公約の「対コロナ司令塔創設」はどこへ…次のパンデミックは悲惨なことに 消えたボトルネック検証と対策強化

現代ビジネスに5月14日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/95254

岸田首相の後退

「健康危機管理庁の設置」という話をご記憶だろうか。岸田文雄首相が就任前の自民党総裁選で公約として掲げた「目玉政策」のひとつだった。2021年の新型コロナウイルスの再拡大で、医療体制が逼迫。自宅療養の患者が死亡する例が相次いだことから、政府や自治体、医療機関の連携強化の必要性が指摘されていた。担当閣僚が地方を含めた感染症対応を統括するイメージを岸田氏は打ち出していた。

だが、首相になるとその「自説」はすぐに後退する。10月4日の就任記者会見では、新型コロナ対応についてこう語った。

「これまでの対応を徹底的に分析し、何が危機対応のボトルネックになっていたのかを検証してまいります。その内容を踏まえ、緊急時における人流抑制や病床確保のための法整備、また危機管理の司令塔機能の強化など、危機対応を抜本的に強化してまいります」

政府の「司令塔機能の強化」には触れたものの、「健康危機管理庁」という言葉はついぞ登場しなかった。大手メディアには「『健康危機管理庁』トーンダウン 宙に浮くコロナ司令塔」(時事通信)という批判記事も出た。

その後、首相の姿勢はさらに後退する。

総選挙後の12月6日の所信表明演説では「これまでの新型コロナ対応を徹底的に検証します」としたものの、「そのうえで、来年(2022年)の6月までに、感染症危機などの健康危機に迅速・的確に対応するため、司令塔機能の強化を含めた、抜本的体制強化策を取りまとめます」と語ったのだ。要は対応の期限を半年先にまで延ばしたのである。

追い込まれてきてようやく

その宿題の期限が迫ってきた。あと1カ月あまりという5月11日になって、政府はようやく「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」を立ち上げ、初会合を開いた。

「6月という期限が区切られているが、ぜひ密度の濃いご議論をいただきたい」。担当の山際大志郎・経済再生相はそう語っていたが、1カ月あまりで「抜本的強化策」をまとめることができるのか。そもそも、今回の新型コロナへの対応を「徹底的に検証」することも、まったくと言って良いほどできていないのではないか。

 

ここへきても、新型コロナウイルスの蔓延はなかなか終息しないが、重症化したり死亡する人の割合は大きく低下しており、国民の間でもだいぶ警戒感が緩んでいる。今後も変異株が出現する懸念もあるが、大量の死者が相次ぐ事態に戻ることはなさそうで、今回の新型コロナは徐々にせよ終息に向かっていると見ていいだろう。

問題は、今後、まったく別種のウイルスにるパンデミックが起きることだ。今回の日本人の死亡率は他国に比べて大幅に低かったが、その要員は結局分からず終いのままで、次は日本人でも高い死亡率のウイルスが蔓延する事態が起きないとも限らない。それを想定して、万全を期しておくことが何よりも大事なはずだ。

だからこそ、「司令塔機能」をどう強化しておくか、が大きな焦点になるのだ。

「司令塔」の必要性は重々承知だが

実は、自民党自身が、2020年7月の段階で「司令塔機能の強化」を求める提言を出していた。党の行政改革推進本部が「大規模感染症流行時の国家ガバナンス見直しワーキンググループ」の提言として出したもので、こう述べている。

「大規模感染症流行時には、国がより明確かつ強固な司令塔となり、かつ地域の現場に至る各関係機関が必要な対策を遅滞なく、統一的に講ずる必要があり、有効な指揮命令系統の確率とその徹底こそが焦眉の急である」

当時は大規模店舗の営業自粛が明けたばかりだったが、日本の感染症対策はうまく行った、と主張する人たちもいて、経済を回すためにGoToトラベルなどの施策実施が急がれていた。だが、結果的にその年の年末からの感染爆発を引き起こし、医療逼迫へと突き進んでいった。そんな中で、首相に就任した菅義偉氏は、足下の新型コロナ対策に忙殺され、指揮命令系統の見直しどころではなくなっていった。対策を巡って、国の大臣と、東京都など自治体の首長の意見が対立、どちらが方針を決めるのか、押し付け合うような場面も繰り返し起きた。まさに、「有効な指揮命令系統の確立」ができていない実態を如実に示すことになった。

新型コロナ対策が後手後手に回っている、という国民の不満から支持率が急低下した菅首相は2021年秋に退任に追い込まれる。だからこそ総裁選で岸田氏は、「危機管理庁」をぶち上げ、「司令塔機能の強化」を掲げたのだ。だが自民党提言が言う「ガバナンスの見直し」は、まさに霞ヶ関の役所の「権限見直し」そのものである。そこに手をつけようとすれば、猛烈なハレーションが起きる。岸田首相はそれを分かってか分からずか、問題を先送りした。

ボトルネックの存在は認めている

感染症対策は、厚生労働省や各自治体だけでなく、感染研、保健所、検疫所、そして医療機関などが関わる。「感染症法による厚労大臣の権限も都道府県知事に対する技術的指導及び助言、緊急時における指示など間接的なものに留まる」と自民党の提言書は指摘する。

例えば、大臣が感染地域の大規模病院の病床をコロナ専用病床に転換することを「命令」する権限はない。もちろん、パンデミックが起きていない「平時」はそれでもいいかもしれないが、いったん危機が起きたら、権限や指揮命令系統を明確にしておかなければ、大混乱をきたす。

有識者会議には、今回の新型コロナ対策に直接関与しなかった専門家8人がメンバーとして選ばれた。もちろん、当事者では冷静な評価ができないから当然の人選とも言えるが、「対応を徹底的に分析」するには時間がないだろう。

当然、事務局の官僚たちは役所の「無謬性」の中で生きているので、自ら役所が機能しなかった点を吐露することはまずあり得ない。つまり、綺麗事の検証で終わり、司令塔機能の強化も「抜本的」なものになるかどうか大いに怪しい。

岸田首相自身、前述の通り、「何が危機対応のボトルネックになっていたのかを検証」すると言っている。つまり、ボトルネックがあった、と認めているわけだ。有識者会議は、まずは現場で起きた様々なボトルネックを列挙し、その原因を究明して、それを繰り返さないための当たらな組織体制を提言して欲しいものだ。

ここで中途半端にお茶を濁すだけの対応で終われば、次のパンデミックでは、今回以上の被害が国民を襲うことになる。