私大経営者が恐れる「林真理子・日本大学新理事長」の手腕  成功すれば大学経営の流れが変わる

現代ビジネスに6月11日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/96166

「オバさんの力で何とか変えてみたい」

理事長が出入り業者などから現金を受け取って脱税の罪に問われるという前代未聞の不祥事を起こした日本大学。経営の立て直しに向けた次期理事長として、作家の林真理子氏が決まった。2018年にアメフト部の危険タックル問題が起きた際、週刊誌のコラムで、「イメージがとことん落ちた母校のために、ひと肌もふた肌も脱ごうではないか。あのガバナンス全くなしオヤジばかりのオレ様主義の学校を、オバさんの力で何とか変えてみたい」と書いていた林氏。その登場は、日大にとって地に落ちたイメージの回復を担う救世主に違いない。

もっとも、学校法人の理事長として、7000人を超える教職員を抱える巨大組織を運営する「経営力」がどれだけ林氏にあるのか、これまで「ガバナンス全くなし」だった組織を抜本的に改革できるのか、はまだまだ未知数と言える。他の多くの私立学校経営者も林理事長がどんな手腕を発揮するか、じっと見つめている。

というのも、現在、文科省は大学など学校法人のガバナンス制度の見直しの真っ最中。6月7日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2022」にも、「学校法人について、沿革や多様性に配慮しつつ、社会の要請に応え得る、実効性あるガバナンス改革の法案を、秋以降速やかに国会に提出する」と明記されている。これまで権限が集中してきた「理事長」が暴走しないよう、監督機能を高めることが柱だが、自由度を奪われることになりかねない私立大学経営者の一部からは、猛烈な反発が出ている。

そんな見直し議論の真っ只中に起きたのが日大の事件だった。当然、日大の改革がひとつのモデルとして、国会に提出されるガバナンス改革法案に大きく影響することになる。今後、理事長が不祥事を起こした場合に、日大が「前例」となって、同様の改革が求められることになるだろう。

創立者一族など、戦々恐々

そこで、林理事長体制がどんな形になるのかを、多くの大学理事長が固唾を飲んで見ているのだ。今後は、理事長が不祥事を起こした場合、内部にいる教職員から後任理事長を出すことが難しくなり、外部から迎えることが求められる。文科省など霞ヶ関からの天下りが前例になることを恐れていた経営者からすれば、「卒業生」の林氏が選ばれたことに、ひとまず胸を撫で下ろしている。

あとは、外部から来た林理事長が、どこまで実務を取り仕切れるか。林氏が、学校経営に通じた職員などを常務理事などに据えて右腕とし、大局的な経営判断だけを行う体制になるのならば、教職員からすればひと安心ということだろう。外部から理事長を受け入れても、従来通りの組織運営が続けていけることになるからだ。

だが、日大の場合、田中体制を支えてきた幹部職員が今も多く存在する。そうした田中体制の残滓を取り除くべく林氏が「ガバナンス改革」に本腰を入れようとした場合、理事会のあり方や理事を選ぶ仕組みから、教員や職員の人事など抜本的に見直していくことになる。

他大学の経営者からすると、日大の改革から目が離せない、ということになるわけだ。日大はすでに理事の一定数を外部人材にすることを表明しているが、法改正に合わせて、外部理事の比率を高めるよう文科省から他の大学にも求められる可能性もあるわけだ。

大学の中には創立者の一族などが、理事長を世襲しているケースも少なくない。理事にはこうした特定の親族を複数選べないようにするなど規制がはめられているが、逆にこれまでは権限が集中している理事長ポストを握れば、創立家の利益を守ることができると考えられてきた。ガバナンス強化によって、そうした創立家支配にさらに規制がかかるのかどうかが、一部の大学経営者の関心なのだ。

外部から選んだ林理事長が、高い手腕を発揮し、ガバナンス体制を一新して強い指導力を発揮した場合、全国の大学で、理事長を外部者にすべきだ、という声が強まっていく可能性が出てくる。それだけに林氏の手腕が注目点になるわけだ。

ガバナンス改革の先行事例となるか

大学のガバナンス改革は、2020年と2021年の「骨太の方針」にも盛り込まれ閣議決定されてきた。財団法人や社会福祉法人のような公益法人と同等のガバナンス体制に変えるというのが政府の方針で、それにしたがって、2021年末に文科省の「学校法人ガバナンス改革会議」が改革案をまとめた。財団法人のように評議員会が理事の選任権限を持ち、重要な議案について評議員会の承認を義務付けるというものだったが、学校経営者からは反発する声が上がった。

今年の「骨太の方針」には「沿革や多様性に配慮しつつ」という一文が入り、一見、大きく後退したようにも見えるが、理事会への牽制機能を強化する項目を盛り込んだ原案が示されている。

今後、法案作りの過程で、大学経営者の意見がさらに盛り込まれてガバナンスの強化策が弱められる可能性もある。しかし、日大が先行してガバナンスのあり方を大きく変えている中で、甘い改革法案を出せば世の中から強い批判を受けかねない。

法案がどの程度厳しい規定を義務付けられるかは別として、日大が、ガバナンス改革の先行事例として成果をあげていけば、全国の私立大学はそれを真似てガバナンス改革を行わざるを得なくなるわけだ。日大の林流ガバナンス改革の成功に期待したい。