岸田首相は「改革後退」ばかりやっている…六本木ヒルズに集まった「規制改革マフィア」が抱く深刻な危機感 「制度・規制改革学会」発足の狙いを解説する

プレジデントオンラインに2月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/66530

岸田政権の経済政策にいら立ちがつのっている

岸田文雄内閣の「改革後退」にいら立った経済学者らが集まり、「制度・規制改革学会」という新しい学会が立ち上がった。

2月7日に東京・六本木ヒルズで開かれた設立総会では、これまで政府の規制改革に携わってきた八田達夫大阪大学名誉教授と八代尚宏昭和大学特命教授、竹中平蔵慶應義塾大学名誉教授が理事に就任、八代教授が初代会長に選ばれた。

来賓としてあいさつした宮内義彦・元オリックス会長は「改革が動かない中で、学会を作るというのは複雑な気分だ。なぜ物事が動かないかという研究をするのでは意味がない。動かすための研究をしてほしい」と注文を付け、改革提言などを積極的に行う「行動する学会」になるよう求めた。

宮内氏は政府の規制改革関連会議の議長などを長年務めた日本の規制改革を主導した経営者の重鎮で、ソフトな語り口ながら、現状の改革停滞へのいら立ちを見せていた。

「規制改革が経済格差を拡大」は的外れ

学会の設立にあたっては理事3氏のほか、岩田規久男岸博幸久保利英明、小林慶一郎、鈴木亘高橋洋一、永久寿夫、夏野剛、野村修也、原英史、福井秀夫、藤原豊、矢嶋康次、柳川範之(敬称略)ら約40人が発起人に名前を連ねた。総会会場には川本裕子人事院総裁や国会議員も多数顔を見せた。また、河野太郎デジタル改革担当相、小倉将信少子化対策担当相がビデオメッセージを寄せた。

シンポジウムでは八代会長と八田達夫教授が規制改革の現状についてプレゼンテーションを行い、その後、竹中教授と、政府の規制改革会議議長を務める大槻奈那氏がパネラーとして議論に参加。イェール大学の成田悠輔氏がオンラインでコメンテーターとして加わった。

八田氏らは市場主義に基づく改革が「新自由主義」のレッテルを貼られて批判されることを「的外れ」であると強調、「規制改革が経済格差を拡大した」というのも当たらない、とした。八代氏も岸田内閣が行っている「数々の社会主義的政策」では問題は解決しないとし、物価上昇などに対して補助金を出すことで価格を抑制しようとしていることなどを批判していた。

なぜ日本は「魅力的な可能性」を眠らせているのか

「規制改革が格差を拡大させた」という批判について、八田氏は「競争と再分配は両立できる」強調。新古典派経済学の政策理念としての「現代市場主義」は既得権の保護よりも効率化を追求する点では立場が同じだが、より「平等」を求めるか「不平等」を容認するかは立場が分かれると解説。一般に「新自由主義」として批判されるのは米国のレーガン時代やトランプ時代のような「格差拡大容認主義」であるとした。

本来、「現代市場主義」と「格差拡大容認主義」は同一ではないにもかかわらず、「新自由主義」のレッテルの下に同一視されたのが日本の現状だとした。まだまだ規制を改革することで経済を効率化し成長路線に乗せていくことは可能だというわけだ。

竹中氏からは1月に行われたダボス会議で「日本はスリーピング・ビューティー(眠れる森の美女)だと評された」という紹介があり、「ビューティーかどうかは分からないが、眠っているのは確かだ」と答えたと話していた。

成田悠輔氏「規制改革マフィアのど真ん中に迷い込んだ」

海外からは、日本には魅力的な可能性があるにもかかわらず、改革を行わずにいると見られているということだ。「日本は政策的失敗だ」という声も多く聞いたと話していた。

その上で、「ベーシック・インカム」的な制度の導入によって規制改革と弱者支援は両立できるとした。

大槻氏からは現在、規制改革会議で行っている改革の中身などについて説明があったが、会場からは「規制改革会議は役割を終えたのではないか、何も改革できていない」と言った厳しい声も出ていた。

