期限を先に設定する岸田内閣の「お得意手法」で日本が失う「時間」 物価対策も労働力移動もコロナ司令塔も

現代ビジネスに10月27日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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「ずっと対策を続けておりました」

「物価対策については、3月から対策を始めて、3月、4月、7月、9月と、ずっと対策を続けておりました」

岸田文雄首相はそう言って珍しく語気を強めた。10月17日、衆議院予算委員会立憲民主党逢坂誠二議員から、物価高対策について、「遅いんですよ。やったやったと言っているが国民に届いていないんですよ」と批判された時のことだ。

逢坂氏は、岸田首相が「総合経済対策」の取りまとめを10月末と期限を設定したことも、「遅い」と指摘したが、これに対しても岸田首相は「タイミングとしておかしなものではないと認識しております」と受け流した。

「やってる感だけ」という批判がすっかり定着し、支持率の低下が止まらない岸田内閣。経済政策でも根本的な手は打たず、付け焼き刃の対症療法に終始してきた。

就任した2021年秋には海外での猛烈なインフレの結果、輸入物価が上昇。いずれ国内物価に跳ね返って来ることが確実視されていたが、本格的な物価対策は打てず、消費者物価(生鮮食品を除く総合)の上昇率は4月に2.1%と「目標」としてきた2%を突破。その後、5月2.1%、6月2.2%、7月2.4%、8月2.8%と上昇率が徐々に拡大して、9月にはついに3.0%に達した。

それでも「物価上昇は一時的」だという黒田東彦日本銀行総裁の言葉を信じているのか、抜本的な対策はまだ打たれていない。残念ながら結果として対策は「後手後手」に回っている。

「やってる感」を出すための手法

岸田首相が「やってる感」を出す際に使う「お得意な手法」が、政策策定の期限をかなり「先に」設定することだ。

8月15日、岸田首相は追加の物価高対策を9月上旬をめどに取りまとめるよう指示。翌日から夏休みに入ってゴルフに興じた。抜本的な経済対策が出てくるのかと期待されたが、9月9日に首相官邸で開催した「物価・賃金・生活総合対策本部」の会合では、「この秋に総合経済対策を策定いたします」と表明。次なる「期限」を設定した。

ところが、その総合経済対策を「総理大臣指示」として正式に各省庁を所管する閣僚に策定を求めたのが9月30日の閣議。しかも今度は、策定の「期限」を「10月末を目途に」とした。

そうして時間を失っている間、状況は一段と悪化してきた。

岸田首相が夏休みに入った8月16日の為替相場は1ドル=133円。9月9日には143円と10円も円安が進んだ。その後、ついに150円をつけてしまう。政府・日銀は必死にドル売り円買い介入を繰り返しているが、円安の流れは止まりそうにない。前述の通り消費者物価の上昇率は3%に乗せた。結局、「期限」を先に設定している間に、状況はどんどん悪くなっているのだ。

看板政策でさえも

岸田首相は就任以来、「新しい資本主義」を掲げてきた。当初は「分配重視」の姿勢を見せたが、最近では「人への投資」が分配だというロジックに替わっている。賃上げを実現するには働き手のスキルを引き上げる「リスキリング」を行い、労働移動を促進することで、賃上げを実現していくという。

ところが10月4日に開いた「新しい資本主義実現会議」で驚くべき発言が飛び出した。

「中長期の構造的な賃金引上げのためには、来年6月までに、労働移動円滑化のための指針を策定します」

またもや「期限」を先に設定したのである。しかも、ここで重要なのは「6月」としていることだ。一般に1月に召集される通常国会は6月で閉幕する。6月に指針を策定するということは、来年2023年の通常国会には関連する法案は出さないということだ。労働基準法を変えるなど抜本的な改革は、どんなに早くて2023年秋の臨時国会。急いで法律を施行するとしても2024年4月からが精一杯だ。通常ペースならば2024年秋以降からの施行となる。

岸田内閣の「看板政策」であるはずの新しい資本主義の柱である「労働移動の円滑化」が実現するのは2年先というわけだ。その間、賃上げは起きないということなのだろうか。そうなると日本経済は沈んでしまうのではないか。そもそもそれまで岸田内閣は続いているのだろうか。

やろうと思えばできるはずだが

岸田首相が「柱」としていた政策がいまだに実現していない「前例」がある。新型コロナウイルス禍を教訓とした「司令塔」作りだ。

2021年秋の総裁選で司令塔作りを標榜していた岸田氏だったが、首相に就任すると「来年6月を目処に」と期限を先送りした。しかもそのための会議体を設置したのが5月で、6月に出た報告書もまったくパンチのきかないものだったが、突然、報告書にはなかった「危機管理庁」の新設を表明した。とはいえ、参議院選挙を控えて国会は6月で閉幕したので、法案が出されるはずもなく、司令塔設置は先送りされた。

現状、「2023年度中に」司令塔となる新組織を設置する方針を示しているが、その設置法案がいつ出るかは未定。同時に表明していた「国立感染症研究所国立国際医療研究センターを統合」も「2025年度以降」ということになっている。おそらく司令塔機能を「官邸」に持っていかれることを嫌った厚生労働省が抵抗し、2機関統合も先送りしているのだろう。

岸田首相は「期限」を先送りすることで、繰り返し「期限までに設置する」と答弁することができ、「やってる感」を出すことができる。一方で、霞が関の官僚機構にとっては、改革案を先送りし、あわよくば骨抜きにすることが可能だ。

デジタル庁は菅義偉氏が2020年9月の首相就任時に表明し、翌年6月までの通常国会で法案を通して、1年後の2021年9月1日には発足させる離れ業を演じた。官僚機構を知り尽くした菅氏ならではの手腕とも言えるが、やろうと思えば実現できるのが首相の強いリーダーシップである。

岸田首相の期限先送りは、日本経済を抜本的に立て直し改革の先送りでもある。かくして失われる「時間」は日本にとって深刻な打撃になる。