現代ビジネスに1月21日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91643
岸田首相の論理は本当か
第208通常国会が開幕し、国会論戦が始まった。焦点は新型コロナウイルス感染症対策と共に、低迷が続く経済をどう立て直すか。岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」とは何か、それが日本経済を成長路線に乗せることができるのか。いよいよ岸田流経済政策の真価が問われる。
岸田首相が強調するのが「賃上げ」だ。1月17日の施政方針演説でも「成長の果実を、従業員に分配する。そして、未来への投資である賃上げが原動力となって、更なる成長につながる。こうした好循環を作ります」とし、成長のためには分配が必要だと強調している。
春闘で、賃上げ率の低下傾向が続いているものを「一気に反転させ、新しい資本主義の時代にふさわしい賃上げが実現することを期待する」と力を込めた。
やはり、「新しい資本主義」というのは分配ありきの政策、分配すれば経済成長につながって、それがさらに賃金を上昇させるという「好循環」が始まるとしているわけだ。
だが、本当に賃上げが成長につながるのだろうか。
安倍政権の「官製春闘」7年間でも
安倍晋三元首相は、2012年末の第2次内閣以来、「経済好循環」を掲げて、民間企業に賃上げを求める姿勢を撮り続けてきた。「官製春闘」と揶揄されながらも、首相自ら経団連などの財界首脳に直談判し、長らく行われていなかった「ベースアップ」を実現させた。安倍首相による賃上げ要請は2020年春闘まで7年間も続いた。
また、最低賃金の引き上げも急ピッチで進めた。岸田首相から「新自由主義的だった」と批判される安倍内閣は、分配による経済好循環を目指した内閣だったのだ。
もっとも、安倍内閣の場合、企業に分配を求める前に、企業収益に大きなプラスをもたらしていた。
「大胆な金融緩和」によって円高が一気に修正された結果、企業収益は劇的に改善されたのだ。また、法人税率も国際水準を目指して大幅に引き下げることで、企業の負担を軽くした。賃上げを求める素地があったから、財界も言うことを聞いたのである。
だが、その安倍内閣でも、賃上げを成長につなげることは難しかった。デフレの進行は止めたものの、黒田日銀が目指す2%のインフレ目標は安倍首相在任中にはまったく実現しなかった。経済成長率も低迷したままだった。
にもかかわらず、岸田首相は「分配」だという。分配が本当に成長につながるというエビデンスはない。所得が増えたからと言って、それが消費に回り、再び企業に収益をもたらすかどうか心許ない。貯蓄に回ってしまうリスクは小さくない。
臨時収入が消費に回らない
岸田内閣も子どものいる世帯に10万円を配る政策を実施するに際して、5万円の現金と5万円の商品券を組み合わせることにこだわった。一律10万円を現金で給付すると、貯蓄にまわって消費に回らず、経済成長につながらない、というのが理由だった。
結果は、ほとんどの自治体が全額現金給付することになったが、果たして、この「分配」で景気回復につながることになるのか。それとも、岸田首相が当初懸念したように、多くが貯蓄にまわってしまうのだろうか。
前回10万円の定額給付金が配られた直後の家計消費支出のデータを見ると、勤労世帯の実質実収入は、2020年5月に9.8%、6月に15.8%増えた。
緊急事態宣言で消費支出(2人以上世帯、実質)が大幅に落ち込んだ時期と重なり、4月の消費支出は11.1%減、5月は16.2%減となったが、消費支出が本格的に増えたのは、GoToトラベルなどが盛り上がった2020年10月以降だった。収入は増えても消費されなかった、と見るべきだろう。
岸田首相が心配するように、現金で給付してもそれが消費に回るのは難しいと言うことだ。定額給付金のような「臨時収入」でも、なかなかそれが消費に回らないとすると、毎月の給与が増えたからと言って、それが消費に回り、経済を動かし始めると言えるのだろうか。消費の低迷は収入が少ないからではないではないか。
将来不安が消費を抑えている
前々から言われていることだが、将来不安があるから、人々は貯蓄に励むのだとされてきた。年金や健康保険制度への信頼だけでなく、自分自身が会社をクビになることはないのか、会社は潰れないかといった不安が人々の消費の頭を抑えている。
さらに今後働いている若年層の社会保障負担や、税金負担がさらに増えていく可能性が強い。つまり、働く層の賃上げが多少あっても本当に可処分所得が増えるかどうか分からないのだ。
そう考えると、岸田首相が言い続ける、分配すれば経済成長する、という論理が正しいのかどうか。
収入が増えた分、貯蓄に回る傾向は、すでに起きている。
家計の金融資産は2000兆円目前に迫っている。その6割以上を60歳以上の家計が保有しているとされ、そうした層が老後への不安から消費を抑える傾向にあることが、貯蓄の増加につながっていると新聞各紙は分析している。
一方で、40歳代の「貯蓄ゼロ」は過去最多になっているという。この層が稼ぐ賃金が増えたとしても、おそらく貯蓄に回る率が高くなるのだろう。
分配政策を強調することは国民受けがしやすい。どうしても参議院選挙を控えて、国民の歓心を買うためにばら撒くための便法なのではないかと思えてしまう。