が指し、旅行に行きたくて仕方がない「餓えた」状態になっている。制限の扉が開けば、一気に海外旅行がブームになるだろう。

買われる日本

その時、為替が円安に振れている日本は、誰もが行きたがるホットスポットになるに違いない。何せ、信じられないくらい安いのだ。東京駅前のレストランでランチに4品のコースを食べて20ドル。もはやそんな国は先進国はおろか、新興国にもあり得ない。

シンガポールでレストランに入って、コース料理のランチを取ったら、数倍の請求が来る。アジアに行けば物価が安かった、というのは円高だった頃の日本人の特権だった。為替レート自体は昔と変わらないように見えても、経済成長が続いてきた海外の物価は上昇している。この20年の間に同じ1ドルの価値は劇的に下がっているのだ。

小室圭さんと結婚して皇室を離れた眞子さんは、夫婦でニューヨークのワンベッドのマンションに住むと報じられているが、月の家賃は50万円はするだろうと言われている。決して高級マンションではなく、この20年、不動産価格が上昇してきたニューヨークならば当たり前の水準だ。米国はおろか、アジアに行ってもホテル代は日本より高い。

今、日本に高級リゾートホテルなどがホテルを続々と開業している。円安で日本の資産が「安い」からだ。しかも投資を回収するためのターゲットは「貧しくなっていく」日本人ではない。京都の高級ホテルは、ポストコロナの大ブームに世界から押し寄せる外国人をターゲットにしているのは明らかだ。1泊10万円以上が当たり前になるだろうが、そんな価格を支払える日本人はごく一部だろう。

日本にありながら、日本人が近寄れない高級ホテルが続々と誕生しそうだ。戦後の帝国ホテルは外国人ばかりで、日本人は出入りできない「高嶺の花」だったが、そんな光景が再現しかねない。それが通貨安の現実だろう。

世界は金利引き上げムード

景気回復で日本の先を行く欧米は、インフレを抑えるために金利の引き上げに動きつつある。日本は景気回復が遅れているうえ、政策的にも金利引き上げには動けないため、相対的な金利差から、為替はさらに円安が進む可能性がある。そうなれば、日本人はエネルギーを輸入するにも、食糧を手に入れるにも今以上に「買い負ける」ことになり、輸入物価の上昇で生活はさらに苦しくなる。

では、どうやって、その悪循環から抜け出すか。政治家が言うように、「分配」政策で、企業が一気に給与を引き上げるならば、それが流れを逆転させるきっかけになるかもしれない。だが、政治が企業に給与の引き上げを迫れるのは、せいぜい最低賃金の引き上げだけで、国民全体の所得を一気に増やすことにはならないだろう。

現実には、もっと「稼ぐ」しかないのだ。当面は、「安く」なった日本を売りにして、儲けるしかないだろう。もう安売りは止めて、訪日外国人からしっかりお金を取ることだ。

観光立国のスイスは、旅行者にお金を落とさせる仕組みを作っている。例えば、鉄道にしても、観光客として登山鉄道などを利用した経験がある人も多いだろうが、料金は猛烈に高い。ところがスイス国民の大半は国内全線乗り放題の年間パスを所有していて、旅行者とは比較にならない低料金で利用している。外国人旅行者から儲ける仕組みが出来上がっているのだ。

そうして、徐々に、「円安政策」を転換していくべきだろう。日本のGDPの6割は消費が占めている。輸出依存度は韓国などとは比較にならないほど低い。輸出立国だから円安がプラスというイメージは間違っているのだ。

強い通貨を持てば、世界を安く買うことができるが、円安を放置すれば、どんどん日本が安く買われていく。土地やビルなどばかりではなく、人材も買われていく。給与が高い外国企業に有能な人材はどんどん流れて行ってしまうのだ。強い円で給与をもらえばメリットがあった外国人労働者も、円安になれば日本にやってこなくなるだろう。

そろそろ「良い円安」の幻想から目を覚ます時ではないか。