プレジデントオンラインに9月9日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→
https://president.jp/articles/-/61451
「関係性の点検」に追われ仕事に手が付かない議員たち
旧統一教会(世界平和統一家庭連合)と自民党議員の関係を巡る問題が一向に収まらない。
「国民の皆様から引き続き懸念や疑念の声を頂いております。自民党総裁として率直におわびを申し上げます」
岸田文雄首相は8月31日に開いた記者会見で、ついに党を代表して頭を下げるところまで追い込まれた。安倍晋三元首相の「国葬」を巡る反対意見もあり、多くのメディアの世論調査で、岸田内閣の支持率が大幅に下落した。参議院議員選挙に大勝し、選挙がない「安定の3年間」を手にしたはずが、一気に足元がぐらついている。
会見で岸田首相は、「党の基本方針として、関係を絶つよう所属国会議員に徹底する」と旧統一教会との「決別」を宣言した。当初は各議員の責任で党は関係ないとしてきたものを、党としての方針を明確にしたわけだ。また、所属国会議員に旧統一協会との「関係性を点検」して公表することも求めた。
そんな指示を受けて、点検に追われている議員が少なからずいる。「急速に進む円安で経済が大変な時だからと思って会ったのですが、旧統一教会の問題で頭がいっぱいだとかで、話をしてもうわの空でした」と旧知の経済閣僚と面会した学者は苦笑する。他にも政務三役や党の役職に就いていて、まったく仕事が手に付かない議員がいるようだ。それほど、自民党議員にとっては突然目の前に現れた大問題になっているのだ。
永田町の常識は世の中の感覚とあまりにかけ離れていた
そもそも、ほとんどの議員が、旧統一教会との関係を「軽く」考えていたのだろう。メディアで関係が明らかになり始めた7月末の議員たちの反応がそれを示している。
「何が問題か、僕はよく分からない」。そう記者会見で発言して、ネット上などで大炎上した福田達夫総務会長(当時)は、ある意味、正直な反応を示したということだろう。
他の議員も含めて、メディアに問題を指摘されても、どこか腑に落ちない表情で受け答えしていた。信教の自由が憲法で保証されている日本で、宗教団体に応援してもらって何が悪いのだ、という思いだっただろう。また、選挙活動を手伝ってくれたり、票集めをしてくれる支援者に頼まれた会合で挨拶してどこが問題なのか、他の支援者と何も変わらないではないか、といった思いもあったのだろう。中には旧統一教会がどんな宗教団体かもまったく知らずに支援を得ていた議員もいたに違いない。
「永田町の常識は世間の非常識」と言うが、その辺りが世の中の感覚とあまりにかけ離れていた。岸田首相をはじめ大半の議員たちがそれに気が付き、大きな問題だと感じ始めたのは、国民の批判の声が収まらず、支持率が低下してからだった。岸田首相が頭を下げるのに2カ月近くを要したのがそれを物語っている。
事件が起きると慌てて献金を返す議員たち
関係を指摘されて「旧統一教会に関係する団体だとは思わなかった」「まさか支援者が旧統一教会の関係者だとは知らなかった」と言った「言い訳」はその後も続いている。知らなかったのだから、仕方がない、というわけだ。だが、支援者の素性をきちんと把握していなかったこと自体が問題なのだ。
いまの日本、特に自民党の国会議員と支援者の関係は「微妙」だ。その政治家と親しくなることで、何らかの便宜を受けようと近づいてくる支援者が多い。特に企業団体献金が禁止されていない日本では、多額の献金をしたり、パーティー券を買ってくれる相手の要望に答えることが半ば「当たり前」だと思っている議員が少なくない。だから、何か意図を持って近づいてくる支援者への対応が「甘く」なるのだ。
何か事件が起きると、その容疑者から受け取っていた寄付金を慌てて返金する議員が出てくるが、これも議員事務所側の危機管理が「甘い」結果と言える。
なぜこれだけ幅広く自民党議員に浸透したのか
旧統一教会がこれだけ幅広く自民党議員に「浸透」していたのは、教団の明確な意図があったからだろう。それが宗教上の信念かどうかは別として、多くの議員を通じて日本の政治に影響力を与えようとしていたとみるべきだ。
韓国や北朝鮮との関係が深い旧統一教会が、外国政府の意思を受けて日本の政治家に近づいていなかったと断言できないだろう。最低でも、日本の宗教法人として免税措置など様々な恩恵を受け続ける上で、文部科学省の許認可権に影響を行使できる与党政治家に近づくメリットはあったと見ていい。つまり、単に「熱心な支援者」「他と変わらない支援者」というわけではないのだ。
国民の批判が収まらないのは、旧統一教会が自民党議員を浸食していった背景には、そうした意図があったと感じているからだし、自民党議員側も旧統一教会のために何らかの便宜をはかっていたのではないかという疑念があるからだろう。それがすべて明らかになるまで、この問題は収まらないに違いない。
金融業界には顧客の素性を確認するルールがある
岸田首相は会見でもうひとつ方針を打ち出している。
「今後、社会的に問題が指摘される団体と関係を持つことがないよう、党におけるコンプライアンスチェック体制を強化する」というのだ。
もちろん、支援者や支援団体がどんな団体なのかを知ることは重要である。
金融業界にKYC(Know Your Customer)というルールがある。銀行などに顧客がどんな目的で口座を開設しているのか、本人は実在の人物なのか、どんな経済状態なのかなどを知るよう求めたもので、本人確認などに多くの手間をかけている。金融機関が犯罪資金のマネー・ロンダリング(資金洗浄)などに利用されるのを防ぐために整備されてきたルールで、米国の同時テロが起きた2001年ごろから一気に強化された。
つまり、金融機関は誰でも顧客を増やせば良いのではなく、悪意を持って近寄ってくる顧客を見極めることが求められるようになったのだ。日本でも、反社会的勢力には関係していないという誓約書に署名を求められるなど、KYCが年々強化されている。
政治家は支援者の素性や意図を知る必要がある
政治家も同様に、そうしたKYCが不可欠な時代になったということを今回の旧統一教会問題は示しているのではないか。とくに権力の一翼を担う与党政治家は支援者や近付いてくる人物の意図をきちんと知る必要がある。
いま、支援者のチェックに追われている議員が少なからずいるのは、これまでまったく「支援者」の素性を調べてこなかったことの裏返しだろう。
今後、支援者の意図を突き詰めていけば、政策変更によって利益を得たり、被害を被る可能性がある企業や団体からの献金や選挙支援を受けることは極めて危険になってくるはずだ。日本の政治家はその点が甘いのだろう。贈収賄事件が繰り返し起きるのも、そうした政治家と支援者の「甘い関係」が背景にある。最近は外国籍の在住者からの寄付の申し出などもチェックするようになったが、かつては外国人からの寄付を受けていて問題になるケースもあった。
岸田首相が方針として掲げた「今後付き合わない団体」を、「社会的に問題が指摘される団体」としているのは妥当なのかどうかも考える必要がある。社会的に問題を起こさず世の中で騒がれなければ、無条件に付き合っていて良いということにはならないはずだ。
かねてから日本はスパイ天国だと言われてきた。とくに大臣級になっても政治家の情報管理の脇が甘く、情報が漏れて問題になるケースもあった。ロシアによるウクライナ侵攻や、中国と台湾の対立など、地政学的なリスクが高まる中で、最近は経済安全保障が大きなテーマになっている。そんな中で、「支援者」として議員に近づいてくる人物や団体がどんな素性の人たちなのか。政治家はより警戒心を持つことが求めらている。