なぜ東大トップ層は「国家公務員」から「外資コンサル」に流れたのか…人事院の「週休3日策」が示す的外れ 本当の問題は「ワーク・ライフ・バランス」ではない

プレジデントオンラインに5月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/69172

なぜ霞が関は「優秀な人材」が採れないのか

優秀な人材が求めているのは「休み」なのだろうか。

国家公務員の人事制度や待遇を政府に対して「勧告」する権限を持つ人事院が、「週休3日」制を勧告する方向で調整していると報じられた。育児や介護といった事情がなくても、希望するすべての職員が週休3日制を取得できるよう法改正する意向だという。

今、世の中で求められている「多様な働き方」を実現するという意味では歓迎すべきことだろう。だが、新聞各紙が見出しに立てている「国家公務員のなり手不足」が狙いだとすると、果たしてその解消につながるのか。

人事院が改革に踏み切る背景には、深刻な公務員志願者の減少がある、という。特に霞が関の幹部公務員になっていく「総合職」の志願者がこのところ激減、各官庁の幹部からは「優秀な人材が採れなくなっている」との危機的な声が上がる。

実際、近年、頻発している国会に提出した法案の条文の誤りなど「かつては考えられなかった事故」(元事務次官)が起きている背景にも「現場の忙しさはもちろんあるのだろうが、根本的な人材の能力不足がある」(同)という指摘が上がっている。何としても公務員志望者の数が増えてくれないと、本来は不適格なレベルの人材が紛れ込んでくる、というわけだ。

東大生の進路志望は官僚→外資系コンサルに

2023年度春の総合職試験でも志願者が激減した。志願者全体では1万4372人で、前年度に比べて958人減と6.2%も落ち込んだが、中でも、大学院卒業者の試験志願者は1486人と170人、10.3%も減った。大卒試験は1万2886人と5.8%の減少だった。大学院卒など優秀な人材が国家公務員を目指さなくなったということだ。

高級官僚の登竜門といえば東京大学で、中でも東大法学部卒でなければ霞が関では出世できないとすら長年言われてきた。もちろん、東大法学部卒で固めてきた「多様性のなさ」が霞が関の政策作りの画一性を生んできたという批判も根強い。東大一辺倒ではなくさまざまな大学から官僚になるのは歓迎すべきことなのだが、そもそも志願者全体の数が減っていることで、多様性どころではなくなっているわけだ。

その東大生の間でも、公務員を志望する学生が激減している。朝日新聞の報道によれば、2022年に東大を卒業した学生の就職先で最も多かったのが外資コンサルティング・ファームのアクセンチュアだったという。2018年にトップに躍り出て以降、2019年は2位で、2020年以降はトップが続いているらしい。

公務員志望の卒業生、20%→12%に激減

東大生の間では外資系コンサルが人気で、2022年の就職先でも4位にマッキンゼー・アンド・カンパニー、6位にPwCコンサルティングが続く。

2022年の2位はソニーグループ、3位は楽天グループ、5位に日立製作所、6位同数でソフトバンク野村総合研究所、9位同数でヤフーと富士通だというから、かつての東大卒が行く会社とはだいぶ様相が違う。もちろん採用人数の枠が多いという問題もあるが、かつて人気だった銀行や電力会社、通信大手、自動車大手などは上位から消えている。

公務員になる東大卒業生は、かつては就職者の20%あまりだったというが、2022年は12%にまで下がっているという。東大卒で見る限り、国家公務員は人気就職先ではなくなっている。

官僚を辞めた人材が向かうのは「マッキンゼー

そこで今回の人事院の「対策」である。果たして「週休3日」で優秀な学生が志望するようになるのだろうか。

不人気の対策として「週休3日」が出てきた背景には、霞が関の官僚たちが「霞が関は忙しすぎる」ことが原因だと考えていることの表れだろう。最近、霞が関の官僚が続々と中途で退職しているが、それも「過剰労働」が原因だと考えられている。

