意味不明、岸田内閣の「便乗値上げ」を許さない「需要創出」って何だ 「政策目的」がチグハグ過ぎる

現代ビジネスに10月22日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/101252

一体何を言っているのだ

「便乗値上げについては、今般の需要創出支援の趣旨を逸脱するものであり認められるものではありません」

全国旅行支援が始まったタイミングでホテルの宿泊料などが値上がりしていることについて、斉藤鉄夫国土交通大臣は記者会見でそんな発言をした。意味不明である。そもそも需要と供給で価格が決まる市場経済の中で、供給が一定のところに需要を創出すれば価格は上がる。それを「便乗値上げ」とは言わない。

もっとも、「現時点で便乗値上げの報告はない」としたが、確認されれば「厳正に対処する」のだという。見ものである。国交省はどんな事例を「便乗値上げ」と認定するのか。

客室の電気代や、送迎車のガソリン代、朝食のパンの小麦粉など、価格が上昇しているものを宿泊代に上乗せするのは普通の感覚なら「便乗値上げ」とは言わないだろう。しかし、エネルギーや食料代などは、いずれも岸田内閣が価格上昇を抑えようと必死に補助金を投入しているから、それらの上昇分を転嫁すること自体が罷りならぬとでも言いたいのか。

需要が増えてホッとひと息ついたので、需要が増えて売り上げが増えた分、苦労をかけた従業員の給与を増やそうというのはどうなのだろう。これも便乗値上げとは言えないだろう。まして、岸田内閣は「賃上げ促進」と言い続けているから、賃上げのための価格引き上げは岸田内閣の「政策目的」に叶っていて、責められるはずはない。

いったいどんな値上げをすると「便乗値上げ」になるのか。かつて電力会社に課していた「総括原価主義」よろしく、国が認めた原価に「適正利潤」を上乗せした「適正価格」を計算して、それを上回る値上げについて「便乗値上げ」として「厳正に対処」するのだろうか。それとも、ホテルや旅館に「公定価格」でも導入したいのか。

需要が増えれば価格は上がるもの

全国旅行支援が10月11日から(東京都は10月20日から)始まり、旅行代金の40%、交通機関とセットの旅行でひとり1泊8000円まで、宿泊のみだと5000円までが補助される。さらに平日は3000円、休日は1000円の地域クーポンが付いてくる。かつて盛り上がったGoToトラベルに比べて上限金額は少ないものの、待ってましたとばかり旅行に行こうと考えた人は多い。

ところが、全国旅行支援開始のタイミングで、人気ホテルの宿泊料が上昇。「開始前よりも高くなって支援のメリットを感じない」と言った声が溢れた。それが大臣をして「便乗値上げは許さない」と言わしめた理由である。文句を言いたい人たちの気持ちも分かるし、それをなだめようとする政治家の姿勢も分かる。しかし、前述の通り、需要が増えれば価格が上がるのは仕方ないことなのだ。

ならば、全国旅行支援などやらなくても良かったではないか、という声も出て来よう。そう。その通り。無駄である。国家財政を数千億円も注ぎ込んで「需要を創出」しなくても、需要は爆発的に増えていた。何しろ2年半もの間、新型コロナで「外出自粛」を余儀なくされてきただけに、この秋こそは旅行にゆくぞ、と考えていた人は少なくない。

さらに外国人だ。新型コロナ対策を理由に外国人観光客の受け入れを大幅に制限、事実上「鎖国状態」にあったが、岸田内閣は「開国」に踏み切った。それが何と同じ10月11日からである。止めていた外国人の制限を無くすだけでも需要は急増する。そうすれば値段も間違いなく上がるわけだ。未曾有の円安だから、超割安になった日本旅行に外国人が押しかけるのは火を見るより明らかだった。

外国人需要でホテル代が急騰し、日本人が泊まれなくなるのはかわいそうだから、日本人には補助金を出してあげよう、というのなら分かる。需要増加を機にホテルや旅館はどんどん値上げをして、一気に収益力を高めて、従業員の給与を大幅に引き上げてください。今がチャンスです、というのなら、政策としては筋が通っているかもしれない。ところが、「値上げするな」と言わんばかりの大臣コメントである。

もはや打っている手がチグハグ

いったい岸田内閣はどんな経済政策を取ろうとしているのか。

インフレを徹底的に抑えようと言うのなら、需要を抑えれば価格は下がる。ガソリン代の補助金石油元売り会社に出して、価格を抑えれば、需要は減らないから、価格もなかなか下がらない。補助金など出さずに価格が上昇すれば皆倹約して需要量が減り、結果価格は下がるのだ。

また、インフレ退治には金利の引き上げが常套手段だが、景気悪化を恐れてゼロ金利を維持し続けている。日米の金利差は開く一方で、円安が進み、輸入に依存するエネルギー代は一向に下がらない。もはや、打っている手がチグハグなのだ。

結局、すべての打つ手が付け焼き刃のその場凌ぎのため、全体としてはチグハグにならざるを得ないと言うことだろう。

岸田首相の「聞く力」が災いしてか、ぎゃーと言ってきた業界のためになる補助金制度を次々に導入しているとしか思えない。全国旅行支援も結局は旅行業者の声を聞いた結果ということで、国民の生活や楽しみを考えてのことではない、ということだろう。