岸田首相「検討」すれど「決断せず」―見えないコロナ対策の司令塔 5類引き下げも、感染症危機管理庁も

現代ビジネスに8月7日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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尾身分科会会長の叫び

参議院議員選挙が終われば、批判を恐れず決断する政治に転換する――、一部でそう見られていた岸田文雄内閣だが、どうもそうではなさそうだ。新型コロナウイルスの感染「第7波」が日本を襲う中で、対応が後手に回っている。

「分科会の開催に、厚労省が強く抵抗しているため開催の目途が立ちません。皆さんも分科会を開くべきだと機会を捉えて意見表明してください」

7月下旬。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長から、分科会の何人かのメンバーにこんなメールが届いた。

実は分科会のメンバーの間では、オミクロン株以降のコロナウイルスについては、通常のインフルエンザと同様の一般の感染症として扱うべきだという議論が5月末から続いていた。感染症法上の扱いを「2類」から季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げるという議論だ。

濃厚接触者や感染者でも、無症状だったり軽症の人には安易に医療機関にかからないよう求め、保健所や医療機関の負担を軽減して医療逼迫を回避すべきだ、というのが尾身会長らの考えだった。2類では、感染拡大を防ぐために、保健所がすべての患者を把握する必要があり、医療機関も報告する義務を追う。

5月末の段階では感染者はまだ6波を超えていなかったものの、感染スピードを見ればこれを超える可能性は十分に考えられていた。無症状の人も含めて検査などのために人々が医療機関に殺到すれば、本当に医療が必要な重症者を受け入れる余地がなくなり、「医療崩壊」が起きる。そう危機感を募らせていた。

厚労省内閣府も官邸も動かない

実際、7月14日に開いた分科会の後の記者会見で、尾身会長は「コロナを一疾病として日常的な医療提供体制の中に位置づけるための検討も始める必要があるのではないか」と述べていた。だが、厚労省内閣府も官邸も動かない。「安易に病院に行くなと政府が言って自宅療養中に死亡したら批判を浴びる」と責任を問われかねないことに役所も政治家も尻込みした。分科会の中にも「第7波が落ち着いてきてから議論すれば良い」と厚労省に同調する声もあった。

その後、感染拡大はいよいよ本格化し、7月16日には全国で第6波のピークを上回る11万人を超える感染者が確認され、一部の地域で病床使用率が5割を超え始めた。尾身会長は早急に分科会を再度開いて具体的な対策を提言するべきだと考え、厚労省と交渉する。だが、厚労省は分科会開催を頑なに拒んだ。

結局、尾身氏らは8月2日、日本記者クラブで「専門家有志」として記者会見を行い、独自に緊急提言を公表した。会見には、尾身氏のほか、阿南英明氏・神奈川県医療危機対策統括官、岡部信彦・内閣官房参与、脇田隆字・国立感染症研究所長、武藤香織・東京大学医科学研究所教授が並んだ。

「我々は1ヵ月以上議論し、提言する機会があればよいと思ったが、国も忙殺されていたのではないか」

尾身氏は皮肉交じり会見に臨んだ理由を話し、暗に政府の対応の遅さを批判した。提言では、現状では行政が行っている入院調整を医療機関間で行うことや、感染者の把握を全数把握ではなく入院患者や死亡者数などの情報把握に止めること、重点医療機関に限っている入院先を拡大し、治療も一般の診療所でも対応するように変えていくこと、発熱した場合に、病院で行政検査を行っている現状から、基礎疾患のない若年者は抗原検査を活用して病院受診は求めないと言った対応を求めた。

仮に5類に引き下げた場合、インフルエンザなどと同様、医療費は通常の保険診療になるが、ここについては従来通り公費負担とすべきだ、とした。

岸田首相は「聞くだけ」

ところが、この会見には批判が噴出した。おそらく尾身氏らは想像していなかったに違いない。

「尾身会長を含めて、あなた今まで全部、政府に対していろいろ言ってきた立場の人じゃないか、と。(中略)今ごろ何を言っているんだ」

テレビ朝日の翌日の番組でコメンテーターである同局の玉川徹氏はそう批判していた。また、島根県の丸山達也知事は、8月4日の記者会見で「政府の対応がなってないという趣旨の記者会見を皆さんでされたんだと思いますけど、どの口が言うのか、お前が言うかと。そもそもこんな状況になってしまっている責任をあそこに並んでいる人たちは負ってますよ。それを一言も言及せずに、政府の対応がなってないとか、よくそんなことが言えますね」

確かに、菅義偉内閣の時は、尾身氏が対策決定の権限を事実上握っていた。菅首相の記者会見に同席し、首相よりも長時間説明することもしばしばだった。厚労省の中には「尾身首相」と揶揄する官僚もいた。

だが、岸田首相になって尾身会長と分科会の力は大きく落ちている。岸田首相も意見を「聞くだけ」で、最終的な決定は厚労省に任せてきた。菅内閣の頃のような官邸やコロナ担当相の支持も格段に減っている。岸田内閣が後手に回っている原因は、尾身氏ら分科会の責任とは言いにくい。むしろ官邸のリーダーシップの欠如が原因だろう。

新型コロナ発生以来、感染症対策の「司令塔」づくりが課題になってきた。岸田首相は就任から半年間はこの問題に手をつけず、6月にほとんど議論のないままに「内閣感染症危機管理庁の設置」が打ち出された。一方で、平時は厚労省に「感染症対策部」を設置してそこが対策に当たるという。

だが、まだ設置に向けた法案もできておらず、いつ発足するのかも分からない。司令塔のトップは岸田首相だと言うが、相変わらず「検討」するばかり、リスクを取った意思決定には及び腰に見える。

今感染が急拡大している新型コロナのオミクロン株は重症化率や死亡率が低く、国民の間の危機感も薄い。だが、欧米でサル痘が急拡大するなど、いつまったく別の深刻な感染症が襲ってくるかもしれない。果たして日本政府はそんな危機から国民を守れるのだろうか。