中途で退職する官僚たちは、辞める時に「ワーク・ライフ・バランスを大事にしたいから」といった理由を説明するから、過酷な労働で皆が辞めていく、と残った官僚たちは考えるのだろう。深夜まで残業するのが当たり前という役所文化に背を向けていると思っているわけだ。

では、辞めた彼らが休みの多い、ワークライフバランスを満たせる会社を志望しているか、というとそうではない。転職先としてもマッキンゼーなどコンサルティング・ファームなど外資系が人気だ。

東大卒業生や、中途退職した官僚たちに、なぜコンサルが人気なのか。外資系に多い「残業ゼロで給与が高い」からなのか。

「終身雇用」「年功序列賃金」はもはや売りにならない

大学を卒業して大手コンサルに入った若手コンサルタントは、「うちも東大の仲間が圧倒的ですが、楽だと思って来た人は皆無です。実際、翌朝までに解決しなければいけない問題が生じれば、深夜まで普通に働いていて、誰も文句は言いません。何しろ成果を上げなければ居場所がなくなるのがコンサルですから」と言う。

もちろん日系企業に比べて給与が高いという点も魅力だが、それよりも「バリバリ仕事をして」、「それがキャリアパスにつながる」のが最大の魅力だという。

キャリアパスというのは次のキャリアに向けて実力が付くということである。

東大卒業生の就職先上位から、日本の伝統的企業が消えているのも、そうした会社の売り物である「安定性」に今の学生が魅力を感じなくなっていることが大きいのではないか。そもそも「安定性」と言っても、売り物だった「終身雇用」や「年功序列賃金」は大きく崩れ始めている。

そもそも「時間に縛られる働き方」ではまわらない

国家公務員に話を戻そう。

国を引っ張っていく高級官僚に、人事院は「週休3日」を希望すれば取れるような働き方を志向する人材がふさわしいと思っているのだろうか。

北朝鮮のミサイル発射を例に挙げるまでもなく、国家は常に「危機」と隣り合わせだ。24時間、いつ何時、働かなければならなくなるか分からない。「今日は休暇ですから」と言っていられないのが国家公務員だ。

労働基準法は休日や労働時間を厳しく規定することで成り立っているが、政策立案やその執行に当たる霞が関官僚は、本来、時間に縛られる働き方が実態に合っていない。典型的な裁量労働職場だ。そこに「週休3日」というガチガチのルールを持ち込むことは、公務員のそもそもの働き方を変えてしまうことになりかねない。

それで公務員人気が復活するのなら良い。だが、公務員よりも過酷な働き方をしているコンサルに優秀な人材がいくことを考えれば、週休3日が切り札になると考えるのは間違いではないか。

人事制度を抜本的に変革しなければ未来はない

「ところで、あなたはコンサルに来て、何ができるのですか」

霞が関で数年官僚として働いた30代前半の人が面接にやってきた際に、コンサル側のパートナーは当然のごとくそう問いかける。もちろん官僚側は回答を用意しているが、それが「スキル」と呼べるレベルに達しているケースは少ないという。逆に言えば、官僚時代の仕事がスキルアップにつながっていない、というのである。

これが優秀な人材が官僚を志望しなくなっている最大の理由だろう。

つまり霞が関の官僚として10年働いたとして、何ができるようになるのか。明確に見通せないのだ。逆に言えば、雑用に近い下働きしか与えず、専門性が身に付かない仕事しかできない官僚に魅力を感じていないのだ。これは、官僚の働かせ方、人事制度に大きく関わることだ。

かつて中央省庁の課長といえば、圧倒的な権限を握っていた。30歳そこそこで課長補佐になれば、40歳の課長の右腕としてかなりのことができた。それが今や50歳の課長でも歯車に過ぎない。定年が延長される中で、霞が関の高齢化も進み、年功序列が若手をスポイルする方向に働いている。

人事院は、休みを増やすという小手先の対応ではなく、年功序列をやめるなど抜本的な人事制度を勧告すべきだろう。そのあたり民間出身の川本裕子総裁は十二分に分かっているはずだ。何せ川本総裁、早稲田大学大学院教授に就任する前は、マッキンゼー・アンド・カンパニーで働いていた経験を持っているのだから。