現代ビジネスに12月25日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/90832
マーケットには響かなかった
岸田文雄氏が自民党総裁に選ばれたのが9月29日、首相に就任したのが10月4日だから、まもなく3カ月がたつ。アメリカには政権発足後100日間は政権批判をしないという紳士協定があるというが、まずは最初の100日はお手並み拝見ということなのだろう。果たして岸田内閣の滑り出しはどうだったのか。
岸田首相からは「新しい資本主義」「分配と成長の好循環」と行ったキャッチフレーズが繰り返し発せられているものの、具体的な政策は今ひとつ見えてこない。
臨時国会では慌ただしく補正予算が成立したが、一般会計の総額が35兆円9800億円あまりと過去最大の「大盤振る舞い」となった。もともとの当初予算が102兆6580億円だから、それを1.3倍にするという凄まじい予算膨張である。
新型コロナ対策、経済対策と、誰も反対できない理由を付け、何しろバラまくための原資を用意するというのが岸田流なのか。税収の2倍以上の支出、家計に例えれば600万円の収入しかない家が1300万円を使うことを平然と決めたわけで、財務次官ならずともこの国の財政は、巨大氷山に向かっているタイタニック号だということを予感しはじめているだろう。
そんな国の行末を端的に占っているのが「株価」である。岸田氏が首相に内定した9月29日の日経平均株価は2万9544円、政権が発足した10月4日は2万8444円だった。現状12月23日終値は2万9798円である。
結局、岸田首相の3カ月のマーケットの評価は買いでも売りでもなく「様子見」というところだろう。政権の大きな仕事である補正予算で大盤振る舞いしても、マーケットにはほとんど響かなかったと言っていい。
市場で「岸田ショック」繰り返す
そんな中、安倍晋三元首相がBSテレ東の「NIKKEI 日曜サロン」の収録で、岸田首相の経済政策について「新自由主義を採らないと岸田さんは言っているが、成長から目を背けると捉えられないようにしないといけない」と注文をつけた。ことさら「分配」を強調する岸田首相の政策を、「社会主義的になっているのではないかととられると市場も大変マイナスに反応する」とした。
第2次安倍内閣は2012年に成立した後、年明けから「アベノミクス」を打ち出した。これに市場は反応。就任時の日経平均株価1万230円が、3カ月後には1万2471円へと大幅に上昇した。「進む方向を変えるべきでないし、市場もそれを期待している」と安倍元首相が「アベノミクス」の規制改革による成長路線を継続すべきだと主張するのは、ある意味、自信の裏返しとも言える。
岸田首相は残念ながら、目指す政策の方向性についてだけでなく、具体的な政策でも「市場との対話」に失敗を繰り返している。
総裁戦で打ち出した「金融課税の強化」発言によって、岸田総裁決定後は株価が急落した。さすがに首相になって「当面先送り」と明言して何とか「岸田ショック」は収束した。
ところが、12月14日にも再び「岸田ショック」を起こす。衆院予算委員会で岸田首相が、企業の「自社株買い」を規制するため、ガイドラインの作成を検討する考えを表明したことから、日経平均株価が一時300円以上も下落したのだ。
自社株買いはこの10年、株価が大きく上昇する原動力になってきた。企業が上げた利益で自社株を市場から購入することで、市場に流通する株価が減り、株価が上昇する。企業がその株式を消却すれば、1株当たりの価値も増えるから、当然、1株当たりの株価も上昇するわけだ。
日本企業は過去のエクイティファイナンス(新株発行を伴う資本調達)によって発行済み株数が大幅に増加していたが、この「余剰」株式を吸収することで日本の株価が押し上げられてきた側面も大きい。もちろん、株価操縦につながりかねないような自社株買いもあり、それを帰省するのは当然だが、岸田首相の発言はさらにマーケットに衝撃を与えた。
岸田首相は、新しい資本主義を実現する観点から「大変重要なポイント」と野党議員の質問に応じた上で、「ガイドラインか何かは考えられないだろうか、とは思う」と踏み込んだ。どこまで首相が自社株買いの制度を知っていたかは怪しいが、マーケットは新自由主義批判による規制強化だと受け取ったのだ。
首相は「個々の企業が状況に応じて判断する問題」「画一的に規制することは、少し慎重に考えなければいけないのではないか」と付け加えたが、時すでに遅しの感があった。
第2次安倍政権との著しい落差
安倍内閣は株価の動きに敏感な政権だった。アベノミクスも株価を多分に意識した政策が多く、首相の発言もマーケットに向けたものが多かった。政権発足9カ月後の2013年9月にニューヨーク証券取引所を訪れた安倍首相は約300人の金融関係者を前に「Buy my Abenomics(私のアベノミクスを買え)」と力強く訴えた。アベノミクスを掲げた安倍首相は英国のエコノミスト誌の表紙も飾るなど、世界の投資家から期待された。
その後、成果がなかなか上がらなかったことで、世界の投資家が失望し、日本株が上昇しなくなったが、第2次安倍政権の当初の「投資家との対話」は絶妙で、政権の滑り出しは順調だった。
それに比べると岸田首相の「新しい資本主義」はまったくと言って良いほど、投資家に響いていない。それどころか、「社会主義ではないか」といった疑念が根強く広まっているのだ。
これから岸田首相は「新しい資本主義」の具体的な中味を明らかにしていくという。世界の先進国が行きすぎた「強欲資本主義」の修正に動いているのは間違いない。だが、そう簡単に「新しい」資本主義が生み出せるものでもない。
世界の政治家だけでなく、経済学者や経営者を唸らせる具体的な理念、政策をまとめあげられるのか。投資家の理解が得られなければ、今度こそ、岸田ショックは歯止めがかからなくなるだろう。