進む円安、最大の危機は「外国人労働者」が日本を見限ること  労働市場もガラパゴス化へ

現代ビジネスに7月9日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/97258

 

最低賃金引き上げに注目が集まっているが

今年も最低賃金を巡る議論が戦わされる季節になった。7月末には国の中央最低賃金審議会が目安を答申、これを受けて都道府県の審議会が最低賃金の額を決定する。

世界的なインフレで輸入物価を中心に国内でも物価が上昇する中で、岸田文雄内閣も「賃金引き上げ」を訴えて参議院議員選挙を戦うなど、与野党揃って賃上げを求めており、最低賃金の引き上げ率に注目が集まっている。

例年、最低賃金の引き上げに反対してきた日本商工会議所など中小企業3団体は今年も、「経営実態を十分に考慮し、指標・データによる明確な根拠のもとで納得感のある水準の決定を」とする要望を取りまとめ、「最低賃金の引上げを賃上げ政策実現の手段として用いることは適切ではありません」と最低賃金の引き上げ議論への抵抗感を示した。

それでも消費者物価の上昇率が2%を超えてきた中で、安倍晋三政権以来、続いてきた「3%の引き上げ」では、最低賃金で働く人の実質賃金はほとんど増えない。

2019年5月には政府の経済財政諮問会議で、民間議員の新浪剛史サントリーホールディングス社長が「5%程度」の最低賃金引き上げを主張。これに菅義偉官房長官(当時)が同調した。これに対し、経産相だった世耕弘成参院議員が中小企業の人件費負担を考慮すべきだとして「3%程度」を主張するなど政府内でも対立が起きた。結局この年は3.1%の上昇にとどまったが、今年は5%上げてもまったくおかしくない環境になっている。

深刻、円安目減り

だが、このところ急速に進む為替の円安が最低賃金にも影を落としている。最低賃金水準で働く人のかなりの割合を外国人が占めると見られるが、「出稼ぎ」でやってきている外国人労働者の多くが円安による給与の大幅な「目減り」に直面しているのだ。

2年前の2020年の全国平均の最低賃金は902円。実施された10月の為替が1ドル=105円程度だったので、ドル換算すれば8.6ドルだった。2021年は930円に引き上げられたが、為替は1ドル=111円で、ドル換算は8.4ドルと僅かながらの下落で済んでいた。

ところが今年の為替は現状1ドル=135円。仮に最低賃金が3%の上昇にとどまると、958円なので、ドルにすると7.1ドルとなってしまう。週40時間4週間働いたとして、円建ての月給は15万3360円と4176円増えるが、ドル建てに換算すると月給1344ドルだったものが1136ドルに15%も減ることになる。これでは外国人労働者の仕送りは大きく減って、日本に働きにやってくる意味が薄れる。

日本の外国人労働者政策は、いわゆる高度人材ではない現場の労働者の場合、「技能実習」「留学生」など国際貢献が建前で、「移民」も受け入れない建前だ。このため、多くの外国人は日本に永住するのではなく、数年稼いで自国に戻る「出稼ぎ」が目的だ。そうした現場の労働者が賃金に敏感なのは言うまでもない。

つまり、このまま円安が進むと、日本に働きにやってくる外国人はどんどん減っていく。あるいは豊かになったアジアではなく、さらに貧しい途上国の労働者しかやって来なくなる可能性が高いのだ。貧しくなる日本はアジア人にも見向きもされなくなるわけだ。

外国人労働者の視点をもて

では、ドル建ての給与水準を2021年並みの8.4ドルに保とうとした場合の最低賃金はいくらになるか。時給1134円ということになる。昨年の930円から22%引き上げる必要があるのだ。

もちろん、そんな対応は政府にはできないし、中小企業経営も立ち行かないだろう。しかもこれは為替だけの話で、世界で進むインフレは考慮に入れていない。物価の上昇から生活を守るには、10%、20%というレベルで賃上げが行われる必要があるわけだが、日本経済、そして日本企業にそんな力があるだろうか。

外国人労働者の視点に戻ると、今後も円安が続いた場合、日本に働きに行くということは、給与がどんどん下落していく国を選ぶということになる。

まだ、多くの日本人は、アジアなどの国の人たちは貧しくて、楽園の日本にやってきて、高い給与を稼ぎたいに違いない、と思っているに違いない。だが、四半世紀にわたって成長せず、給与も上がらなかった日本は、遊びに行く「何でも安い国」であって、稼ぎに行く場ではなくなっている。それが円安で顕在化しているということだ。

ウクライナ戦争もあり世界経済の行方は見通せないが、それでもポスト・コロナで経済活動が復活することで、米国やアジアでの失業率は大きく低下している。つまり、人不足なのだ。そんな中で、シンガポールは外国人看護士に永住権を与え、世界最高水準の給与を保証するなど、不足している職業人材の確保に動き出した。

日本も猛烈な少子化で、今後、働く人の数が大きく減ってくることが見えている。しかし、外国人の移民を受け入れ、日本社会を構成する日本国民に育てていこうという議論はまったく進んでいない。最低賃金議論も日本で暮らす日本人だけの視点で行っていると、いつの間にか日本の労働市場ガラパゴスになっていくだろう。