現代ビジネスに12月1日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/89825
やっと田中理事長に辿り着いた
日本大学の田中英寿理事長が逮捕された。直接の逮捕容疑は日大関係業者からのリベートなどを申告せず2018年と2020年の所得税あわせて約5300万円を脱税した疑いだが、日大では7月に現職理事が背任容疑で逮捕、起訴されており、その資金が理事長に還流していたのではないかとみられていた。
背任事件では田中容疑者の自宅や理事長室が家宅捜索され、その過程で自宅から2億円余りの現金が見つかったという。背任容疑で逮捕された医療法人の前理事長は田中容疑者に資金提供したことを認めているが、田中容疑者は金銭の授受を一貫して否定してきたとされる。
これまでも田中理事長を巡る疑惑が繰り返しメディアで報じられてきた。田中理事長の権力は絶対で業者の間では「田中帝国」と呼ばれたが、これまで司直の手は入らなかった。
かつて、月刊誌「ファクタ」が連載で疑惑を追及したが、日大側がファクタ出版を名誉毀損で訴え、ファクタ側が敗訴したことで、メディアの多くも腰が引けていた。今回の背任事件でも、政官界に幅広い人脈を持つ田中理事長までたどり着けないという見方があったが、東京地検特捜部は立件の難しい背任ではなく脱税容疑で逮捕、突破口を開いた。
田中容疑者は1969年日大卒業後、日大の職員となり、相撲部コーチや監督を歴任。1999年には理事に就任した。2008年に理事長に就任して以来、13年にわたって理事長を務めている。この間、暴力団関係者とのつながりが疑われたり、工事発注業者からの金銭授受疑惑が報じられたが、理事長の座を追われることはなく、「帝国」を築いてきた。
アメリカンフットボール部の危険タックル問題では世間の強い批判を浴びたが、当時、常務理事だった監督とコーチが理事を辞任したものの、田中理事長は記者会見にすら現れなかった。その際、理事を辞任した田中理事長の側近だった井ノ口忠男氏はその後理事に復帰していたが、今回の背任事件で7月逮捕されている。
学校法人が「帝国」になる仕組み
繰り返し疑惑が浮上していながら、田中容疑者は「帝国」を維持できたのか。そこには大学特有の甘いガバナンス体制の問題がある。大学などの学校法人は理事長に権限が集中し、強大な権限を一手に握れる体制になっている。
日本大学の場合、常務理事は理事長が事実上指名できる仕組みになっており、この常務理事が通常の業務を執行する権限を握っていた。また、理事長以外の理事は法人を代表する権限を持たないため、すべて理事長に決裁権限が集中していた。
一方、通常の財団法人や社会福祉法人では理事を選解任する権限を「評議員会」が持っているが、大学の評議員会は理事会の諮問機関に過ぎず、理事会は意見を聞けばそれで済む法規制になっている。また、評議員には現職の職員や理事もなれる制度になっており、実質的に理事長には逆らえない仕組みが出来上がっている。
つまり、学校法人の仕組み自体が、田中容疑者のような理事長を生む危険性を内包しているのだ。
2021年8月には明浄学園の理事長だった大橋美枝子被告が大阪高裁で懲役5年6カ月の実刑判決を受けたが、大橋氏は多額の寄付をきっかけに理事に就任、その後、理事長を譲り受けたことで実権を握り、付属高校の校地を売却、その資金の行方が分からなくなったほか、投資で損失を出すなどし、明浄学園は経営破綻に追い込まれた。
学校法人は一等地に校地を持つところが多く、理事長ポストを簒奪して、キャンパスを移転させ、跡地を不動産会社に売却する例などが目立っている。ガバナンスの不備をついて魑魅魍魎が蠢いているのだ。コーポレートガバナンスが整備される以前、代表取締役のポストを簒奪して手形を乱発する事件が相次いだバブル期の上場企業を彷彿とさせる。
政府改革を潰そうとする理事長たち
そんなガバナンス不備をただそうとする動きが今、佳境を迎えている。文科省に設置された学校法人ガバナンス改革会議が、12月中に学校法人の制度見直しを求める報告書をまとめる。評議員会に理事の選解任権を与える「他の公益法人並み」のガバナンス体制への移行が柱だ。
世の中からみれば、至極当たり前、まだまだ甘いように見える改革だが、一部の学校法人理事長らが強硬に反発しているという。理事長がやりたい放題の独裁体制を突き崩されることに抵抗しているのだろう。政治力を誇示する一部の理事長に文科省も腰が引けており、報告書が出ても法改正にまで進めるかどうか不透明だという。
ガバナンス問題の専門家で構成されるガバナンス改革会議のメンバーのひとりはこう語る。
「独立性の高い評議員が理事を選び、理事長が互選されることで、理事会の正当性が高まり、むしろ経営改革がやりやすくなる。ガバナンス改革は理事会の暴走を防ぐブレーキを整備することになるが、思い切りアクセルを踏むにはブレーキが必要だ」
反対する理事長らの間からは「そんな力を持つ評議員のなり手がいない」という声も上がる。かつて上場企業に社外取締役の導入が議論された折、「人材がいない」という反対論が噴出したが、実際に制度が始まると9割以上の会社が社外取締役を導入した。
「ガバナンスを強化しても不祥事はなくならない」という主張もあるが、まずは世の中が当たり前だと思うガバナンス体制を導入した上で、それでも不祥事が続くようなら、さらに厳しい規制を考えるというのが順序だろう。
田中容疑者は逮捕前、「俺を逮捕したらカネを配った先をすべて暴露する」と凄んだという話が伝わる。一部の理事長の中には政治力を盾に、ガバナンス改革の法案を潰すと公言している人もいるようだ。果たして岸田文雄内閣は大学のガバナンス改革に向けた法改正にどんな姿勢で臨むのか。目が離せない。