「選ばれる大学」としての生き残りにとってガバナンス強化は不可欠なのだが 動き出す改革、しかし大学経営者は大反発

現代ビジネスに3月20日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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「一歩前進、まだ不十分」

すったもんだの議論が続いていた私立大学など「学校法人」のガバナンス改革論議がようやく決着する。

現在、審議が続いている「私立学校法改正案」が今国会中に成立する見通しで、2年後の2025年4月1日から施行される方向となった。財団法人や社会福祉法人同様、評議員会による理事会への監視・監督機能を強化するのが柱で、ワンマン理事長の暴走などを防ぐ体制の構築を狙う。2021年に表面化した日本大学の経営不祥事などで、学校法人のガバナンス強化が大きな課題になっていた。

「改正案は一歩前進だと思いますが、まだまだ不十分な点が多くあります」

そう語るのは2021年12月に報告書をまとめた文科省の「学校法人ガバナンス改革会議」で座長を務めた増田宏一・元日本公認会計士協会会長。2023年3月の国会審議には参考人として招かれ、意見陳述した。

改正案は、「執行と監視・監督の役割の明確化・分離」の考え方に立ったとしながら、財団法人など他の公益法人で明記されている評議員会の「理事選任権」などは玉虫色で終わった。学校法人の定款に当たる「寄付行為」と呼ぶ規程で「理事選任機関」を定めることとし、その設定に当たっては「あらかじめ評議員会の意見を聴く」とした。

増田氏が「一歩前進」と評価するのは、理事と評議員の兼職を禁止している点。これまで理事が評議員を兼ねているケースが多く、事実上、評議員会は理事会の下部組織のような存在になっていた。兼務が禁止されることで、独立性が高まり監督機能が強化されるというわけだ。

大学関係者の抵抗

また、理事長が理事会によって選ばれる点も明記された。これまでは理事長が実質的に理事を選んできたことから、理事相互の牽制機能も働いておらず、理事長が圧倒的な権限を握ることにつながっていた。日本大学などで理事長に権力が集中していた理由もこうした制度上の問題が背景にあった。

理事会のチェック役であるはずの監事が理事会によって選ばれていた点も見直され、「評議員会の決議」が必要になる。また、解散や合併、定款(寄付行為)の変更には、理事会の決定に加えて評議員会の決議が求められる。

増田氏が座長を務めた会議体では、評議員会を他の公益法人同様、「最高議決・監督機関」とするよう求めたが、これに大学経営者らが強く反発。結局、評議員会の議決が求められるのはごく一部の事項にとどまった。

さらに増田氏が不十分とするのは、数の上限は設けたものの、現職の教職員が評議員に就任できるとしている点。理事会が雇用権限を持つ「被雇用者」である教職員が評議員になると、理事会への牽制機能は果たせないと考えるためだという。

既存の大学経営者や教職員出身の学長らが、評議員会に強い監督権限を持たせる事に反対した背景には、卒業生や地域社会、企業人といった多様なステークホルダーに「口出し」されることへの抵抗があったとみられる。「学外者だけの評議員会」に監督させてもうまくいかない、というのだ。教職員の自由度が削がれるのが嫌だったということだろう。また、創業家出身の理事長が経営を牛耳っている大学などもガバナンス強化に反発している。

増田会議の報告書が提出された後、文科省は大学関係者を集めた会議体で再度意見を聞き、法案をまとめるという異例の展開となったが、「一歩前進」の法案をどう適用していくかは、それぞれの私立大学の姿勢によって左右されるとみられる。法案では、評議員会の構成見直しについて、さらに経過措置を取るとしているなど、現状を変えたくない大学が、時間稼ぎをする可能性は十二分にある。

学生や社会から選ばれる存在になれるか

だが、私立大学経営を取り巻く環境は急激に悪化している。

法案の施行される2025年は、少子高齢化が深刻化して社会制度が維持できなくなり始める「2025年問題」と言われる年だ。2021年10月段階で18歳人口は113万人いたが、2025年に入試を迎える年代は107万人。2030年の105万人を境にその後、急激に減っていく。2035年の入試では100万人を切り、2040年には80万人を割ることがはっきりしている。そんな中で、大学が現状のままで生き残れないことは明白だ。

世界は広くお金を集める際に必要不可欠な条件としてESG(環境、社会、ガバナンス)が注目されている。投資の世界だけに思われがちだが、広く公金を支出したり、寄付を募る場合に、ますますESGが重視されるようになるだろう。そんな中で、ガバナンス強化に力を入れ、透明性を高めている大学が、優位に立っていくことになるのではないか。

熾烈な生き残り競争が始まる私立大学で、学生や社会から「選ばれる」存在になれるかどうかとガバナンスに対する姿勢は、不可分だと思われる。前出の増田氏も「生き残れる強い組織を作るためには、しっかりしたガバナンス体制を持つことが重要だ」と語っている。