成田氏からは「今回のメンバーを見て、規制改革マフィアのど真ん中に迷い込んでしまった」というジョークが浴びせられたが、竹中氏は「(権益を持つ)マフィアではなく、(既得権と闘う)十字軍だ」と切り返して笑いを誘っていた。

「新しい資本主義」は社会主義ではないのか

パネラーのほか、多くの参加者から挙がっていたのが、「世代交代」。日本の経済成長が止まった1990年代以降、経済構造改革や規制改革の動きが強まっていたが、それを担ってきた学者、経営者は高齢化し、一線を退こうとしている。八代氏は「長年、規制改革を主導してこられた宮内義彦さんのような人たちの規制改革に向けた思いや知見を次世代につないでいきたい。次の若い世代の人たちに、私たちの経験から得た知恵を伝えていく、それがこの学会の大きな役割だ」と語っていた。

岸田首相は就任時に分配政策を中心とする「新しい資本主義」を掲げ、「新自由主義的政策は取らない」と明言した。さらに、安倍晋三元首相が推し進めた「アベノミクス」によって格差が拡大したと主張している。一部の経営者からは「新しい資本主義は社会主義だ」といった批判を浴び修正する気配を見せたが、その後、打ち出されている数々の政策は、補助金などによって市場をコントロールしようとするものになっている。

結局は「補助金支給」などの財政拡大が止まらない

市中でのガソリン価格の上昇を抑えるために、一定価格以上にならないよう石油元売会社に補助金を出す制度を2022年1月以来続けているが、これには巨額の財政支出を必要としている。さらに、小麦の小売り価格を抑えるための製粉会社への売り渡し価格の抑制や、電力・ガス料金を抑えるための電力会社などへの補助金の支給など財政拡大が止まらない。今年年頭に「最大の重要課題」として打ち出した少子化対策も、結局は児童手当の所得制限撤廃や拡充などが焦点になっている。

安倍首相(当時)は「規制改革がアベノミクスの一丁目一番地」だとし、農協改革や医療改革、労働規制改革といった「岩盤」に切り込む姿勢を強調していたが、岸田内閣では「規制改革」はほとんど姿を消した。ここへきて、八田氏や竹中氏らは長年務めていた政府の規制改革会議などから外れていて、政権が従来の規制改革路線を大きく転換した象徴だと捉えられている。

「岸田政権になって規制改革はむしろ逆行し、何でも国に頼る、社会主義的な政策になっている」と八代氏が言うように、今回の学会設立は、そうした「改革後退」への危機感が背景にある。

必要なのはバラマキではなく旧制度の見直し

「学会」という形を取ったことについて会長の八代氏は、学者の役割に対する反省があるとしている。

日本では、立法は霞が関の省庁が事実上担ってきたことで、行政が強い権限を持って、裁量的に運用していける形になっている。学者は法解釈が主流で、立法論に重きが置かれてこなかった。八代氏は「経済学は、本来、現実の社会問題解決のための道具だ」と言う。にもかかわらず、新しい時代に合わせて経済合理的なルールに変えていく役割を学者が担ってこなかった、というわけだ。

新学会では、「具体的な生産性向上につながる規制改革の提案を最優先する」(八代氏)という。例えば、「少子化対策が今年の最重点課題だと岸田首相は言っているが、カネをばらまくだけでなく、古い制度の見直しが必要だ」(八代氏)として、制度面の改革の必要性などを早い段階で提言していく方針だという。

岸田内閣の「新しい資本主義」では、リスキリングを通じた労働移動の促進による賃上げの実現を掲げている。一方で、雇用調整助成金の特例を延長し続けて企業に余剰人員を抱えさせる政策を取り続けてきた。企業を守ることを通じて個人を守るという伝統的な日本の政策が、持続不可能になってきた今、企業ではなく個人を守るための制度や規制の改革が重要というわけだ。

新学会には、ジャーナリストや経営者、弁護士やエコノミストといった専門家などに幅広く会員として参加することを呼びかけている。